5 最初の女の子(風原警察刑事部捜査一課刑事里見 善光(さとみ よしみつ)警部補視点)

 十二じゅうにがつさん一日いちにち

 風原かぜはら警察けいさつも、全国ぜんこくの警察とおなじく、年末ねんまつ特別とくべつ戒中かいちゅうだが。

 てい年があと年の自分じぶんいえなか正月しょうがつやすみ中。ちょっとらくをさせてもらっている。

 まあ、凶悪きょうあく事件じけん発生はっせいすれば、しはあるだろう。その覚悟かくごは警察かんになってから、毎年まいとしのことだ。

 だが。

 なんうか。

 国民こくみんの二、三わりはあの報道ほうどう特集とくしゅう視聴しちょうして、もうぼんと正月がいっぺんにたような感覚かんかくあじわった。

 本来ほんらいなら、市民しみんは十二月特有とくゆうの特べつ編成へんせいの二時間じかん・三時間・四時間・時間SPスペシャル番組ばんぐみをダラダラることがおおい。

 低俗ていぞくなバラエティー番組にゲラゲラわらって。

 何事なにごとく「クリスマス&正月ぶとり」をするはずなのに。

 何をべても、何をんでも。

 あたま片隅かたすみには。

 くびとされた、首なし死体したいどもたちしかかばなくなっている。

 それも、被害ひがい児童じどう一人ひとりじゃない。

 首が見つからないまま死んだことになっているのは、十にんしょう人は一人ひとり


 第四だいよん事件の被害児童は家族かぞくころされている。

 おそらく、あの時連続れんぞくして、風車かざぐるましょうの児童がねらわれていた。

 第四事件被害児童の両親りょうしんも、二番の被害しゃ行方ゆくえ不明ふめい時に「保護ほご者で捜索そうさく協力きょうりょくをする」ことに賛同さんどうして。捜索を手伝てつだっていた。

 だから、何かったか。づいたか。それで、「一家いっか皆殺みなごろしの口封くちふうじ」のせん濃厚のうこうなままになっている。



 長男ちょうなん青馬せいまあい夫婦ふうふそれぞれは、おお晦日みそかよるにはわず、元日がんじつひる前後ぜんご予定よていだ。

 まあ、長男はよめさんのじっ家にかおしてからこっちに来る予定だ。

 二男夫婦は、「大掃除そうじわっていない」とわけ連絡れんらくていた。

 二男夫婦はえん距離きょり恋愛れんあいだったし、結婚けっこんしてからも別居べっきょ婚だった。

 とし秋頃あきごろから、二男の嫁さんが風原もどって来て、きちんと同居生活せいかつはじまった。

 オートロックのタワーマンションにんでいるし。

 この家のちかくにんでいても、二男夫婦は盆と正月くらいしかかおせにない。

 まあ、つまは青馬夫婦のまご夢中むちゅう

 わたしはまだ結婚していない長じょ日向ひなたちゃんに夢中だから。それでも、かまわない。


 元一人っ子の、日向ちゃん。

 日向ちゃんは、まだがく生気分がけていないのか。じっまいで、愛用あいよう高校こうこうだいの「さとせい刺繍ししゅう体育たいいくジャージをてゴロゴロしている。

 恋人こいびとつくって、一緒いっしょ旅行りょこうでもってくればいのに。

 夫婦関係かんけい破綻はたんおさないながら見て来て、元はは親と絶縁ぜつえんさせられた。そして、まま母に文句もんくわず、継母の兄弟きょうだいにも、さからわず。よくきてくれた。

 感謝かんしゃしかない。


 茶髪ちゃぱつきん髪にガンガンめちゃう連れ子のおにいちゃんたちには、とくあたまかかえず、「お行儀ぎょうぎよくしなさい」とこん気よく言葉ことばをかけることに専念せんねんした。まあ、い子たちだから、心配しんぱいはいらなかった。

 日向ちゃんが未成みせい年のときは、むすめの恋愛事じょうにハラハラしたが。

 いまは、結婚出来なくても良いから。日向ちゃんを理解りかいしてくれるおあい手が出来ればなとこころからおもっている。

 父親は警察官。

 母親は幼稚ようちえんの先生。

 さい同士どうしで、上手うまくいくかどうか思いなやんでいたが。妻の連れ子の息子二人ふたりも、日向ちゃんも、本当ほんとう兄妹きょうだいのようにわらっているし。

 けなし合っている。

 馬鹿ばかにして、悪口わるくちも言うし……。

 つながっていないから、きつい言葉がう盆と正月があせをかくことが多い。



 なが初等しょとう教育きょういくたずさわっている妻と、娘。

 娘は私が反対はんたいしたこともあって。小がっ校教さいけんの二試験を退たいさせた。中学ちゅうがくじゅ験をあつかじゅくこうとして活躍かつやくしている。

 大晦日と元日に、ホテルにかんめで、受験対策たいさくをする塾もあるらしいが。娘はまだ、末端まったんの講師なので、番は無い。

 今たん当しているのは、てい学年・中学年だ。


 娘は小学校教諭の免許めんきょっているのに。私が、小学校きんにかなり反対してしまった。

 娘も、「風原には殺人鬼さつじんきがいるでしょ。採用試験の倍率ばいりつ極端きょくたんひくいから楽勝らくしょうだけれど。やっぱり、自分のけ持つ子がころされたら、『担にんなにやってたんだー』ってめられそうだもんね」と。この地域ちいきの特殊性しゅせいを理解はしてくれている。


 おせちりょう理の準備じゅんぎわらせた母と娘がひと休み中も、首無し女児事件のはなしをコソコソしている。

「お母さん、お母さん。

 年末年始のテレビって、特別編成でしょ?」

後編こうへん、一月四日よっか放送予定かもだってー」

「お母さん、それ本当?」

「『かも』、だから。

 かく情報じょうほうでは無いみたい」

おんなの子ばっかり殺されてる、『あの事件』でしょ?

 最しょの女の子、小学校でられてー。気づいたらいなかったんだってー」






ちがう、違う。

 日向おねえちゃんが言っている子は二番目の被害者だよ」





 妻と私のあいだまれた息子。げんすえっ子三男のきょうが、日向ちゃんの発言はつげんそく定した。

 現在げんざい、風原市のわたくしりつ文系ぶんけい大学の二年生。

 響也が高校二年生から大学一年生までのあいだ、私は風原警察から寒針かんばり警察へどうしていた。

 こん年度私が風原警察にもどされたのは、やはり定年までに風原連続児童猟奇りょうき殺害事件の犯人はんにん逮捕たいほ心血しんけつそそいでいるのをひょうされたのだろう。


 まあ、息子が女児じょじばかり標的ひょうてきにされた凶悪きょうあく犯罪をくわしくっていようが、妻や娘ほど動揺どうようはしない。

 息子が生まれるまえからの長期にわたる事件だからだ。

 まあ、「きょうせつ」や「一部いちぶの被害はほう犯による害説」を出されれば、否定するのに大変たいへんそうだが。


 妻がみたらしのくし団子だんごみながらためいきをつく。

「はぁー。

 アンタ、やけに詳しいわね。

 おかあさん、いやよ。

 アンタがへん真似まねするなんてー」

「母さんこそ、わる冗談じょうだんぎるって。

 俺はただ、社会しゃかい学系のこうを受講してるから。ふゆ休み、この事件のレポートの課題かだいが出たんだ。

 あんな報道特集、リアルな教ざいにしかならないんだよ。

 自分でもかなりこまかく調しらべたけど。

 せいすうおおくて、共通点つうてんが『小学生の女の子』ってだけなんだ。

 警察官で守秘しゅひがある父さんにはインタビュー出来ないしー」

「じゃあさ、きょうくん

 模倣犯がこした事件もまじってるって思う?」

「それは無い。というか。

 警察がさ。どうも、男の子の行方不明事件と、あん確認かくにんが出来ていない未成年者・もと未成年者も一斉いっせい調査ちょうさしてるって。

 だから、大学の月島つきしま先生せんせいわせれば。『そもそも発見はっけんみの首無し女児ばかり注目ちゅうもくぎなのがもん題』なんだってさ」

「元未成年ってなんだ?」

「父さん、シニア警官だから、署ない仲間なかまはずれ?

 おれの言いかたっているかどうかわからないけど。

 つまりさ。

 小中学校のとう校とか。

 義務教育がわる中学校卒業そつぎょうきこもり。

 あとは、せき児、無こく籍児」

「戸籍が無い子?」

「そうそう。

 あとは、不ほう移民いみんの子への接触せっしょくは当時むずしかった。今現在は、そういう支援しえん団体をとおして、行方不明になっている子がいないかどうかはきこみ出来るでしょ。

 無戸籍児は。DディーVブイ婚でめているあいだに、生まれちゃった子の出生しゅっせいとどけを出すと、場所ばしょがバレるから出さなかったとか」


 そこで、娘は何かを思い出したかのように、食べかけの串団子の串のさきを父親にけながら、早口はやくちでこう言い始めた。

「あとは風鈴ふうりんキッズってばれる家出いえでして売春ばいしゅんしている子たちもね。

 ウィンドベルホテルのちかくで、あつまってる子たち。

 ねえ、お父さん。

 わたしの中学・高校の後輩こうはいも、ちこぼれになって、不登校になってさ。

 それで、家出して、風鈴キッズしている子がいるんだってー。ってたー?

 わたし、知らなくて―。

 中学のバド部の問だったおか先生から電話でんわがかかって来て、OオーGジー繋がりで何か知らないかーって。

 ミニ同そう会でもやるのかと思ってウキウキしたのに、ガッカリしたのー」

 串にのこっていた団子を頬張ほおばって、団子の残りのねばりがくっついた串を何にもつつまないで、そのまま居間のゴミばこてようとして。妻は娘の手からだまって、串をうばって、自分の串と一緒いっしょ台所だいどころのゴミ箱へ投げてた。

 冬場だから、アリってないし。はペットをっていないが。

 あま菓子がしにおいが居間いまに残って、そのうちカビくさくなったら、こまる。

 妻はもう一度今のゴミ箱の中をのぞいて、「貴方、ミカンのかわも台所に捨てなおして」と注意ちゅういされた。

 あっ、つい、前の家のくせが出てしまった。

 だん大敵たいてき

 前の妻はゴミ捨てにかんして、無頓着とんちゃくな人だったからな……。



「さあさあ、こんな気持ちわるい話は、ほかの人たちの前でしないでよ。

 はつ孫を連れて来る長男夫婦をリスペクトしつつ。

 子どもいない二男夫婦のゆう尊重そんちょうしてね。

 良い?

 響也も日向も、お兄ちゃんとお嫁さんを困らせないでね」

「「はーい」」

 妻の注意に日向ちゃんと響也は愛想あいそう返事へんじをしてみせた。



 そうしている間に。

 私のスマホのトップ画面がめんに、メッセージアプリの通知つうちが入る。

 通知をよく見ると。息子夫婦たちではなく、私の実弟じっていのアイコンだ。

 アイコンは、父の日に食べた娘手作りのカレーライスの写真しゃしん

 弟一家とは、明日あす元日がんじつ夕方ゆうがた、両親がらすちくよん十年あまりのじっ合流ごうりゅう予定だ。


[これからにいさんのいえけて出発しゅっぱつする。道中どうちゅう連絡れんらくするよ]と弟発信はっしんで、弟一家が自たくを出発したことがわかった。


「お父さん?」

 グイグイだまだらけのセーターのひだりそでを日向ちゃんにられた。

 いたっ。今度は、響也がみぎ袖と右うでを引っ張って来る。

 日向ちゃんは従姉いとこまどちゃんから[おうちいそいできます]。

 響也は従兄いとこつみ君からのメッセージ[事件発生。ヘルプ。ヨシヨシおじちゃんの家に急行ぎゅうこう中。]をどく


「おじいちゃんおばあちゃんの家に合流する前に相談事があるんだろう。てつおじさんたちもおそらくこの家にまるから、事件の話はやめよう。

 窓花ちゃんと積貴君、風車かざぐるま小だったから」

「そうだっけ?」

「そういえば、引っしたよねー。

 おじさんが犯人だったりして―」

「やめなさい!」

 つい、日向ちゃんに怒鳴どなってしまった。


「お父さんたち、警察官も大変たいへんだったの。

 重要じゅうよう参考人さんこうにん候補こうほだったひとめちゃった失敗しっぱいもあった。

 本当に証拠しょうこが無いのに、うわさを信じて、誰かをきずつけちゃ駄目だめ

「……わたし、そんなつもりじゃないし。

 はなしの流れで、言っただけだもん」


「……お父さん。

 哲己おじさん、この家のどこで寝るの?

 ……また何かメッセージ来た。

 窓花ちゃんが『ヨシヨシおじちゃんの家に今日きょうみんなで泊まりたい』だってさ」

「は?」

「どうしよう!

 ピザ?出前でまえ寿司すし

 これから、夕はんよね?

 どこかで食べて来てから、来てくれそうじゃないものね。

 ねえ、電話してみたら?」

 妻とも話し合っている間に、弟の哲己から着信が入った。

「……もしもし、どうした?

 哲己?」

 <ヨシ兄ちゃん。

 急だけど、そっちに一泊いっぱくさせてもらえないか?>

「事件か?事か?」

 電話相手は弟なのに。ついつい、110ひゃくとお番受理のように聞いてしまった。


 私は二男坊ぼうで、両親とは暮らしていない。

 哲己は三男坊。

 長けいは、ジジババと二世帯せたいで暮らしている。

 家のことでたよりになるのはやくづとめの長兄。

 ただ。

 トラブルの場合は、何故なぜか私を「まちぎょうのお奉行」みたいに用しようとするんだよなー。ったく。

 私は時代げきに出て来るカッコイイお奉行さまじゃ無いのに。


 明日からは長男一家三人(大人二人赤ん坊一人)と、二男夫婦がやって来る。

 里見 哲己一家は四人。

 きゃく間には、長男一家のためのベビーグッズをいてある。

 客間は、長男一家が利用する予定の一階客間のみ。

 はたして、弟一家の寝る場所を提供ていきょう出来るだろうか……。


「もしもし、青馬か?

 父さんだけど。

 哲己おじさん一家が今晩こんばん泊まるから。

 ベビーグッズ、とりあえず御前の使っていた部屋へやうつしても良いか?

 御前の部屋なら、三人泊まれるだろ?」

 <れいきするかもしんないよ?>

「じゃあ、哲己叔父おじさん一家には御前の部屋と、居間にかれて寝てもらうかな……はぁ、ごめんなー」

 正月早々そうそうでは無い。

 大晦日早々だ。

 いったい、どうしたって言うんだ……。


 俺の正月休みは。

 もしかして。

 もしかすると。

 首無し少女事件から生しているぼう中傷ちゅうしょうかん連があるのか。

 十五年前もひどかった。

 おとこも女も。年寄としよりも、青しょう年も。自分以外いがいは犯人だと、本気で勘繰かんぐった。

 あの報道特集前編きっかけで、地獄じごくふたくような……そんないや予感よかんがしてならない。

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