【閲覧注意】2 テロじゃない可能性

 十一じゅういちがつ教員きょういん住宅じゅうたくは、とうストーブの、よくある「使つかはじめの灯油くささ」があったけれど。

 いっげつつと、はなれたのか。それとも、使いはじ特有とくゆうの「調子ちょうしわるさ」が解消かいしょうされたのかもしれない。十月には、教員住宅すべての暖房だんぼう点検てんけんおこなわれて、ためきも問題もんだいかったはず。


 名前なまえの無い学校がっこう児童じどうはいっちゃいけない「ボイラーしつ」とかく教室の暖房をパイプでつながっていて。

 教室ないあたたかいと、「ねつてる」なんてかたをする。


 教室とう校が完了かんりょうすると。

 わたしはれたぶくろを、窓辺まどべ道具どうぐばこ専用せんようひくたなうえく。

 棚の上には、校長先生ちょうせんせい定期ていき購読こうどくしている全国ぜんこくきじ新聞しんぶんふる新聞をく。

 たいてい、どの新聞の一めんにもある、「新聞めい」とちょっとしたロゴやあそごころのあるイラストが入っている。

「雉見新聞」は、文字もじの「雉」のひだり半分はんぶんからギョロとりかおしていて。「聞」のみぎ半分から尾羽おばねび出している。

 新聞紙の上に手袋をひろげると。


 その新聞一面記事きじには、行方ゆくえ不明ふめいおんなたちのかお写真じゃじんならんでいた。第四だいよん被害ひがい者と第十一被害者の顔写真は、っていない。

 わるいことをした殺人犯さつじんはんは、よく表情ひょうじょうの顔写真が載る。でも、この新聞に載っている女の子たちは、笑顔えがおおおい。何人なんにんかは、緊張きんちょうしたようなかお

 まあ、わたしも、写真ってにが手。

 微笑ほほえみつづけて、いざシャッターおんこえるまで、笑顔を頑張がんばったつもりでも。半とか、無表情とか。

 まあ、写真でを出して笑ってピースしている写真って、幼稚園ようちえん遠足えんそくのときの写真くらいじゃなかったかな。

 いまはおめんしているしね。


 昨日きのうの「十二月八日ようか日曜にちよう」の新聞。

 前日ぜんじつに行われた「かりの」。風原かぜはら連続れんぞく児童じどう猟奇りょうき殺害さつがい事件じけん追悼ついとう式典しきてんは、毎とし十二月の第いっ週に集まる。

 追悼式典会場は、風車かざぐるま小学校体育館たいいくかん

 どの学校も同じじゃないかな。体育館のステージのや体育館倉庫そうこには、鍵付かぎつきのとびらがあって。そこの鍵をけると、たくさんのパイプ椅子いす保管ほかんされている。

 残念ざんねんながら、名前の無い学校の体育館は「ステージ無し」。倉庫の中には、マット運動うんどう用マットとか、バスケットボールとかはあるけれど。

 まあ、そんなことはどうでも良い。






 十五年前の十二月第一週曜日に、第二事件被害者の外屋そとや 蓮華れんげさんの遺体が発見されたから。






 テレビで見た慰霊いれい。あれと同じ感じ。カメラのフラッシュのせいで、色はすこちがって見えるけど、かたちは同じ。

 そして、りたたまれた新聞をもっと広げる。左のページはテレビ番組表らん。その左ページの裏には、如角しくすみ 琥珀こはくさんのおとうさんが慰霊碑に向かって手を合わせる写真と、取材しゅざい記事がっていた。

 式典の日は雨が降っていて。だから、この写真の男の人は、かさしている。

 傘のを右わきはさみながら、手を合わせている写真で。目と鼻はうつっていなくて、じられたくちびるだけが見えた。



 あさの学級活動は、朝八時三十分から八時四十分の間。

 そのあとの五分間は、準備じゅんび

 朝八時四十五分から九時三十分までが一時間目。

 二時間目は、九時三十五分から十時二十分。

 中休み時間は、十時二十分から二十分間。

 三時間目は十時四十分から始まって、十一時二十五分まで。

 四時間目は、十一時三十分から十二時十五分。


 給食きゅうしょく時間は準備時間もふくめて、十二時十五分から十三時まで。

 はやべ終われば、十二時五十分からでも、ひる休みが始まる。

 ここは、児童すうすくない学校特有とくゆうの「臨機りんき応変おうへん」なところ。

 早いはそもそも禁止きんし。小学校てい学年の教室はまだまだ食べるのに時間がかかっている。

 それなのに、じょう級生が早く昼休みを始めちゃうと、早食いをする男子がえる。

 じょ子はゆっくりおしゃべりしながら食べたい子もいるし。おなかをよくこわす子は、そもそも早食いは出来ない。

配慮はいりょしなくちゃ駄目だめ」って、外の学校ではおこられるんだって。

 昼休みは、十三時三十分まで。そこで、れいる。

 そと遊びをしたら、その予鈴が鳴ってから、いそいで教室まではしれば、五時間目のじゅ業にに合う。

 トイレにってからだと、間に合わない。


 五時間目は十三時三十五分から十四時ニ十分。

 すい曜日は五時間目授業だから十分間くらいかえりの学級会をやって、教室掃除そうじをして帰る。

 十四時二十五分から十五時十分までが六時間目。

 帰りの学級活動をして、掃除して帰る。

 毎日教室掃除はする。



 今週の時間わり

 月 こくさん理社がく

 火 図国算えいそう

 水 しょ社体国算

 もく 社国算理図どう

 きん 体国理算音


「学」は学級活動。


「ク」はクラブ活動。

 四年生のわたしは、メンバー一人だけのろう読クラブに所属しょぞくしている。

「五年生になったら。朗読クラブ以外の、別のクラブに挑戦ちょうせんしよう」なんて桂川先生や校長先生からも言われている。

 第一希望きぼうは、「せいクラブ」。

 第二希望は、「読書クラブ」。

 第三希望は、「工作こうさくクラブ」。

 校長先生は「バスケットボールクラブ」をすすめて来たけれど、でも、校長先生がり切りぎてケガをしそうだから、駄目。絶対ぜったい、駄目。


「総」は総ごう学習。

 普通ふつうの学校では、遠足、社会科見学、宿泊しゅくはく研修けんしゅうしゅう旅行りょこう事前じぜん学習。防災ぼうざい学習。

 あとは、運動会、学習発表会の準備時間にてられる。

 でも、名前の無い学校では、「自習時間」になることが多い。

 ぎょう事の無い学校だもん。仕方がない。

 でも、もちつき交流こうりゅう会がいから、準備作業時間になるかな。


「朝の会は先生主導しゅどうでやります。挨拶あいさつはパス。

 先生からの連絡れんらくこうです。

 前中は緊急きんきゅう職員会議で、先生はいなくなります。

 裏方さんの誰かが自習監督かんとくをしてくれるので、問題はありません。

 上で、朝の会を終わります」

 いきなり教室のドアがひらいて。

 桂川先生と、おとこの裏方さんが入って来て。

 桂川先生は教卓の椅子に腰をかけないで、教室のドアをさわったまま。

 一気にしゃべって。喋り終わると、ドアをめた。

「ごめんね。

 職員会議が長引ながびきそうだから、大人しくしていようね」と声をかけた裏方さんも、わきかかえていたノートパソコンを教たくうえひらいて。桂川先生のための椅子いすすわって、お仕事を始めた。



 十時五十分頃。一度、課題を全部終わらせちゃって、追加の課題をもらいに行ったときは、「彫刻刀ちょうこくとう」の話し合いをしていた。

 もう、給食時間になったから。

 お腹はペコペコ。

 さすがに、普通の職員会議では無いことはわかっているけれど……。


 みずみ場で手をしっかり洗う。水道すいどうのお水がとってもつめたい。ジーンと指先ゆびさきにしみてくる。

 配膳はいぜんは桂川先生とわたしの分……。

 裏方さんは、桂川先生の分の給食を会議室まで届けに行って戻って来てくれた。

 その間、わたし一人で食べちゃいけなくて、裏方さんが戻って来る五分間、ずーっと給食を見つめていた。

 ふたつきマグカップにそそいでくれた牛乳ぎゅうにゅうを持って来てくれた裏方さんは「まだまだ、話し合いが続いている」だってさ。

 今日の給食は、苦手なパスタの「ミートソーススパゲッティー」。

 小学校給食のソフトめんは、食べたことがない。ここへ来る前の入学から一か月のうち、二週間は給食が無かった。午前授業で帰っていた。

 この学校は、小規模給食。少人数しょうにんずうのソフト麺を作ってもらえる業者とも繋がりが無い。

 スパゲッティーはかん麺。

 ふくあかいシミが飛ぶし……。

 あんまり、あじきじゃない。

 そして、汁物しるものは……豆腐とうふとわかめの味噌みそ汁。

 うーん。

 イタリアだったら、何のスープなんだろう……。コンソメスープかな?



 給食を食べて、昼休みを教室で一人でごして。

 五時間目は、餅つき交流会のかざりつけの準備も一人でしたでしょ。

 六時間目のクラブ活動は、朗読クラブ。

 UFOユーフォー目撃もくげき証言、誘拐ゆうかい証言をまとめたほんなんて、読んでて気持ちが良いものでは無い。かといって、学校の怪談をまとめた本は、トイレに行くのがこわくなるし……。


 でも、朗読中に。

 どうしても、トイレに行きたくなって。

 行ったよ。

 もちろん、裏方さんが「トイレの後の手洗い。水がつめたくても、手洗いが大事。ハンカチは、リュックの中?」って聞かれちゃった。

 ノートパソコンでカタカタデスクワークしているだけの人かと思っていたら。ちゃんと、自習監督してくれていた。

 わたし、ちゃんと、手洗い用のハンカチをリュックの中から、慎重しんちょうに取り出した。



 時計は、午後三時を過ぎている。

「『クリスマスメモ』、『作・ののお のの』、『・ささき みちる』」

「遅れてすまない!

 あっ、もう六時間目も終わったか!」

 何度も「クリスマスメモ」を読み返しているうちに、桂川先生が教室に戻って来た。


「職員会議、お疲れさまでした」

「……帰りの会は明日の連絡事項のみにするか。

 明日の図工の授業から、彫刻刀を使う。

 いやなら、拒否して良い。

 俺は御前に無理させたくはない。御前が嫌な顔して取り組むのを見たくない気分だ」

「気分、ですか……」

「……刃物はものが怖いか?」

「……どうでしょう。

 もう、調理用包丁ほうちょうにはれました。

 あっ、チリチリ……チリチリコンコン?

 うーん、失礼しつれいですね。がい国の料理名を聞いたのに、忘れちゃいました」

「それじゃあ、問題。

 このりょう理名は、何でしょう?

 一、チリチリ。

 二、チリチリコンコン。

 三、チリコーカン」なんて、桂川先生がふざけていたら。




「どれも違いますよ。

 それだと、『知事ちじこう館』に近いおとひびきになります。

 ただしくは、『チリコンカーン』です」




 きれいな女の人が教室のドアから入って来た。

 黒いジャケットと、膝丈ひざたけのスカート。

 カッコイイ。東京とうきょうえきの近くのオフィスがいでバリバリはたらいている人みたいな雰囲ふんい気。

監査かんさ部が何の用です?」

「桂川先生。

 先日せんじつ、変なやからがこちらに押しかけてもうわけありませんでした。

 さて、そこのおじょうさん。

 問題です。

 チリコンカーンは、どこの国の料理でしょうか?

 豆とトマトの料理だから、世界せかいじゅうの可能性があります」

「勝手に入室されてはこまります」と六時間目まで飲まず食わずで自習監督を引き受けてくれていた裏方さんが桂川先生の椅子から立ち上がって、女の人を追い出そうとする。

 でも、女の人のかたをつかもうとしたけれど。あっというに、裏方さんが二階廊下にゆかそべって、気をうしなった。

 アクションえい画で「いち必殺ひっさつ!」場面のような派手はでさは無かった。でも、いたがってもいない。

 何か、桂川先生が好きそうなゲームに登場する「暗殺あんさつ者」っぽい。


「国みん血税けつぜいをこれほどかけて、そちらのお嬢さんを一人かす。その価

 それは、そちらのお嬢さんそのものではありません。

 十五年前から。風原連続児童猟奇殺害事件がテロの指定してい事実じじつ上、受けているからです。

 しかし、それはたった一人の女の子が子どもの遺体の一部を持って、テレビきょくけこんで死んだからです。

 ほう道の自由・表現ひょうげんの自由・憲法けんぽう保障ほしょうされた権利けんり主張しゅちょうするのはかまいませんが。

 それのどこが『日本にっぽん国へのせん布告ふこく』だったんでしょうね。

 そもそも、犯人が『テレビ局へ行けとめいじた』かどうかも不明です。

 事件そう査の長期により、テロかどうかの見直しも進めています。

『名前の無い学校』の監査を引き受けている者どもとしては、ここの運営うんえい潮時しおどきだと思います」


 監査の人が、何かを言い返そうとした桂川先生の出かけた言葉を遮った。

 来客らいきゃく用のスリッパのペタペタ音が教室の床に響く。


人質ひとじちきているからこそ、人質です。

 風原の事件は、くびられて、その首が見つからないだけです。

 そこにいる子どもは。日本そう国民の内の一人である『おそらく犯人』にとっては、人質でしょうけれどね」


 女の人は、椅子から立ち上がって教室掃除をしようとしないわたしのそばへやって来た。

「『名前の無い学校』の裏方さんをそろそろ、もとの職場へ戻してあげたいのですよ。

 もちろん、年明けの『近隣きんりん地域のせい年との餅つき交流会』というインチキ交流会も、中止していただければ都合が良いですね」

 桂川先生が首を横にブンブン振ってから、教室照明しょうめいのスイッチそばにある、赤いボタンを押した。

 <<二階四年一組教室で緊急事たい発生、緊急事態発生>>

 アナウンスが流れて、拳銃けんじゅうを持った裏方さんたちが教室に集合する。

 でも、キレイな女の人を見ると、拳銃を脇の下のホルダーに戻してしまった。

「さあ、お嬢さん。

 桂川先生がおきなら。

 何か、私どもに、『手土産みやげ』をいただけませんか?」


「『あー、別に良いです』」


 校長先生がいつの間にか、わたしの背後に立って。わたし……ううん、女の子の高い声を真似まねて、喋り出した。

「校長。一応、監査の人にはそんな投げやりな態度を取らないでください」と裏方さんのボスがわたしに向かって、……いいや、わたしの両手首をつかんで、操り人形のように操作する校長先生に注意している。

 注意されているはずの校長先生は、わたしの右手首をつかんだまま、監査の人に向かって、わたしの右腕をのばす。

「『人殺し―、人殺し―。

 わたしが死んだら、御前等全員人殺し―。

 いーけないんだー、いけないんだー』」

「校長、『先生に言ってやろう』と言われても困りますよ。

 ここは、文科もんかしょう管轄かんかつじゃありませんからね」

 香水こうすいくさい女の人が校長先生の両手を手刀しゅとうで払って、簡単かんたんにわたしの両手首をつかんで、じり上げる。

 グギギギギ。

 でも、痛い……とは思わない。

 だって、すぐ校長先生がわたしの両手首をつかみ直したから。




「『大使たいし館にいってやろー』」




「言うではなく、行くの『行ってやろう』ですか?」

「『そうそう。

 今月の給食献立こんだて表に。チリコンカンはメキシコからアメリカに広まっている料理ですって書いてありました』」

「東京の各国大使館まで、どうやって行くつもりですか?

 遠足じゃないんですよ!」

「『滑走路の要らない、垂直離着陸機アレとかー』」

 校長先生、名前の無い学校の上空はもちろんだけれど……。垂直すいちょく離着りちゃくりくは日本国民でも、「どこでも乗りりするために離着陸出来るこまった物」扱い。

 特に、街の中を飛べば、「市街戦をそう定している」なんて騒がれちゃう。

 ここが、本当に自衛隊えいたい駐屯ちゅうとん地、えん習場内だとしたら……。

 色々いろいろな人たちに、変な誤解ごかいあたえそう。


技能ぎのうも無い。

 専門せんもん研究けんきゅうもしていない。

 国せいでの活躍かつやくも無い。

 亡命ぼうめいするなんてありえません。良くてなん申請しんせいでしょうね。

 貴方が風原の殺人からかくす理由は、よわいんですよ!」


 わたしの後ろにいた校長先生がキレイな女の人の前に出て来て、「だまおにばばあ!!!!」と叫んだ。


 香水ババアは怖い顔からくるしそうな顔になったけれど、それは一瞬だった。

「購入した彫刻刀を使わないなら、それは算が無駄むだになったということです。

 貴方一人を助けるために、かなりのおかねが動いています。

 そのお金があれば、国内の虐待被害の死亡数を少しでもらせる対策たいさくれます。

 保護者の元へ帰って、日常生活へ戻るべきだとてい案しています。

 どう思いますか?

 お面のお嬢さん」

「『家に、帰れるなら。家族に会いたいです』なんて言えば、満足まんぞくか?

 馬鹿ばかか?

 それこそ、税金ぜいきんの無駄で終わるぞ!」

「心も体も、成長もしています。

 お面のお嬢さんが狙われることは、もう、ほとんど、ありません。

 我々監査部が保障しましょう。

 そうすれば、来年度からは名前のある学校へふく学出来ますよ」

 ゆっくりゆっくりしのあしで近づいて来た佐藤 虹子さんがせまって来る女の人からわたしを上手に守ってくれる。

「監査のお仕事がつまらないんでしょう。

 貴方あなた直接ちょくせつ話したかったのもあって、ここまでしゃしゃり出て来たようです。

 どうか、落ちいてください。

 相手にのまれてはいけません」と虹子さんはアドバイスをしてくれたけれど、わたしのはなは、香水ババアのせいで、ショック状態。

 あせ臭いのは慣れている。自分の汗とか、裏方さんの汗とか。

 いきなり、デパート一階の化粧けしょうひんり場で、全しょう品を一斉いっせい開封かいふうして、ゆかにぶちまけたみたい。

 そんな鼻がツーンと痛くて、麻痺まひして、鼻水がダラダラれて来る。


「死ねば良いのに」

「今、何ておっしゃりましたか?」

 化粧と服以外中身の無いおばさんがボスと話している間。校長先生は本音が口から出ちゃった。

 あんまり飾らない先生で、教育者というよりは、芸術げいじゅつだもん。

 校長職は校長室にすわっているのと平日へいじつ毎日の給食けん食だけ。それと、職員会議。

 ほかき時間は、妖怪ようかい絵をいている。


「だから、『死ねば良いのに』って言いました」

「校長の言っている意味が解りません。

 私に死ねとおっしゃているんですか?」

「いいえ。

 あっ、そうですねー……そのほうがらく出来ますよ。

 いっぱい、おそう式の喪主もしゅをやらなくて済むでしょ」


「貴方はこの子を教育する現場責任者でしょう?

 それなのに、普通じゃない!

 私の家族・しん族を標的ひょうてきにするつもりですか!」


 鼻のあなを広げて、くちびるをパカパカ開いて、チーク以外の部分もせき面して。

 お面をつけていないおばさんは、校長先生を責めるのを諦めて。今度は、裏方さんや桂川先生を怒鳴りつけた。

「こんなさー、お面をつけている子どもがバカみたいに自殺するか。変態に殺されるか。

 それか、変態じゃない普通の大人にも傷つけられてばかりのくににさー。生れて来たのを後悔こうかいしない日は無いよー。

 日本の大人はさ、日本にいる子にさー、ちゃんと謝ったほうが良いよ。

 それと、死んだ子の写真とか、動画とか。新聞とかテレビとか動画アプリとかで流れ過ぎでしょ。

まれても、きてても、死んでも、しあわせにしてあげられなくてごめんねー』って。

 子どもを休ませてあげなよー」

 ヘラヘラ笑いながら、校長先生は香水ババアに近づいて、何かを耳元みみもとささやいた。

 ババアは、あわてて、何かを言おうとしていたけれど。唇がモゴモゴうごいているだけだった。


「何か、それだけじゃ伝わらない気がしたから。

 最後にこう付け加えようかな。

 日本全国にわすれられた方が一番幸せだよー」

 校長先生はそう思ったんだろうし、これからも校長先生は変わらない。


「あのね、お嬢さん。

 わかってる?

 テロか、テロじゃないか。それが大切なことなの!」

「お面の子を殺しに来るか、殺しに来ないか。それと同程度。

 話し合う価値がありません。

 来たてきを殺せば良いんです。

 ここに居る者は皆、話し合うのが仕事じゃありませんから」

 虹子さんまで、校長先生につられたのか、すっかり声が小さくなったおばさんに対して、言葉を強めた。


 おばさんの口は、「馬鹿な子」って動いた。

 でも。わたしの口は、動かなかった。

 だって、ケラケラ笑うしか無かったんだもん。

 おかしいおばさん。

 おばさんの仕事は、わたしが生きているかどうかの確認だけなのに。

 自分の思ったことばかり話されても、困っちゃうよ。

 おばさん一人、犯人が誰か知らない癖にワーワーわめいて。恥ずかしくないのかな?

 裏方さんのボスも、口癖の「ローンオフェンダーなんだ」とは言ってあげてなかった。

 裏方さん、校長先生、桂川先生が、おばさんをかわいそうな目で見ていた。


 わたしはどんな目でこのおばさんを見てあげよう。

 嗚呼、別に喋らなくても良いか。



 それから。

 いろいろあって。

 わたしがリュックサックを背負う前に、おばさんは教室から出て行った。

 一人では歩けなくて、校長先生と、裏方さんのボスに支えられていた。

 わたし。

 あのね。

 教員住宅に持ち帰って、彫刻刀の練習をしようと思ってたの。


 だから、その、彫刻刀をね、全部、プラスチックケースから出していたし。

 ほら。ケースって、割れやすいしさ。

 水色の柄が可愛い、子ども用彫刻刀。

 その四本の彫刻刀をふとゴムでまとめてしばっちゃっててさ。

 安全キャップ、無くすといけないから外して。

 ハンカチでつつめば、危なくないかなーって。


 実を言うと、その、ね。

 ハンカチ、六時間目の朗読中にトイレに行きたくなったから。彫刻刀から外してた。

 だから、彫刻刀。

 包みの無いままだったんだ。


 子ども用登ざんリュックをり飛ばした。

 おばさん、わざとじゃないの。

 だから、あやまったら、変だよね。



 教員住宅201号室、子ども部屋。

 カーテンをしているから、外が真っくらでも怖くない。

 それに。

 今は寝る前だから、天井てんじょう照明を「常夜じょうやとう」にしている。

「……あん

「……」

「香水おばさんは、子ども用の彫刻刀をんだ。

 足の裏にさった。

 でもな、安和に会ったことは内緒にしなくちゃいけない。

 だから、自分で彫刻刀をいてもらったし。

 傷口がわからないように、自分で傷口を無くしてもらった」


 火傷やけどで潰したんじゃ無いと思う。

 傷口をわからなくするために、足の裏の肉をいだんだ。


「学校の外へ持ち出そうとしたのか?」

「包丁みたいに練習すれば良いと思いました……」

「帰り道が怖くて、内緒で持ち帰ろうとしたか、どうか。

 それが聞きたいんだ。

 教えてくれるか?」

「怖くないです。

 練習したかっただけです」

 わたしは眠くて、眠くて。

 そうこたえ終わると、寝てしまった。

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