第15話 大阪なんばの食事デート

 昼下がり、大阪・なんばの街は陽光がビルの谷間を照らし、まるで舞台のように活気に満ちていた。アーケードからはたこ焼きやイカ焼きの香ばしい香りが漂い、笑い声とざわめきが街に溶け込んでいる。新は優子の手をしっかりと握り、人混みをかき分けながら歩いていた。 「本当に大阪らしい雰囲気ね。にぎやかで、なんか元気出てくる」と優子は目を輝かせながら周りを見渡す。 「せやな、今日は思いっきり楽しもう」と新も笑顔で答えた。しかしその笑顔の裏には、大学のゼミで抱えている悩みがほんのり影を落としていた。地域活性化をテーマにしたプロジェクトのリーダーを任されていたが、意見がまとまらず進展せず、焦りが募っていたのだ。

「最初はどこに行く?」優子が新に尋ねる。 「前から気になってたお好み焼き屋があるんやけど、行ってみへん?」と新が提案した。 「本場のお好み焼きなんて最高ね! 楽しみだわ」と優子が笑顔で応じた。

 二人が辿り着いたのは、路地裏にひっそりと佇む古びたお好み焼き屋だった。木製の暖簾をくぐると、鉄板の香ばしい匂いが漂い、昭和の風情を残す木のカウンターが温かく迎えてくれる。壁には常連客の写真や手書きのメニューがずらりと並び、年季を感じさせた。 「いらっしゃい!」と元気な声が響き、白髪混じりの髪をバンダナでまとめた店主・雅子が笑顔で二人を見つめていた。 「二人とも初めてやね。好きな席にどうぞ」と雅子に案内され、新と優子は窓際の席に腰を下ろした。 「ここ、すごくいい雰囲気ね」と優子は目を輝かせる。 「ええ店やろ。なんか落ち着くわ」と新も懐かしそうに店内を見渡した。

 二人はメニューを開き、新は「おすすめの‘浪速スペシャル’にしようか。具がいっぱい入ってるらしい」と提案した。 「いいね! 一緒にシェアしよう」と優子が笑顔で答えると、注文を受けた雅子が手際よく鉄板にキャベツやイカ、豚肉を広げていった。ジュウジュウと焼ける音が響き、立ち上る香りが食欲をそそる。 「観光で来たんかいな?」と雅子が優子に声をかける。 「ええ、彼が大阪案内してくれてるんです」と優子が微笑んで答えた。 「ほお、ええ彼氏やね。大阪のええとこ、いっぱい楽しんでってな」と雅子は嬉しそうに笑った。

 新はそのやり取りを聞きながら、ふっと心が軽くなったような気がしたが、ふと視線を落とすと、ゼミの進まないプロジェクトのことが頭をよぎった。 「新、どうしたの?」優子が心配そうに問いかける。 「いや、なんでもないよ」と新は慌てて笑顔を作ったが、優子の目は見透かすように優しい。 「新、最近元気ないなって思ってたから。大丈夫?」と彼女が真剣に尋ねると、新はため息をつき、「実は大学のゼミで行き詰まっててさ」と素直に打ち明けた。 「そっか、話してくれてありがとう。私でよければ、相談に乗るよ」と優子はしっかりと彼の手を握った。 「ありがとう。でも今日はデートやし、楽しく過ごしたい」と新が笑みを浮かべた瞬間、雅子が熱々のお好み焼きを持ってきてくれた。「お待ちどうさん。アツアツやから、気ぃつけてな」 「美味しそう!」と優子が目を輝かせ、新もお好み焼きを一口頬張った。 「外はカリッとしてて、中はふわふわや。ソースも絶妙やな」と新が感動したように言うと、優子も「本当に! おいしいね」と嬉しそうに頷いた。

 温かい雰囲気の中、新は少しずつリラックスしていった。優子の優しさや、雅子の明るいもてなしが心を和ませてくれたのだ。店を出ると、雅子が「またいつでもおいで」と手を振ってくれ、二人は礼を言いながら店を後にした。

 昼下がりの街はまだ賑わいを増し、道頓堀の水面が陽射しを受けてきらきらと輝いている。 「次は串カツでもどう?」と新が提案すると、優子は「大阪に来たら串カツは外せないわよね!」と笑顔で応じた。二人は橋を渡り、活気あふれる串カツ店へと向かい、カウンターに腰を下ろすと、店員の青年が「いらっしゃいませ! 何にしましょ?」と声をかけてきた。 「今日はアスパラとエビが美味しいで」と店員がすすめると、「じゃあ、それと牛カツも頼むわ」と新が注文した。

 串カツが揚がるまでの間、二人は再びゼミの話を始めた。「さっきは言えなかったけど、どんなことで悩んでるの?」と優子が問いかけると、新は「メンバーの意見がバラバラでさ、まとめるのが大変なんや」と正直に答えた。 「リーダーとして大変だよね。でも新なら、きっといい方向に導けると思うよ」と優子が励ます。 「そうだといいけど、正直プレッシャーがな…」と新が苦笑すると、隣の席から声がかかった。 「兄ちゃん、リーダーやってんのか?」見ると、年配の男性がビール片手に話しかけてきた。 「ええ、まあ…」と答える新に、男性は「大切なんは、信頼やで。お前がみんなを信じて、先頭に立ってる姿を見せたら、きっとついてくる」とウインクした。 「ありがとうございます」と新は頭を下げ、男性の言葉がじんわりと心に染み入った。

 やがて串カツが運ばれてきて、二人は熱々の串カツを口に運んだ。「ソースの二度付け禁止やで!」と店員が冗談交じりに注意すると、新は「わかってます!」と笑いながら答え、優子も笑顔で頷いた。

 食事を終えて川沿いを歩きながら、優子がつぶやく。「今日はいろんな人と出会えて楽しかったわね。大阪の人って、本当に温かいのね」 「せやな。今日、なんか元気出たわ」と新も穏やかな表情を浮かべた。 「新、悩みが消えたわけじゃないけど、少し気持ちが軽くなったみたい」と優子が嬉しそうに見上げると、新も「君のおかげや。ありがとう」と素直に感謝の気持ちを伝えた。 「私も、話してくれて嬉しかった。これからも支え合っていこうね」と優子は新の腕にそっと寄り添った。 「もちろんや。君がおるから、頑張れるんや」と新は優しく手を握り返した。

 最後に立ち寄ったクレープの屋台では、秋らしい限定メニューが並んでいた。優子は一瞬迷った末に、香り高い栗のクリームがたっぷりと入ったマロンクレープを選び、新は抹茶クリームと黒豆が贅沢にトッピングされた和風クレープに目を奪われ、即決で手に取った。クレープを受け取った二人は、近くのベンチに並んで腰掛け、ゆっくりとそれぞれの味を楽しみ始めた。

「美味しい!」と優子が嬉しそうに微笑みながらクレープを頬張る。マロンクレープの優しい甘さが口の中に広がり、季節の風味が心に染み渡る。「やっぱり秋の味覚って特別やな」と少し目を輝かせてつぶやいた。

 新も、自分のクレープに一口かぶりつき、満足そうに頷く。「抹茶と黒豆、ほんまに絶妙やわ。思ってた以上に上品で深い味やな」と感心し、抹茶のほろ苦さと黒豆の優しい甘さが絶妙に重なり合う和風テイストに感動していた。

 二人はそれぞれのクレープの味について話しながら、互いに一口交換し合うことにした。「お、こっちのマロンクレープもええな!」と新が驚きの声を上げると、優子も「抹茶と黒豆、ほんまに上品で美味しい!」と笑顔で頷く。お互いの味覚を共有し、季節の風味を分かち合う時間が、二人の間に穏やかで温かい空気を生んでいた。

 ベンチの周りには、少しずつ秋風が吹き抜け、色づいた葉が舞い降りる。何気ないこの瞬間が特別に感じられ、新はふと優子の横顔を見つめ、「今日は来てくれてありがとうな。こういう時間、ほんまに大切やわ」とそっと言葉にした。優子もその言葉に頷きながら、「私も、今日のことずっと覚えておきたいな」と静かに答えた。

 ふと、優子がそっと言った。「新、これからもいろんなところに一緒に行こうね」 「そうやな。次はどこがええ?」と新が聞き返すと、優子は少し照れたように「御堂筋をゆっくり散策しながら、時間を過ごしてみたい」と言った。 「じゃあ、次はそうしようか。歩き疲れても文句なしやで」と新は軽くウインクをし、二人は笑い合いながら未来の約束を胸に、並木道のように続く時間に思いを馳せた。

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