第17話 阪急電車での特別なひととき

 昼下がりの大阪、梅田の雑踏を抜け出した新と優子は、静かな並木道を歩いていた。陽の光が木々を照らし、葉が風に揺らめくたびに影が二人の足元に柔らかな模様を描いていく。 「この時間の空って、本当に綺麗ね」と優子がふと立ち止まって青く澄んだ空を見上げる。彼女の横顔は日差しに照らされ、どこか物憂げな美しさを湛えていた。 「そうだね。こうして空を眺めるの、久しぶりだな」と新は応え、その美しい景色に見入るように優子を見つめた。

 優子が微笑みながら「最近、忙しかったものね。たまにはこうしてのんびりするのもいいよね」と小さな声で呟く。 「そうやな」と新も笑みを返す。彼女と一緒に過ごす穏やかな時間が新の心を温かく満たしていく。

 すると、優子がふと思いついたように「ねえ、新。今日は少し遠出してみない? 阪急電車に乗って、どこか新しい場所まで行ってみたいの」と言う。 「行きたい場所があるの?」と新は興味を引かれた様子で尋ねた。 「宝塚とか。昔から気になってたの。けど、いつか行きたいと思っていたら、なかなか機会がなくて」と優子は少し照れくさそうに答えた。 「宝塚か、いいね。僕もまだ行ったことないし、観劇の街って聞くだけでワクワクするよ」と新も同意し、優子に手を差し出すと、二人は顔を見合わせて笑った。

 阪急大阪梅田駅に到着すると、クラシックな雰囲気のホームとアズキ色の電車が二人を出迎えてくれた。優子はその光景に目を輝かせ、「まるで映画の中に入り込んだみたい」と言う。

「阪急電車のデザイン、ほんまに素敵やろ。乗るだけで特別な気分になるよな」と新も同じく心が躍った。

 車内は木目調の内装と柔らかな照明が温かい雰囲気を醸し出し、二人は窓際の席に座り、走り出す景色を眺めながら穏やかな時間を過ごした。 「そういえば、新は宝塚に行くのは初めて?」と優子が尋ねる。 「うん、優子と一緒に初めての場所に行けるなんて、最高やな」と新が微笑むと、優子は「本当に? それなら嬉しいわ」と頬を少し染めた。

 電車が十三(じゅうそう)駅に差し掛かった時、新は突然思い出したように「そういえば、ここに美味しいたこ焼き屋があるんや。ちょっと寄り道してみへん?」と提案した。 「美味しいたこ焼き、大好き!」と優子は目を輝かせる。 「ただ、夕食はしゃぶしゃぶやから、食べ過ぎんようにな」と新が笑うと、二人は寄り添いながら商店街の中へと向かった。

 香ばしい匂いに誘われた小さなたこ焼き屋の前に立つと、店主が笑顔で声をかけてくれた。「いらっしゃい! 熱々のたこ焼き、いかがですか?」

「お願いします!」と新が注文し、優子は「わあ、出来立てね」と嬉しそうに見つめている。一口頬張ると、外はカリッ、中はトロッとした食感が広がり、二人は顔を見合わせて「美味しい!」と笑いあった。

 再び電車に乗り込み、宝塚へと向かう頃には車内は少し混み合っていたが、二人は並んで座り、流れる景色を眺めていた。都会のビル群が次第に遠のき、車窓からは穏やかな緑が広がっていく。 「ねえ、新」と優子が少し控えめに話しかけた。「実は今日、あなたに伝えたいことがあって…」

「何だい?」と新は驚いたように彼女を見つめる。  優子は鞄から一枚のチケットを取り出して「宝塚歌劇のチケットなの。いつか観てみたいと思ってて、新と一緒なら楽しさ倍増だと思って…」と差し出す。 新は目を丸くし、「本当に?僕も興味があったんだ。誘ってくれてありがとう」と言って、心からの感謝を伝えた。

「良かった、サプライズ成功ね」と優子は少し照れくさそうに微笑んだ。

 宝塚の街に降り立つと、優子は大きな劇場の外観に目を奪われ、「街全体がまるで夢のような雰囲気ね」と呟いた。新も「この空気感、特別やな」と感じ入り、二人は劇場の方へと足を進めた。

 やがて公演が始まり、煌びやかな舞台と迫力あるパフォーマンスに二人はすっかり引き込まれた。輝く衣装と洗練されたダンス、感情の込もった演技に、観客の息を呑むような静寂が続く。二人もまた、登場人物たちの物語に共感し、胸が熱くなるのを感じていた。

 終演後、劇場を出ると、二人は興奮冷めやらぬ様子で感想を語り合いながら、夜風に吹かれた。 「本当に素晴らしかったね。こんなに感動するなんて」と優子が心からの言葉を口にする。

「うん、想像以上やった。誘ってくれてありがとう」と新も同じく感動に浸りながら彼女の手を握り返した。

 星が瞬く夜空の下、新はふと足を止め、「今日は本当に特別な一日だったな」と小さな声で呟いた。

「ええ、私も。こんなに心が満たされたのは久しぶりだわ」と優子は遠くを見つめながら答える。

「優子、これからも一緒に色んな場所へ行って、たくさんの思い出を作ろう」と新は少し真剣な眼差しで優子を見つめて言った。  優子は驚きつつも、柔らかな笑みを浮かべて「ええ、ぜひ。新と一緒なら、どこへでも行ける気がするわ」と応え、二人は静かに手を握り合った。

 夜の阪急電車に揺られながら、優子は新の肩にもたれて「今日は本当にありがとう。幸せだった」と小さな声で囁いた。 「僕もだよ。優子がいるから、毎日が特別に感じる」と新も優しく返す。窓の外には夜の街並みが流れ、灯りが星のように輝いていた。

 大阪に戻った時には、時計の針は七時を指していたが、二人の足取りは軽く、心は満たされていた。「またこうして知らない場所へ行こうな」と新が言うと、優子は微笑みながら頷いた。「ええ、次の計画が楽しみね」と二人は未来に思いを馳せ、笑顔を交わした。

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