7 一度の失敗

 は、こわい。

 赤色あかいろと、てつにおい。

 あと。傷口きずぐちから血がると、あとからズキンズキン傷口がいたくなる。

 でも。

 桂川かつらがわ先生せんせいのおかげで、わたしはパニックにならなかった。


 教室きょうしつには、血がついた彫刻刀ちょうこくとうがあるので。

 処置しょち室へ移動いどうしてから。裏方うらかたさんに消毒しょうどくしてもらって、可愛かわいくないベージュ色の絆創膏ばんそうこうってもらって、おしまい。



 月曜げつようは、わたしが彫刻刀を使つかった図工ずこう授業じゅぎょうをするしないの判断はんだんで、「緊急きんきゅう職員しょくいん会議かいぎ」をしていた。

 その給食きゅうしょくには、チリコンカーンのおばさんがやって来て。帰りに、リュックを背負せおったわたしの背なかばそうとして。リュックの中に入っていたし彫刻刀であし負傷ふしょう。「わたしの彫刻刀でケガをした」なんて、おおやけに出来ないから。

 自分じぶんで彫刻刀をいて、彫刻刀がさったように見えないように、足のうらにくいだんだって。


 曜日は校長こうちょう先生におそわりながら、ためりをした。さすが、美大びだい出身しゅっしん

 どうやったら、上手じょうずれるか。丁寧ていねいに教えてもらえた。

 これは、桂川先生には出来ない指導しどうだもん。

 普通ふつうの先生は。図工って、「スピード勝負しょうぶ学習がくしゅう」になっちゃってる。

 時間じかんないに自分のあたまのイメージをかみうえ表現ひょうげんするか。粘土ねんどで表現するか。工さくで表現するか。

 児童じどうすう一名いちめいだと、両隣りょうどなり前後ぜんごせきのアイディアをカンニング出来ないからな。

 もう、いえ習して、そなえておくしかない。


 すい曜日は……給食にとりほね欠片かけら混入こんにゅうしていた。わざとやった裏方さんはされた。


 もく曜日の今日きょうは何もければかったのに。

 わたしの失敗しっぱいで、大事おおごとになってしまった。

 放課ほうか後は、掃除そうじわったら、はやかえらなくちゃいけないけれど。

 一階いっかい会議かいぎ室から、桂川先生をめるこえつづいている。そんなのいちゃったら、帰りづらい。


 わたしは児童なので、完全かんぜん校時刻をぎて下校するのはよろしくない。

 会議に参加さんかしていない裏方さんからは、「まあ、いつものことだから。そんな気にしなくて大丈夫だいじょうぶだよ」なんて、フォローされちゃった。

 でも。

 桂川先生と一緒いっしょ勉強べんきょうして来たからわかるもん。


 先生はおんなの人にやさし過ぎる。

 でも、チャラチャラしていない。

 ゲームき。

 アウトドアな趣味しゅみも無くて、いえきこもっているわたしとおなかんじ。

 離婚りこんれきがあるのはっているけれど、元奥もとおくさんはどんな人だったんだろう……。

風原かぜはら連続れんぞく児童猟奇りょうき殺害さつがい事件じけん重要じゅうよう参考人さんこうにん候補こうほおとうと」ってうときは、冗談じょうだんっぽい感じじゃ無い。


「女っが無い」のは、大学時だいから。

「じゃあ、こう校生のときは彼女かのじょいたんですか?」って聞いてみたら、「ヴァレンタインのチョコは毎年まいとし以上もらってた」と自まんされた。

 つまり、あの猟奇事件の重要参考人候補がじつのおにいさんだったせい。

 容疑ようぎれても、事件が連続して発生はっせいするから。

 一度いちどでもうたがわれると、「やっぱり、ふく犯説はんせつ濃厚のうこうで。アンタのお兄さんがきょう犯なんじゃない?」とはなしふくらんでしまうそうだ。

 だから、人付ひとづいもせばまっている。



 本当なら、「しょく員会議」という弾劾だんがい裁判さいばん

 わたしは桂川先生以外とこんな生かつをするなんて、かんがえたことがない。

 もう、たりまえになっちゃったもん。

 先生がいなくなったら、いやだな……。


「カーブのすくない、おおきめのゆきだるま。

 木版画もくはんがのデザインだん階で、桂川先生が如角しくすみさんにたいして、そのモチーフをすすめるはずでしたよね。

 誘導ゆうどう、出来なかったんですか?」

もうわけありません」

「……ケガがきずとしてのこるかもしれないんですよ。

 そうなった場合、裁判でほかの傷も桂川先生がつけたと言われるかもしれないんですよ。

 ケガをさせずに、保護ほごするためです」

「まあまあ、自衛隊えいたい病院びょういんへ行くほどのケガじゃありませんよ。

 絆創膏一まいですぐ、落ち着きます。

 化膿かのうしないように、出来るだけ消毒と絆創膏の交換こうかん大人おとながやってあげてください。

 ねんのため、こん後も傷口の写真しゃしんあさゆう、学校の処置室で撮影さつえいしますね」


 絆創膏をベリベリがすと。

 まだ、ちょっとグジュグジュしているかさぶたに、一階玄関げんかん下足げそくばこ前のつめたいくう気が当たる。

「如角さん、帰る?」

「はい、にじ子さん。さようなら」

「絆創膏、剥がしちゃった?

 もう一回、なおそうね」

 虹子さんもベージュ色の絆創膏を一枚ポケットから取り出して、貼り直してくれた。

 紅葉もみじさんや梅子さんと同じおかめのお面で、目のところはあながある。

 虹子さんの目つきは梅子さんと同じ、怖くない。

 でも、梅子さんとはちがう、優し過ぎる目。


「ぼんぼりの版画、やめにしない?

 見ていて、つらくない?」

「大丈夫です。

 それじゃあ、おさき失礼しつていします」

 虹子さんは辛いんだ。

 きっと、辛い。

 でも、わたしにはぼんぼりの版画を作る自由はのこされていると思いたい。


 小学生にはすこおもい、職員用玄関のドア。

 虹子さんが手伝ってくれて、外に出ることが出来た。

 まだ、左手の傷口はズキズキ痛む。

 虹子さんは他にも何か言いたげだったけれど。

 わたしはかずに、校をつづけた。

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