6 あ

 昨日きのう給食きゅうしょく散々さんざんだった。

 きたなはなしだけれど、いちゃった。

 時間じかん算数さんすうをサボるつもりなんてかったのに。

 結局けっきょく、すぐ早退そうたいした。

 ボスがくるましてくれて、わたしはシートベルトもせず、後部こうぶ座席ざせき梅子うめこさんのひざまくらをしてもらって教員きょういん住宅じゅうたくかえってた。


 そして、そのよる

 かなしそうな目の梅子うめこさんは、ねむっていたわたしからはなれて。

 20マル1イチ号室ごうしつけつけた佐藤さとう 菖蒲さんにたいして「えられない……つらぎる」とけていた。

 ごえとしゃっくりがまらずこえてくるので、きてしまった。


 桂川かつらがわ先生せんせいは先生で、よる十時じゅうじちかくにかえってた。

「モテモテ」とやかされたのかもしれない。

 でも。

 桂川先生は、おんな寝室しんしつに、無理矢むりやはいってこようとはしなかった。

 きちんとノックをしてくれた。

「どうだ?」

「もう、大丈夫だいじょうぶです。

 吐いたショックもきました。

 明日あした普通ふつう登校とうこう出来ます」

「無理しなくていんだぞ」

「あんなおかめのおばさんにけたくないです」

御前おまえをはめるためじゃないのは、わかっているだろ?」

「もちろんです。

 先生LOVEラブ原因げんいんです」


おれ重要じゅうよう参考人さんこうにん血縁けつえんだぞ。

 殺人さつじんいかけられていそうな安和あんわとは真逆まぎゃくだ。

 そんなおかしな人間にんげんを、信用しんようならない人間を、きになるか?

 普通じゃいよ」

 それ以上いじょう、先生はこころ中身なかみはなそうとしなかった。

 自分じぶんの心をいわつぶして、おしまいにしたようなかんじ。

 先生のかおにはつかれと、対人たいじん恐怖きょうふと、ボスいわく「にょなんそう」も出ている。

 しっかりやすんでしいのは先生のほうなのに。

 わたしがるまで、ずっとずっとベッドのそばであたまでてくれた。

 なんだか、本当ほんとうのおとうさんみたいだった。

 わたしたちにはかえ場所ばしょが無いのだから、ここでずっとらしたいな……。



 十二じゅうにがつ十二にち木曜もくよう五時間目。

 つぎろく時間目の授業じゅぎょう道徳どうとくで。

 この五時間目も、図工ずこうで。

 らく午後ごごごしていたのに。

 彫刻刀ちょうこくとう作業さぎょうれて来たよん十分じゅっぷんだった。

 でも。

 ほんの一瞬いっしゅん

 彫刻刀がまえへ前へすべるようにすすんだ。

 なにきたかわからなかった。

 両手りょうてかるげて、彫刻刀でいたっていた。

 いままでどおりなら、木くずるはずなのに。

 わたしの目には、木屑ではないものがうつっていた。


 ぷくーっとあかたまかたちたもてなくなって、くずれてひろがってく。

 どこに広がるかというと、ひだり手の親指おやゆびから手のひらにかけて、赤いながれとなっている。


 あ、血が出てる。

 そう思った次の瞬間。

 の中に指をっこんでもいないのに、指先がねつつ。

 そして、いたい。

 ビリビリ痛い。


 包丁ほうちょうで指やつめってしまうよりも、痛い。


 桂川先生がすかさず、わたしの指を口の中にふくんだ。

「おみゃえ、ち、こあいあろ」

 先生がうごかして、したも動かしてしゃべるから。言葉ことばえる。

 でも。




御前おまえ、血、こわいだろ)




 傷口きずぐちにはみるこえだった。

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