第16話 御堂筋の風に誘われて
秋の空は高く澄み渡り、少しひんやりとした風が頬を撫でていく。紅葉が色づき始めた大阪の街は、どこか心を躍らせるような雰囲気に包まれていた。新と優子は肩を並べ、御堂筋を梅田へと歩いていた。秋の日差しが木々の葉を黄金色に照らし、風が舞い上げる落ち葉が足元を彩っていく。
「まるで絵みたいな景色ね」と優子が小さな声で呟く。新は彼女の頬が秋の風に赤く染まっているのに気づき、その表情に胸が高鳴るのを感じた。 「ほんまやな。せっかくやから、今日はこのまま歩いて満喫しようか」と新が微笑むと、優子も頷き返した。
車の音も遠く感じられるほど、二人は静かに歩きながら、ささやかな会話を交わした。新がふと、映画の話をすると、優子は目を輝かせて身を乗り出すようにして聞き入った。とりとめのない話でも、相手が聞いてくれるだけで心が温まるものだと新は思った。
「そういえば、新がこの前作ったカレー、美味しそうだったよね。写真だけでお腹が空きそうだったもん」と優子が微笑む。 「そう?まだまだ練習中やけど…それでも良ければ、今度振る舞うよ」と新は照れたように答えた。 「約束だからね」と優子の声が弾む。
少し歩くと、優子が突然足を止めた。「新、見て! あそこにストリートミュージシャンがいるよ」
二人が目を向けると、若い男性がギターを抱えて、澄んだ声で歌を奏でていた。静かに響くメロディーは、秋の空気に溶け込むようで、どこか切なさを含んでいた。 「素敵な声ね」と優子が静かに言った。 「ああ、心に染みる歌やな」と新も同意した。
二人はしばらくその場に立ち、言葉を交わすこともなく、ただ音楽に身を委ねた。歌い終わると、優子はポケットから小銭を取り出し、ミュージシャンの前にそっと置いた。ミュージシャンは微笑んで「ありがとう」と呟き、それを聞いた優子も静かに頷いた。
再び歩き出すと、優子が遠くを見つめながら「こうやって、新と一緒に街をゆっくり歩けるなんて、贅沢な気がするよ」とつぶやいた。 「そうやな」と新は小さな声で応え、彼女の横顔を見つめる。忙しい日々の中でこうしたひとときを過ごせることの大切さを、改めて感じていた。
やがて梅田の高層ビルが近づき、夕陽がビルのガラスに反射し、街全体が黄金色に染まっていく。優子は思わず足を止め、その光景に見入った。 「すごく綺麗…」優子が呟くように言うと、新はその横顔を愛おしく見つめながら、「梅田スカイビルの空中庭園から見る夕焼けは、もっと綺麗らしいで。行ってみる?」と提案した。
優子は少し迷うように唇を噛んでから、首を振った。「ううん、今日は歩くって決めたから。スカイビルは次の楽しみに取っておくよ」 「そうか。じゃあ次のデートの候補ができたな」と新が微笑むと、優子も少し照れたように笑った。
歩き疲れてきた頃、新が「この辺りに美味しいしゃぶしゃぶの店があるけど、行ってみる?」と誘うと、優子は元気に頷いた。「やった! しゃぶしゃぶ、大好き!」その喜びように、新は思わず吹き出しそうになった。
「夕食までにはまだ少し時間があるけど、どうする?」と新が尋ねると、優子は少し考えてから、「阪急電車に乗るっていうのはどう?」と提案した。 「面白いな。阪急の車窓からの景色もきっと素敵やろ」と新も楽しげに答えた。
二人の会話は尽きることがなく、歩みを進めるうちに、これまでにない親密さが二人の間に生まれていた。それが新にはなんとも言えない心地良さで、思わず顔がほころんでしまう。
昼下がりの街並みに溶け込むようにして、新と優子は未来の約束をささやかに交わしながら、また新しい一歩を共に踏み出した。
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