第8話 紀の川橋本サマーボールの夜

 夏の終わりが迫る和歌山県橋本市の夕暮れ、空には少しずつ夜の色が混ざり始めていた。

 新はふと、幼い頃から訪れていた「紀の川橋本サマーボール」の花火大会のことを思い出した。家族や友人と毎年訪れたこの夜は、地元の人々にとって夏の最後を締めくくる大切なひとときだった。彼にとっても、温かな記憶と共にあり、今年はその思い出に優子と新しい一ページを刻みたいと願っていた。

 夕方、待ち合わせ場所で新は少し緊張しながら優子を待っていた。スマートフォンには、優子からのメッセージ。「人混みが苦手だけど、新と一緒なら大丈夫かな…」と心配そうな様子だったが、新はすぐに返事を打った。「早めに行けば混雑も少ないし、空が茜色に染まるのも見られるよ。大丈夫、工夫すれば楽しめるから!」新の言葉に優子も安心したようで、「新と一緒なら、きっと楽しいね」と返してくれた。

 翌朝、新と優子は早めに橋本駅で落ち合い、夕暮れが近づく頃には花火大会の会場へ向かっていた。駅からの道すがら、ふたりはたこ焼きを頬張り、昔話や思い出話に花を咲かせた。「去年も一緒に見た大きな花火、覚えてる?」と新が尋ねると、優子は微笑み、「もちろん。君と見たから、あんなに大きく感じたんだと思う」と返した。

 会場へ到着すると、提灯(ちょうちん)が優しい光であたりを照らし、夜店からはたこ焼きやかき氷の香りが漂っていた。新は優子の手を引き、「今日は特別だから、好きなものを好きなだけ楽しもう」と提案した。優子も嬉しそうに「じゃあ、抹茶のかき氷もお願いね」と笑顔で応えた。ふたりは夜店を巡り、かき氷や焼きそばを片手に、花火の開始を待ちながら夏の終わりの風景を楽しんだ。

 夕空が次第に暗くなり、花火大会が始まる時間が迫ってくると、新は優子の手をしっかりと握り、「今年も一緒に見られるのが嬉しいよ」と小さく囁いた。優子も少し頷き、「私も。あなたといると、どんな瞬間も特別に感じるの」と返した。その言葉に新の心が静かに揺れ、夏の終わりを告げる花火がふたりの心に深く刻まれていくようだった。

 そして、夜空を彩る最初の花火が放たれた。打ち上がった花火は次第に大きく広がり、鮮やかな色彩が一瞬、空一面を包んだ。川面に映るその光が幻想的に揺れ、優子は思わず息を呑んだ。「わあ、綺麗…」その声に、新も彼女の横顔を見つめ、「君と一緒に見る花火は、いつもより特別に感じるよ」と静かに言った。

 花火が次々と打ち上がり、ふたりは互いに写真を撮り合いながら、心からの笑顔を交わした。「新、今度はもっと綺麗な場所で撮りたいね」と優子が提案すると、新も笑い、「じゃあ、次は二人で決めたポーズを作ろう」と応じた。花火が夜空に消えても、ふたりの心にはその光が残り続けていた。

 花火大会が終わり、川沿いの風景には星がぽつりぽつりと輝き始めていた。人々の賑わいが少しずつ静まる中、優子は新に寄り添い、「今日は本当に楽しかった。ありがとう」と小さく囁いた。新も彼女の肩にそっと頭を乗せ、「こちらこそ、君と過ごす時間が僕にとって一番の宝物だよ」と返した。その言葉に、優子は安堵の表情を浮かべ、ふたりの間に穏やかな幸福感が満ちていった。

 夜も更け、ふたりは会場を後にして近くのカフェで温かい飲み物を楽しんだ。冷めやらぬ花火大会の余韻に浸りながら、二人は今日の出来事を振り返っていた。「今日は本当に特別な日になったね」と新が言うと、優子も微笑んで「そうだね、来年もまた一緒に来よう」と応えた。

 夏の夜、紀の川の風がふたりの背を優しく押す中、新と優子は未来への期待を胸に、歩みを進めていった。

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