第32話 東京にて

 東京の夕陽が、静かに聖蹟桜ヶ丘の多摩川の川面に降り注いでいた。新と優子は、風に舞う桜の花びらを浴びながら、多摩川沿いの河川敷に佇んでいた。川のせせらぎや遠くから聞こえる音楽、二人を包む穏やかな時間が静かに流れている。二人が立つこの場所は、互いの心の奥底にしまってきた感情を呼び覚ます特別な場所であり、ここでしか語れないことがあるように感じられた。

 新は夕陽に照らされる優子をそっと見つめた。その視線に気付いた優子が微笑むと、新の胸にしまっていた思いがふと口をついて出た。「優子、この数年、君と一緒に歩んでくることが、僕にとってどれだけ支えになっていたか…言葉にできないんだ」彼の声には、静かながらも深い愛情が宿っていた。

 優子もまた、少しずつ言葉を紡ぐ。「私も、あなたのそばにいることでいろんなことを学んだし、いろんな夢を抱くことができた。でも、あなたが頑張っている姿を見るたびに、時々置いてけぼりにされているような気がして…少し寂しかったの」彼女の言葉には、愛情とともに心の奥底の寂しさが混ざっていた。

 新は彼女の寂しさに気づかず過ごしてきたことを悔やむように、優子の手をそっと握り直した。「ごめん。君の気持ちをちゃんと理解してあげられなかった。でも、今日はどうしても伝えたいことがあって…だから、この場所に君を連れてきたんだ」

 そう言うと、新はポケットから小さな箱を取り出し、優子に差し出した。箱の中には、小さな指輪が輝いている。優子が驚きと感動に目を見開くと、新は静かに語りかけた。「これからも、君と一緒に未来を歩んでいきたい。僕と結婚してほしいんだ」

 その言葉に、優子は小さく息をのんだ。彼の真剣な眼差しに、彼女の心も深く応えるように微笑み、「はい。私もあなたと共に、どんな未来でも歩いていきたい」と小さな声で囁いた。二人が互いに見つめ合ったその瞬間、周囲の景色が一層美しく輝いて見えた。まるで春の夕陽が、彼らの新しい未来を祝福しているようだった。

 数ヶ月後、二人の結婚式が東京・青山のウェディング会場で開かれた。柔らかな照明とエレガントな花々に彩られた会場は、華やかでありながらも二人らしい温かさが漂っていた。新郎新婦の姿に、参列者たちは心からの祝福を送り、その場全体が優しい笑顔に包まれていた。

 スピーチが進む中、新と優子は互いに誓いの言葉を交わす時を迎えた。新は少し緊張した表情で優子に向き合い、心からの思いを告げた。「僕は、これからも君を支え、守り、共に生きていくことを誓います。どんな時も、君のそばにいるから」

 優子は静かに頷き、涙を浮かべながらもはっきりとした声で応えた。「私も、あなたとどんな未来が待っていようと、手を取り合って乗り越えていくことを誓います。あなたとなら、どんな日々でも輝くと信じているから」

 その瞬間、会場に大きな拍手が沸き起こった。二人は互いの手をしっかりと握りしめ、参列者たちの温かな祝福を全身で受け止めた。

 夕方、結婚式が終わり外に出ると、空にはオレンジ色の夕焼けが広がっていた。新と優子は会場を後にしながら、そっと互いの手を握り合い、改めてこれから始まる日々に胸を高鳴らせていた。

 新が小さく「これからもずっと一緒にいよう」と囁くと、優子も優しく微笑み返し、「ずっと一緒にね」と答えた。肩を寄せ合う二人の後ろには、美しい夕焼けが広がり、まるで映画の一場面のように二人の新しい物語を祝福しているようだった。

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