第7話 高野山へのふたり旅

 秋の澄んだ風が吹く朝、新と優子は、高野山へと向かうために南海電鉄の極楽橋(ごくらくばし)駅に降り立った。高野山は歴史と霊気に満ち、これまでのデートとは一味違った心の深い部分でのつながりを求める場となる場所だった。ケーブルカーに乗り込むと、ふたりはゆっくりと登り始め、窓の外に広がる紅葉に染まる山々の景色に目を奪われた。季節の移ろいが描き出す深い赤とオレンジの色彩に、新は思わず息を呑んだ。

「自然ってすごいね、何度見ても飽きない」と新が言うと、優子もカメラを構え「本当に。今日もたくさん写真を撮りたいな」と笑顔で応えた。ふたりはその美しさに心を奪われ、ケーブルカーの窓から移りゆく景色を見つめ続けた。

 山頂に到着すると、空気は一段と澄み渡り、厳かな静けさがふたりを包み込んだ。まず向かったのは、朱塗りの大塔がそびえる根本大塔。高くそびえるその姿は圧倒的で、悠久の歴史を静かに語りかけてくるようだった。新は優子にそっと肩を寄せ、「歴史の重みを、肌で感じる場所だね」と言った。

 優子も大塔を見上げ、「ここに立っていると、新宮で感じた心の静けさが戻ってくるような気がする」と微笑んだ。その言葉に、新は彼女との絆が一層深まるのを感じ、ゆっくりと頷いた。


 二人は奥の院への道を歩き始めた。道を覆う木々は、何世紀も前から人々を見守ってきたような佇まいで、その古木に囲まれるとふたりの心は一層静かになっていった。道の途中、優子は一本の古い松にそっと手を触れ、「この木、いつからここにあるのかな」とつぶやいた。

「鎌倉時代かららしいよ。この木もきっと、多くの人の祈りを見守ってきたんだろうね」と新が答えると、優子もその歴史を肌で感じるようにうなずいた。二人は少し立ち止まり、周囲の静寂に耳を傾けた。

 道中、ふと優子のスマートフォンが鳴り、画面には「母からのメッセージ」が表示された。優子は驚いた顔で新を見つめ、「ちょっと確認してもいい?」と尋ねた。新は微笑んで「もちろん。待ってるよ」と頷いた。

 優子はメッセージを読み、ほっとした表情で顔を上げた。「母が、無事に高野山まで来れたことを喜んでるの。なんだか安心したわ」と微笑むと、新も「家族の心遣いって、心を温かくしてくれるよね」と応えた。優子はその言葉にうなずき、ふたりの間にやさしい空気が漂った。

 再び歩き始めると、池が見えてきた。池のほとりでは夕陽が静かに水面に反射し、辺りを金色の光で包んでいた。新はその景色に見とれながら、優子の手を握り、ふと口を開いた。「優子、こうして一緒にいると、なんでもない時間も特別に感じるよ」

 優子も新の目を見つめ、「私も。あなたといると、何もかもが温かく感じられるの。ここに来てよかった」と囁くように答えた。ふたりは自然と寄り添い、静かな時間を楽しんだ。

 その後、ふたりは山の茶屋で一息つき、抹茶と和菓子を味わった。窓の外には夕焼けが広がり、ふたりは賑やかな観光客の声から離れた静かな茶屋で、穏やかなひとときを過ごした。優子は窓の外を眺めながら、「こういう場所で過ごす時間を、もっと大切にしたいね」と新に伝えた。

「そうだね。お互いに忙しいけど、こういう時間を一緒に作っていこう」と新も応えた。二人はそのひとときに感謝し、互いの存在の大切さを再確認した。

 帰りの電車に揺られながら、ふたりは窓の外に広がる山々が夕陽に染まる様子を静かに眺めていた。高野山でのひとときが、ただの観光ではなく、ふたりの絆を一層深めるものとなったことを感じていた。

「今日、あなたと一緒に高野山を歩けて本当に嬉しかった」と優子が言うと、新も「僕もだよ。君と過ごす時間が、僕にとって何よりも大切だ」と答えた。ふたりの胸には、これから訪れる日々への希望と愛が静かに満ちていくのを感じていた。

 夜空に輝く星がふたりの背中を優しく照らし、静かな夜風が髪をそっと撫でた。高野山での特別な一日は、ふたりにとってかけがえのない思い出となり、これから訪れる未来への新たな力を与えるものとなった。

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