8 どこにも無いぼんぼり

 十二じゅうにがつ九日くにちもく曜日ようび

 ゆびったからも、彫刻刀ちょうこくとういたいえにはかえらず。

 校長こうちょう先生せんせい見守みまもられながら。毎日まいにち放課後ほうかご教室きょうしつ一時間いちじかん居残いのこりして、木版画もくはんが作業さぎょうをゆっくりつづけた。

 いそぐことはいのはわかっている。

 クリスマスイブがぎて二十五日ごにちれば、二学期がっき終業しゅうぎょうしきの日になる。

 その日は通常つうじょうじゅ業はしだから。

 来年らいねんわけにはいかない「図工ずこう」の作品さくひんをとにかく、仕上しあげるのにひっだった。

 わたしはそこまで完璧かんぺき主義しゅぎじゃない。

 でも、桂川かつらがわ先生が今年こんねんでクビになったら、いやだもん。

 いまさら、ぜつの先生と教員きょういん住宅じゅうたく共同きょうどう生活せいかつするなんて無理むり、無理。

 桂川先生って、小学しょうがっ校の先生っぽくなくて。

 ちょっと、児童じどうとの距離きょり間を遠目とおめ設定せっていしているかんじ。

 冷静れいせいで、ドライで。

 粘着ねんちゃくしない。



 グッグッ。

 いたが彫刻刀でけずれるたびに、そのおといた。

 無駄むだちからいてやると、かえって彫刻刀がツーッと木の板の上をすべっていきそうでこわかったけれど。

 ぼんぼり独特どくとくのカーブも上手うまさい現出来た。


 最初さいしょは、下書したがきのせんすくなくて、白黒しろくろというより黒ぎる木版画作品になるところだった。

 でも、完成品はボワンボワンとした白のひろがりがある。

 そんな表現があっているかわからない。

 でも、上手じょうずかりがともった、雛飾ひなかざようのぼんぼりを彫ることが出来た。


 それから、くっさいくっさいインクを木の板になじませて。

 うすっぺらいかみしつけて。

 その上から「バレン」ってヤツをクルクルまわして。

 アイロンをやさしくかけるような、そんなどう作で。板とインクと紙を密着みっちゃくさせた。

 ゴシゴシとれる音がした。

 紙がやぶけないか心配しんぱいだったけれど、破けなくて。

 ゆっくり、ゆっくり、板から紙をがした。


 っ黒な背景はいけいに。

 一対いっついの、左右さゆうおそろいのぼんぼり。

 ちいさなさくらはな五枚ごまいの花びら模様もようの流れをかび上がらせるかのように。煌々こうこうひかっているデザインにした。

 クリスマスもちかいし、「キャンドルにしたらどうか」なんて、裏方うらかたさんからも意見いけんがあったけれど。

 最まで、あきらめなくてかった。



 った版画作品は紙のままだと、アレなので。

 水彩すいさい画の作品とおなじように。額装がくそうわりに、紙よりおおきめの色画用紙ようしりつけることになっている。

 もも色の大ばんの画用紙に貼ったので、その作品だけ、季節きせつはずれのはるみたい。


 教室の一番いちばんうしろのかべめんに広がる掲示けいじばんに、桂川先生が飾ってくれた。

 右上みぎうえひだり上、右したと左下。よんしょに、手あかがついていないきんあたらしい画びょうめてくれた。


 木版画はこの掲示板上にはひと作品だけだけどね。

 月の自己じこ紹介表しょうかいひょう、でしょ。

 水彩画。

 紙粘の作品。

 一番面白おもしろかったのは、あきにやった「未来みらい小型こがた発明はつめい品紹介パンフレット」。

 大型のものを作らないよう、「小型」定をけた。

 わたしは「だれにも見つからないはこ」。

 本当は透明なんだけれど。それだと誰にもわからないので、オーロラ色にかがやく紙を貼りつけて、格好かっこう良くした。

 どんな大切たいせつな物もぬすまれないように。

 防犯ぼうはん対策たいさくグッズとしてりこむテーマで。

 桂川先生に、ちょっと心配されちゃったけれど。今はもう、わらばなしだ。



 あさかえりの学級活動で、日直にっちょくとしてかいをする。

 普通ふつうの学校では、黒板こくばんの前につけれど。

 児童数一名なので、司会中も自分のせきとどまったまましている。

 だから、教室とう校と下校のときにしか、ジーッと掲示板を見る会が無いのだけれど。

 掲示板に飾ってから、休み時間やひる休み時間も、ジーッとながめてしまっていた。


「今日十九日はふゆ休み前の図書としょ貸出かしだし期間最しゅう日です。

 教室のうしろにある本棚ほんだなの本は冬休みの間、三冊さんさつまでりることが出来ます」

 児童はわたししかいない。

 わざわざ、日直が口頭こうとう連絡れんらくする意はないのに。

 でも、桂川先生は学級通信つうしんのお便たよりにある連絡事こうを読み上げるようにった。


「……何か借りるか?」

都市とし伝説でんせつの本」

UFOユーフォーは?

 ……このへんふゆだい角形かっけいがキレイ過ぎて、UFOが見えずらいか」

「先生、何かありますか?」

「……」

「無ければ、これで帰りに学級活動をわります。

 起立きりつ……先生?」

 先生がわたしに聞きたかったことはUFOの話なんかじゃ無かった。




「なあ、なんで、ぼんぼりなんだ?」




 わたしは起立したまま、かたまってしまったけれど。

 すぐ、笑顔えがおでこう答えることが出来た。

「だって、この小学校に寄贈きぞうされた雛飾ひなかざり、どれもぼんぼりが無いんですもん。

 きんびょう毛氈もうせんはあるのに。へんですよ。

 たとえば、ぼんぼりの電気でんきけなくても、いておけばいのに」

 現代げんだいの雛飾りのぼんぼりは、プラグをコンセントにつなげば、点灯てんとうする仕組しくみになっているものがおおいはず。

「だから、つくりたくなったんです。

 目でしたか?」

「いや……あっ、そのためにも、いっぱい刷りたかったか?」

「いいえ。

 木版画だからって、何枚も刷っちゃ駄目ですよ。

 雛人形にんぎょうはデリケートなんです。

 よごれるような木版画はぜっ対、一緒いっしょに飾れません」

「そうだな……汚したら、絶対に駄目だ」

「わかってます。

 だから、教室に飾ります」

 この学校の雛飾りは、人形のほかぎっしゃもあるのに。

 ぼんぼりの飾りは無いから、さびしい。


 女の子のおいわいなのに、飾りのお道具どうぐけている。

 なら、作って飾ってあげたい。

 でも、皆、飾らない。

 ここにある雛飾りは、ひとそろえじゃない。

 だから、どうにも出来ない。

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