第3話 和歌山のカフェデート

 朝の柔らかな陽光が窓越しに差し込み、新は穏やかな気持ちで目を覚ました。付き合い始めてから初めてのデートの日が始まる。新の胸には、心地よい期待が広がっていた。スマートフォンを手に取り、優子に「今日は楽しみにしてるよ」と送信すると、すぐに「私も楽しみ! 何かサプライズあるの?」と返ってきた。優子らしい無邪気な問いに、新は自然と微笑んだ。

 和歌山市駅で待ち合わせた二人。朝の穏やかな光の中、互いの姿を見つけると、新は心がほっと安堵するのを感じた。優子の柔らかな笑顔が、どこか特別な一日になる予感を彼に抱かせた。 「おはよう、優子」 「おはよう、新。今日は特別な気がするわね」  優子の言葉に、新は照れくささを感じつつも「そうだね、行こうか。カフェはすぐ近くだから」と誘った。

 曇り空の下、和歌山市の街並みは柔らかく光に包まれていた。二人の歩みはゆっくりで、会話も自然と穏やかなものになる。やがてたどり着いたカフェは、古民家風の佇まいで、木製の看板に手書きの文字が暖かさを添えていた。 「ここ、いい感じね」  優子は驚いたように目を輝かせ、店内を見渡した。レトロな装飾やノスタルジックなジャズの音色が、店の中に穏やかな時間を漂わせていた。新は軽く肩をすくめ「気に入ってくれるといいんだけど」と言うと、優子は「もちろん、こんな素敵な場所、教えてくれて嬉しいわ」と微笑んだ。

 二人は窓際の席に座り、メニューを眺めながら、普段の好みについてささやかな会話を交わした。新が「和歌山ラーメンは好き?」と尋ねると、優子は頷きながら答えた。 「好きよ。和歌山にしかないあのこってりした味がたまらないわ」 「だろ? あれはこっちの誇りだよ」  新の言葉に、優子は和歌山の文化と食べ物への興味がさらに深まるのを感じた。いつもとは少し違う視点から地元を見つめ直す新の姿は、新鮮で、彼女にとって新たな魅力だった。

 そんな穏やかな時間の中、店内が突然暗くなった。驚いた二人は目を見合わせる。停電のようだった。非常灯のわずかな光がカフェをぼんやりと照らし、周囲のざわめきが静まると、店内は一瞬、静寂に包まれた。優子が「大丈夫?」と不安そうに尋ねると、新は優しく頷き「心配しないで。こういう時こそ、心静かにいられるかも」と彼女の手をそっと握った。

 非常灯の下で、二人は互いの存在に強く意識を向けた。何か小さな非日常の出来事が、二人の間の距離をより近づけるかのようだった。新は心の中で、彼女とならばどんな困難も乗り越えられる気がしていた。 「こういう不意な出来事も、一緒にいられるから心強いよ」と彼が囁くように言うと、優子は微笑みながら頷き、「私も、二人なら大丈夫って思える」と優しく答えた。

 しばらくして電気が復旧し、店内が明るさを取り戻すと、店主が「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げ、二人もほっと息をついた。新は「こんな時に一緒にいられるって、ちょっと特別だね」と言い、優子も「本当にね。こういう予期せぬことも、大切な思い出になるわ」と応じた。

 程なくして、二人のテーブルにはハンバーガーとパフェが運ばれてきた。新は一口食べて「うん、これはおいしい」と感嘆の声をあげると、優子も「元気が出るわね」と満足そうに頷いた。どこかふわりと心地よい空気が二人を包み、周囲の喧騒が遠ざかっていくかのようだった。

 会話は途切れることなく続き、和歌山の観光名所からお互いの夢、将来についての話にまで及んだ。ふとした沈黙も、二人には心地よく、次第に言葉を交わさなくともお互いの気持ちが伝わるのを感じていた。「これからも、二人でいろんなところに行こうね」と新がささやくように言うと、優子も「うん、楽しみにしてる」と答えた。

 穏やかな午後、二人の心には特別な絆が育まれていた。停電という予期せぬ出来事を通して、彼らは互いの存在の大きさを改めて感じ合った。カフェの窓から見える街路樹の緑が風に揺れ、二人の未来を祝福しているようだった。

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