5 かわいそうな欠片

 今日きょう献立こんだては、予定よていでは、ビーフシチュー。

 でも、完成かんせいおくれているようだ。

 時間じかんえい授業じゅぎょうわりちかくには、教室きょうしつそと廊下ろうかに。メイン・副菜ふくさい汁物しるもの・ごはんかパンかめん・デザート・食器しょっきるいがそろった配膳台はいぜんだいはこばれてる。

 児童じどうすう一名いちめい自校じこうきゅう食。

 配膳エレベーターは設置せっちし。

 人力じんりきで運ぶか。

 階段かいだんのぼれる電動でんどう台車だいしゃ使つかうか。

おくれてもうわけありません!!!!」と一階からおんなひと大声おおごえあやまこえこえて来る。きっと、いま謝っている人が校長室へ配膳を始めたんだ。

 「いただきます!」と大きな声は校長先生の声。校長先生、ギリギリけん食しはじめたようだし。

 桂川かつらがわ先生とわたしのぶんは、これから運ばれて来るだろう。



 嗚呼ああ目だ。

 検食は校長先生がかん食して、最低さいてい二、三十分は「異物いぶつ混入こんにゅうによる体調たいちょう不良ふりょう」の確認かくにんのための待機たいき

 本当ほんとうなら、校長先生は十一時半前後ぜんごに検食を始めているはずなのに。今日は、十二時十九分に「いただきます!」とさけんでた。五十分程度ていどの遅れ。

 桂川先生とわたしは自分たちの健康けんこうのために、五十分も素直すなおに給食時間を遅らせるなんてことはしない。

 それから。

 校長先生の「ごちそうさまでした!(ゲーッ)」の声とゲップ音は十二時三十一分に聞こえた。



 さらに十四分が経った、十二時四十五分。

「遅れて申し訳ありませんでした。

 こちらで、配膳しますね」

 ラッキー。今日はらく出来る。

 ん?

 見慣みなれない、パンがプラスチックのおさらうえっている。

 しろこなをまぶしたパン。

「おっ、白パンだ」

「白パン?

 パンは白いですよ。

 でも、外がわき目……きつねいろに焼けているとか、そういうことじゃないんですか?」

梅子うめこさんが正月しょうがつ料理りょうりでオーブンを使つかうから、ためし焼きでつくってくれたんだそうだ」

「……桂川先生のぶんは?」

「校長先生がつまみいしぎて、俺の分が無くなった。急遽きゅうきょ、俺は食パン一切ひときれ。

 せっかくだから、めないうちにいただこう」

「「いただきます」」


「……」

 給食を作ってくれた裏方うらかたさんは、教室から出て行って……。

 渾身こんしんさくのビーフシチューはりっ照り。

 中に入っているにくは、どうせ……すき焼きみたいなぎゅう肉の薄切うすぎりを想像そうぞうしていた。

 ちゃーんと、サイコロみたいな小さなかく切り。

 ただし。んでも、ジューシーな肉じゅうは出てこない。

 パサパサしている。

 でも、ビーフシチューに全部ぜんぶ出汁だしが出ちゃったせいだろうな。

 今日はこん色のニットだけれど、胸元むなもと雪山ゆきやまがらが入っている。

 だから、ビーフシチューをこぼしたら、シミになって目つにまっている。

 今日はもう給食準備じゅんびをしなくて良かったから、給食がかり用のエプロンははずしてしまった。

 まあ、こぼさないように、ゆっくり食べよう。

 ガリッ。


「……ワイン、入れないんですか?」

「ワイン?」

「どうせなべでグツグツしているあいだに、アルコールびますし。

 入れれば、美味おいしくなるのに。そう思いました」

「そう?

 でも、小学校給食だから」

 ガリッ。

如角しくすみさん」

なんですか?」

たとえば。

 そのワイン入りのビーフシチューに合わせるのはパン?」

「パスタですけど」

「スパゲッティーってこと?」

「何かお洒落しゃれ手打てうちの、リボンみたいにはばがあるパスタです。

 にんにくとオリーブオイルのパスタをシチューにえて……」

 ガリッ。ゴリッ。

 ゴクッ。



 急に、眠気ねむけが来る。

 食べたばかりで。

 早食はやぐいをしていないのに。よく噛んで、桂川先生とお話をしながらゆっくり食べたはずなのに……。


 ちがう。

 からのど鉄棒てつぼうを入れた、ううん出そうとしているみたいな感覚かんかく

 くるしい。

 のどいしまっているんじゃない。

 水気みずけのある固形物こけいぶつうえへもしたへもげれなくて、どうにもならない。

 いきうにも、吸えない。

 息を吐くことも。

 そう、く。

 吐けないんだ。


 桂川先生の深爪ふかづめ右手みぎて人差ひとさゆびなか指がくちなかおくをひっかく。

 先生の指さき固形こけい物にれる。

 先生がすこしずつきだしているのがわかっているのに。

 わたしはどうすることも出来ず、りょう手をひらいて、まわりをバタバタたたくしかない。


 教いん住宅じゅうたくで家事をしてくれているはずの梅子さんがきながらわたしの手をにぎりしめてくれている。

 何もつかめず、バタバタ空中くうちゅうを叩くしか出来なかったのに。

 握りしめてもらった瞬間しゅんかん

 裏方さんのボスがわたしのおなかをグーでパンチした。

 梅子さんのせいじゃない。

 先生のせいでも無い。


 口の中からポロリと出て来たのは、わたしのじゃ無かった。

 ほね欠片かけらばかりだった。



 二ットはゲロまみれになったので、教室のすみのベッドによこになる前に、ぐしか無かった。

 中は、Tティーシャツをていたし。

 おかめのおめんの裏方さんにがされても、それを桂川先生に見られても、べつずかしくなかった。

「こんな、ひどい……」

 わたしよりも、梅子さんがくるしそうなこえを出す。

「……か……桂川先生の、うつわは?」

 わたしは、もう横になってしまったけれど。なのか食どうなのかがピョンピョンねている。

 かない身体からだをベッドに押しつけて、息をととのえることにしゅう中する。

「桂川先生。貴方あなたも、吐いたほうが」

「いいえ。

 わたしの器は。ゴロゴロとしていたのは、肉とにんじんですね。ジャガイモは入っていませんでした。いや、とけただけかもしれません」


「今日は、もう早退そうたいしよう」

 もう何も出てこない。

 ベッドの上なのに。よだれだけがくちからだらしなくれる。

 喉のおくがヒリヒリする。

 胃えきもこみげたせいだろう。



 わたしの口から出て来たのは、家畜かちくの骨だった。

 牛骨はなかなか手に入らないから。

 とりの骨をくだいて、わたしの器だけに入るように細工さいくをした。

 ううん。

 わたしじゃない。

 今日は梅子さんがパンを焼いて持って来た。

 だから、ぜたんだ。

 なーんだ。

 わたしをころそうとか、きずつけようとか。そういう悪意あくいは無かったんだ。

 でも、それって。

 つまりは、佐藤さとう 梅子さんと、給食調理たん当の裏方さんのごとということだ。

 クリスマスがちかいのも、理由りゆうひとつかな。

 みんな、ここにたくて居る訳じゃ無い。


 わたしをかすために、理をしてくれている。

 息きは、ここでり合った人との交流こうりゅうくらいじゃないかな。


 あのおばさんは、きっと、桂川先生のことをきになっちゃったんだ。

 そして、梅子さんがうらやましかった。

 だって。

 梅子さんと桂川先生と、わたしが一緒に居る教員住宅は。家族っぽい。


 桂川先生は食パン、校長先生とわたしは白パン。

 骨片こっぺんりのビーフシチューはわたしだけ。

 校長先生が桂川先生の分の白パンまで食べなければ。名前の知らない給食担当の裏方さんは「梅子さんの白パンに骨が混入した」と主張しゅちょう出来たのに。

うんが無い女は裏方さんのボスが連れて行きましたよ」と校長先生が教室にも報告ほうこくに来てくれた。


 うーん。梅子さんにはわるいけれど。

 もう、白パンもいらない。

 普通ふつうのパンでい。

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