ぼんぼり

【【【最大限の閲覧注意／自己責任】】】5 報道特集「連続風原児童猟奇殺害事件」

　十二（じゅうに）月（がつ）七（なの）日（か）土曜（どよう）日（び）。

　天気（てんき）は晴（は）れで、ものすごく寒（さむ）い。「放射（ほうしゃ）冷却（れいきゃく）」っていうので。空（そら）に雲（くも）が無（な）い状態（じょうたい）だから、せっかく太陽（たいよう）の日（ひ）差（ざ）しが地面（じめん）にさしこんでも、あたたまった地面の熱（ねつ）が空へ空へそのまた空の宇（う）宙（ちゅう）へ逃（に）げていっちゃうんだって。

「熱」って七色（なないろ）のサーモグラフィーで可視化（かしか）するか。熱や冷（つめ）たいのを感（かん）じる手（て）で触（さわ）らないとよくわかんない。

　まあ、そんなのんびり、ダラダラ考（かんが）えごとなんて、していられない。

　だって、十二月の休（やす）みの日は全然（ぜんぜん）、休みにならない。

「師走（しわす）」。

「師（し）」は学校（がっこう）教師（きょうし）ではなくて、お寺（てら）の僧侶（そうりょ）。

　心（こころ）静（しず）かなお坊（ぼう）さんでさえ、走（はし）る。それが年末（ねんまつ）の十二月。

　家（いえ）の中（なか）の片（かた）づけや、年越（としこ）しの準備（じゅんび）、冬（ふゆ）への備（そな）え。

　気付（づ）いたときにやってしまわないと、桂川（かつらがわ）先生（せんせい）に注意（ちゅうい）されたときにはもう遅（おそ）い。

　やることがいっぱいあって、「猫（ねこ）の手（て）も借（か）りたい」。

　こんなことでも、ちょっと賢（かしこ）くなった気になるお年頃（ごろ）。

　でも。

　桂川先生に、こんなことを話（はな）すなんて。「釈迦（しゃか）に説法（せっぽう）」だ。

　あと、昨日（きのう）の夜（よる）……ううん、ここしばらくずーっと。

　何（なん）だか、先生が落（お）ち着（つ）かない様子（ようす）のまま。

　だから、今朝（けさ）も、話（はな）しかけづらい。

　そういう、ちょっとした勇（ゆう）気が出（で）づらいときって、あるよな……。

　梅子（うめこ）さんも、今日（きょう）の昼食（ちゅうしょく）と夕（ゆう）食を、わたしが朝（ちょう）食を食（た）べている内（うち）に作（つく）り終（お）えてしまった。

　昼食はおにぎり弁当（べんとう）。

　夕食は、カレーライス。

　どちらも、お米（こめ）だけではなく、お肉（にく）も野菜（やさい）も、バランスよく考（かんが）えられたメニューになっている。

「桂川先生も、気になっているのではないでしょうか。

　今日、例（れい）の報道（ほうどう）特集（とくしゅう）があるんですよ」

「何の？……戦争（せんそう）？テロ？」

「『連続（れんぞく）風原（かぜはら）児（じ）童（どう）猟（りょう）奇（き）殺害（さつがい）事件（じけん）』の特集です」

　そう言って、梅子さんは2（ニ）0（マル）1《イチ》号室（ごうしつ）を後（あと）にした。

　教員（いん）住宅（じゅうたく）201号室のテレビは二（に）台（だい）。

　居間（いま）の大型（おおがた）テレビと、桂川先生の寝（しん）室の中（ちゅう）型テレビの計（けい）二台。

　教員住宅の屋上（おくじょう）には、放送（ほうそう）電波（でんぱ）受信（じゅしん）アンテナや衛星（えいせい）放送受信アンテナが無い。

　桂川先生は先生の部屋（へや）の中（なか）で、イヤホンをつけて。毎日（まいにち）朝食前（まえ）と夕食後（ご）、インターネットの高速（こうそく）通（つう）信回線（かいせん）を利（り）用（おう）したテレビをリアルタイムで視聴（しちょう）する。

　居間のテレビは地（ち）上波（は）デジタル放送も他（ほか）の放送も受信していない。

　わたしは、梅子さんから渡（わた）される録画（ろくが）データを一日（いちにち）遅（おく）れで見（み）ている。

　今日のDV（ディーブィ）D《ディー》は昨日（きのう）のニュースと昨日の天気予報（よほう）。

　新聞（しんぶん）も、全国（ぜんこく）紙（し）を一（いち）日遅れのを読（よ）むことが出来（でき）る。

　でも、漢字（かんじ）も多（おお）いし。

「内閣（ないかく）総理（そうり）大臣（だいじん）がまた交代（こうたい）したよー」とか。

「日本（にっぽん）の外（そと）で戦争やってるよー」とか。

　故郷（ふるさと）の新聞はもちろん、ここには届（とど）かない。そして、テレビも見れない。

　アニメを見ちゃいけなくは無い。梅子さんに、女（おんな）の子（こ）が主人（しゅじん）公（こう）のアニメを頼（たの）んだこともあったけれど。

　今（いま）は。たとえば、「東京（とうきょう）で大雨（おおあめ）が降（ふ）りましたー」とか。「ミカンの収穫（しゅうかく）時期（じき）がやって来ましたー」とか。そういう今の、どうってことないニュースのほうが好（す）き。

　桂川先生はわたしの両（りょう）目（め）元（もと）に、親指（おやゆび）の指紋（しもん）を押（お）しつけるように、指を置（お）いた。

「昨日、眠（ねむ）れなかったか？」

「……」

「明日（あした）は、少（すこ）し、雪（ゆき）で遊（あそ）ぶか？

　……御前（おまえ）、そこまで外（そと）遊びが好きじゃ無いもんな。

　どうするかな……」

「右奥（みぎおく）歯（ば）の辺（あた）り、変（へん）か？」

「……」

「『裏方（うらかた）さん』の佐藤（さとう）　紅葉（もみじ）さんのことなら、気に病（や）むな。

　別（べつ）の仕事（しごと）に変（か）わっただけだ」

「……」

「あの人（ひと）はあの人なりに御前を心配（しんぱい）して、俺（おれ）にいろいろクドクド話（はな）しこんだ。

　心配性（しょう）なんだよ。

　御前がこんなところに閉（と）じこめられているって、マジで泣（な）くんだ。

　そりゃあ、笑（わら）いの一（ひと）つや二（ふた）つを織（お）り交（ま）ぜて、話（はなし）をしないと。

　皆（みんな）が御前の陰（いん）気につられかねない」

「……お薬（くすり）、増（ふ）やすんですか？」

「いいや。

　御前がお面（めん）をつけて学校（がっこう）生活（せいかつ）を送（おく）って。

　校則（そく）を守って。

　何も考（かんが）えず、この『神隠（かみかく）し』を続（つづ）けてくれれば、増やさない」

　わたしよりも桂川先生のほうが酷（ひど）い顔（かお）をしていた。

　今年（ことし）は追悼（ついとう）式典（しきてん）に呼（よ）ばれなかったから、気にしているのかな。

　十二月第一（だいいっ）週（しゅう）の土曜（どよう）日に、追悼式典をやっているのに。桂川先生は教員住宅に居（い）る。

　まあ、手（て）元供（く）養（よう）すれば良（い）いんじゃないかな。

　だって、一人（ひとり）で抱（かか）えることはないと思う。

　だって、死んじゃった子たちの家族（かぞく）では無いんだから。

　わたしは、「誰（だれ）かの死」って、結局（けっきょく）、最終的（さいしゅうてき）に、家族が背負（せお）うものだと思（おも）う。

「……安（あん）和（わ）も、報道特集、見るか？」

「見て良いの？」

　いきなりの、提案（ていあん）だった。

　桂川先生はどこかにスマートフォンで電話（でんわ）連絡（れんらく）して、わたしがリアルタイムで視聴（しちょう）する許（きょ）可（か）を特別（とくべつ）に取（と）ってくれた。

　昼（ちゅう）食（しょく）を食（た）べ終（お）わって。

　先生といっぱいいっぱいお話して。

　それから。

　先生は自分（じぶん）の部屋（へや）にわたしを初（はじ）めて、入（い）れた。

　梅子さんのベッドメイキングはわたしの部屋と同（おな）じようにきちんとしていて。

　先生はデスクワーク用の椅子（いす）に腰（こし）かけて。

　わたしは先生のベッドの隅（すみ）に申（もう）し訳（わけ）程度（ていど）に腰（こし）かけて、放送開始（かいし）時刻（じこく）を待（ま）った。

　◇◇◇

　先生がチャンネルを合（あ）わせてすぐ画面（がめん）表示（ひょうじ）が消（き）えたので、何チャンネルか見逃（のが）してしまった。

　車（くるま）のCM（シーエム）。

　飲料（いんりょう）メーカーのCM。

　航空（こうくう）会社（がいしゃ）のCM。

　鉄道（てつどう）のCM。

　銀行（ぎんこう）のCM。

　不（ふ）動産（どうさん）会社のCM。

　大手企業（きぎょう）のCMが長（なが）ーく流（なが）れた後（あと）。

　午後（ごご）四（よ）時から午後七（しち）時までのぶっ通（とお）し、三（さん）時間（かん）スペシャル報道特集「連続風原児童猟奇殺害事件」が始（はじ）まる。

　番組（ばんぐみ）冒頭（ぼうとう）。

　スタジオではなく、外の映像（えいぞう）。画面右上（みぎうえ）に「LIVE（ライブ）」の英語（えいご）の文（も）字表記がキラキラ光（ひか）っている。

　日没（にちぼつ）後の風車（かざぐるま）小学（しょうがっ）校の、慰霊（いれい）碑（ひ）が雪明（あ）かりとテレビ局の照明（しょうめい）に照（て）らされている。

　梅子さんよりも若（わか）い、二十（にじゅう）代（だい）後半（こうはん）くらいのアナウンサーの頭（あたま）には雪が積（つ）もっているけれど。

　慰霊碑には、積もっていない。

　きっと、放送直前（ちょくぜん）まで、雪を払（はら）っていたんだろう。

　慰霊碑は、日本の墓地（ぼち）や霊園（れいえん）で見かけるお墓（はか）ではない。

　ここは墓地じゃない。

　犠牲（ぎせい）者（しゃ）の骨（ほね）も中（なか）に入（はい）っていない。

　学校の正門（せいもん）のすぐそばにあったはずの花（か）壇（だん）を潰（つぶ）して、建（た）てたんだ。

　慰霊碑は横（よこ）長に四（し）角（かく）。そして、石材（せきざい）屋（や）さんが彫（ほ）った、お星様（ほしさま）を抱（かか）えた女の子のシルエットの上には、「やすらかに」という五（ご）文字のひらがなが映（うつ）っている。

　女の子のシルエットの下（した）には、被（ひ）害者児童の名（な）前が遺（い）族の許（きょ）可を得（え）て、彫（ほ）られているんだって。

　犯人（はんにん）が同一（どういつ）人物（じんぶつ）かは、未（いま）だに論（ろん）争が絶（た）えない。

　それでも、十人（じゅうにん）の被害児童は風原の風に包（つつ）まれていた。

　どんなときも。

　だから、最（もっと）も犠牲者数（すう）が多い風車小学校が責任（せきにん）をもって、この慰霊碑を管理（かんり）することになっている。

　若いアナウンサーの小（こ）家（いえ）さんが手袋（ぶくろ）をしていない右手でスマホを握（にぎ）りしめ、スマホ画面に表示されているであろう原稿（げんこう）を読み上（あ）げていく。

　今日は報道特集の前編（ぜんぺん）。

　後編（へん）は今日よりも短（みじか）い、二時間スペシャルで。第四（よん）被害者とその家族、第四被害者と報道関係（かんけい）者の生前（せいぜん）交流（こうりゅう）について放送するそうだ。

　＜第二事件発生（はっせい）から、この十五年（ごねん）。ショッピングモールの子供（こども）服（ふく）のスカートは売（う）れなくなりました。

　お嬢（じょう）さんがいるご家庭（てい）では、『入学（にゅうがく）式や卒（そつ）業式でも、暑（あつ）い夏（なつ）の日でも、長ズボンを履（は）くように』と保護（ほご）者が気になさっています＞

　＜小学生が出場（しゅつじょう）するスポーツ少（しょう）年大会（たいかい）では、連盟（れんめい）が依頼（いらい）したカメラマン以外（いがい）のカメラの写真（しゃしん）・動（どう）画撮影（さつえい）が禁止（きんし）されています＞

　＜風原市（し）内の公立（こうりつ）小学校では、遠足（えんそく）や社会科見（かけん）学、修（しゅう）学旅行（りょこう）で、警察官（けいさつかん）・警察官OB（オービー）が二名（にめい）以上（どう）同行するようになりました＞

　何気（なにげ）ない、子どもの目線の高（たか）さで撮影された日常（にちじょう）の風景（ふうけい）映像が流れる。

　夕暮（ゆうぐ）れ時（どき）の公園（えん）では、制服（せいふく）警察官二人が近（ちか）づいて来て「危（あぶ）ないから、交番（こうばん）で保護するね」と声（こえ）をかける。

　シッピングモールの子供服売り場とフードコートは、子どもが走（はし）り回（まわ）らず、しっかりと保護者と手を繋（つな）いで歩（ある）いている。

　モザイク処理（しょり）せず、青（せい）少年の選手（せんしゅ）の裸足（はだし）のみを映し出す大会会場。どうやら、武（ぶ）道の大会のようだ。

　そして、体育（たいいく）帽（ぼう）を被（かぶ）った児童がダラダラ歩く遠足の様子（ようす）に、引率（いんそつ）の学校教諭（ゆ）ではない制服警察官や私（し）服のおじさん。このおじさんがどうやら、警察官OBのようだ。

　映像がテレビ局のスタジオに切（き）り替（か）わる。

　桂川先生が「キー局のスタジオだ」と補（ほ）足（そく）してくれた。

　東京の民放（みんぽう）のスタジオなのだろう。

　でも、全然、明るい感（かん）じのセットじゃ無い。

　アップになった司（し）会のアナウンサー二人が同時に頭を下（さ）げた。

　テロップでは、左（ひだり）の女の人が「奥住（おくずみ）」さん。右の男の人は、「芝浜（しばはま）」さん。

　慰霊碑と同じ「やすらかに」の文字を白（しろ）い菊（キク）の花（はな）と、淡いピンクの花で形（かたち）作（づく）っている祭（さい）壇。

　その祭壇には、十人の被害者の小（ちい）さな顔（かお）写（じゃ）真が飾（かざ）られている。

　＜十の写真たては、十名の被害者のご遺族の皆様（みなさま）からお預（あず）かりしている、大切（たいせつ）な生前のお写真です。

　被害児童が生前、どんな暮らしをして、どんな悲（かな）しく辛（つら）い思（おも）いをしたのか追（せま）っていきたいと思（おも）います＞

　＜第一事件被害者、文台（ふみだい）　野（の）桜（ざくら）さん。

　風原市立氷（こおり）が丘（おか）小学校五年生。

　恥（は）ずかしがり屋でしたが、手芸（しゅげい）の腕前（うでまえ）は学校で一番でした。

　手芸クラブでは、その腕前のせいで、六（ろく）年生とトラブルを抱（かか）えていました。

　行方（ゆくえ）不明（ふめい）当日（とうじつ）も、六年生に壊（こわ）された手芸作品（さくひん）を一から作（つく）り直（なお）すため、手芸店（てん）を訪（おとず）れていました。

　風原市内の手芸店と中継（ちゅうけい）を結（むす）んでいます。

　近藤（こんどう）さん、お願（ねが）いします＞

　東京のスタジオから、風原市の手芸店に中継映像に切り替わった。

　＜こんばんは、近藤です。

　野桜さんのレジ担（たん）当をした従（じゅう）業員の方（かた）にお話を伺（うかが）いたいと思います。

　よろしくお願（ねが）いします＞

　＜よろしくお願いします＞

　＜まず、野桜さんはよくこのお店（みせ）を訪れていましたか？＞

　＜はい、学校のクラブ活（かつ）動で使（つか）う手芸の材（ざい）料をお買（か）い求（もと）めいただいておりました。

　わたくし以外の従業員とも、生地（きじ）や毛糸（けいと）などの商（しょう）品の相談（そうだん）をしていました。

　わたくしどもも、野桜さんが年度末（どまつ）にクラブ活動の発表（はっぴょう）の場（ば）であるクラブ展（てん）示に出（しゅっ）展する作品が六年生に壊されたのを聞（き）いて、胸（むね）が痛（いた）みました。

　野桜さんはとても焦っていらして。『家に帰って来（らい）週月（げつ）曜の朝（あさ）までに、作品を完成（かんせい）させる。職（しょく）員室へ持（も）って行（い）かなくちゃいけない』と。

　そこで、店側（みせがわ）のサービスで型紙（かたがみ）どおりに、裁断（さいだん）をしました。裁縫（さいほう）用ハサミは鋭（するど）いですし、手を切っては作品を作れませんので。少（すこ）し、お手伝（つだ）いをさせていただきました＞

　＜素（そ）材選（えら）びから会計、その後（あと）の生地の裁断（さいだん）のサービスまで、どれくらいの時間ですか？＞

　＜防（ぼう）犯カメラ映像はレジ前（まえ）、玄（げん）関前など店舗（ぽ）内に何（なん）か所（しょ）もございまして。

　その映像では、午後四時五十二分（ふん）から午後五時四十六分（ろっぷん）まで店内にいらっしゃいました。ですので、五十四分（よんふん）店内にいらっしゃったことになります＞

　＜接客（せっきゃく）をした従業員も、レジ担当も、清掃（せいそう）員も。また、この手芸店の常連（じょうれん）客の方々（かたがた）も、警察の事情（じょう）聴取（ちょうしゅ）を受（う）けていますが。

　行方不明当日、子どもをつけ狙（ねら）うような不審（しん）者は目撃（もくげき）しておりません＞

　＜ここは風原中央駅（おうえき）から徒歩（とほ）十分（じゅっぷん）程（てい）度の繁華（はんか）街（がい）です。

　手芸店を訪れた際（さい）、野桜さんは保護者には内緒（しょ）で訪れていました。

　このお店を出てから、野桜さんは来たときと同（おな）じように帰りの地下（ちか）鉄を利（り）用するはずでした。

　しかし、最寄（もよ）り駅の地下鉄馬（ま）平（だいら）駅の改札口（かいさつぐち）の防犯カメラ映像に、その姿（すがた）はありませんでした＞

　黄色（きいろ）い子ども型シルエットがCG（ジー）で再現（さいげん）された店内の玄関・売り場・レジ・サービスカウンターを移（い）動して、お腹辺（なかあた）りにショッピングバッグのイラストがつけ加（くわ）えられて。また玄関へと移動していく。

　その直（ちょく）後、簡単（かんたん）な地図（ず）が表示されて、画面上部（ぶ）は「風原中央駅方（ほう）面」、下（か）部は「馬平駅方面」と説（せつ）明が入った。

　そして、大きな「？（はてな）」が点滅（てんめつ）し続ける。

　それはつまり。この十数年間、全（まった）く、「一人で家に急（いそ）いで帰る女の子」の目撃情報は警察にも来なかったことを意味（いみ）している。

　＜鉄道の風原中央駅から馬平駅の間は、駅ビル街で。再開発（かいはつ）計画（かく）が凍結（とうけつ）したこともあって、閉（へい）店・閉鎖（さ）した施設（しせつ）がのきなみ、解（かい）体待（ま）ちでした。

　行方不明から一年以上経（た）った十六年前の初夏（しょか）、五月（がつ）。

　不法（ほう）侵入（しんにゅう）や施設内の窃盗（せっとう）を警戒（かい）して、警備会社の警備員が巡（じゅん）回していたところ。風原市有（ゆう）料ゴミ袋20（にじゅう）L（リッター）四（よん）袋（ふくろ）が不法投棄（とうき）されており……駆（か）けつけた警察に寄（よ）って、その中（なか）から既（すで）に亡（な）くなっていた野桜さんを発見（はっけん）しました＞

　今も新（しん）ビルの玄関内側（うちがわ）には、所有者の厚（こう）意だろう。

　毎年（まいとし）五月になると、献（けん）花台が設置（せっち）されるそうだ。

「玄関内側で、手を合（あ）わせてください」と案内板（ばん）が設置されてある。

　献花台が撤去（てっきょ）されると、代（か）わりに可愛（かわい）い小さなぬいぐるみと、花束（たば）が飾られている献花台の写真が額装（がくそう）されて、内玄関に飾られている。

　新ビルの所有者が映し出され、カメラに向（む）かって一礼（れい）をした。

　＜お母（かあ）様からお手紙（がみ）を預（あず）かっております。

　代読（だいどく）させていただきます＞

　近藤アナウンサーの両手は震（ふる）えている。

　でも、声は震えていない。

　＜『毎年五月には、献花台を設置していただきありがとうございます。

　また、たくさんの方々から献花していただき感謝（かんしゃ）申し上げます。

　のざちゃんはおじいちゃんおばあちゃんからもらったお年玉（としだま）を握りしめて、何とか六年生にされた虐（いじ）めを乗（の）り越（こ）えようとしていました。

　虐められた自分よりも、親（おや）のわたしたちが傷（きず）つかないように内緒にするような優（やさ）しい子でした。

　手芸が本当に好きな子でした。

　大きくなったら、ウェディングドレスを作るのが夢（ゆめ）でした。

　テレビをご覧（らん）になっている皆様にお願いです。もう、十七年前の事件ですが。どうか、何か犯人に繋がる手がかりをお持ちの方は、匿（とく）名でも良いので、警察に情報提供（ていきょう）をよろしくお願いします』＞

　また、風原小学校の慰霊碑前で、小家さんが話し始める。

　＜今から十五年前。

　文台　野桜さんの死から一年と半年（とし）後。

　三人（さんにん）の女の子が秋（あき）から冬（ふゆ）にかけて、行方不明となりました。

　学習（がくしゅう）発表会で主役（しゅやく）になれなかったことで問題（もんだい）行動を起（お）こしてしまった、外（そと）屋（や）　蓮（れん）華（げ）さん。

　寒針（かんばり）市（し）から風原のダンススクールに通（かよ）っていた、千葉（ちば）　線（らいん）さん。

　そして、第四事件被害者の深町（ふかまち）　雫（しずく）さん。

　この三人の被害児童の事件が連続で発生し、なおかつ野桜さんの被害状況（じょうきょう）と同じであったことにから、野桜さんの事件の犯人と同一犯と断定（てい）されました＞

　取材映像が流れ始める。

　マンションの一（いっ）室。窓辺（まどべ）のほうは場所が特定されないように、黄緑（みどり）色のモザイクがつけられていた。

　小さな可愛らしい洋（よう）室にも合（あ）う仏壇（ぶつだん）。そのそばには、可愛らしいぬいぐるみと、お菓子（かし）、そしてたくさんの外屋　蓮華さんの写真が飾ってあった。

　その後は、蓮華さんのお母さんの顔から下だけが固（こ）定カメラで映し出されている。

　隣（となり）には、黒（くろ）い無地（むじ）のネクタイにY（ワイ）シャツ、ベスト姿のおじいさんがいた。もう六十歳（じゅっさい）くらいだろうか。白髪（しらが）は黒染（ぞ）めしているだろう。

　テロップでは、「現（げん）風原小学校校長（ちょう）」と表示された。

　校長先生って、どこの小学校でも、普段（ふだん）は絶対（ぜったい）優しそうな顔のはずなのに。この校長先生は、とても真剣（しんけん）な顔つきだ。

　＜蓮華は、劇（げき）に役者として関（かか）わることが大（だい）好きでした。

　幼稚（ようち）園の頃（ころ）、浦島（うらしま）太郎（たろう）の乙姫（おとひめ）役に大抜擢（ばってき）されてから、演（えん）劇の楽（たの）しさを知（し）ってしまったんです。台詞（せりふ）覚（おぼ）えも、家族皆で付き合いました。

　ただ……あの年、わたしは娘（むすめ）一人を連（つ）れて、風場（かざば）と離婚（りこん）しました。

　外屋姓（せい）になりましたが。娘が小学校を卒業するまでは、風場を名乗（なの）ると決（き）めました。

　わたしが風場の家の空気にどうしても合わなくて、逃（に）げたいと思って。

　住（す）み慣（な）れた家を離（はな）れて、蓮華には嫌（いや）な思いをさせていました。

　その分。バス通（つう）学までして、お友（とも）だちが待っている学校では、『母子（ぼし）家庭の子』というのをひたすら隠して、頑張（がんば）っていたと……担任の先生から聞（き）きました＞

　＜蓮華さんは、どうして如（しく）角（すみ）　琥（こ）珀（はく）さんを虐めていたんでしょうか？＞

　＜それは違（ちが）います。

　確（たし）かに、琥珀さんと蓮華は、主役を争（あらそ）いました。オーディションで、蓮華はあと一歩（いっぽ）届（とど）きませんでした。

　学年主任の先生から、理不尽（じん）な説明がありました。『公立小学校は、一年から三年まで三回主役を演じている風場さんには、今回の主役をそもそも遠慮（えんりょ）して欲（ほ）しかった』と。

　わたしは保護者として。実力（じつりょく）があっても、主役経験（けいけん）の有（う）無で合否（ごうひ）を決めるなんて……オーディションの合否条（じょう）件には明記（き）されていないと抗議（こうぎ）しました。

　そして、虐め調査（ちょうさｎ）の結果（けっか）。

　蓮華はハッキリ『如角さんの台詞覚えの遅さ、未（み）経験を理由（ゆう）にすぐ泣（な）いて誤魔化（ごまか）す、同情を誘（さそ）うやり方が嫌（きら）いだ』と言（い）っていましたが。

　嫌（いや）がらせは、していませんでした。蓮華と仲（なか）が良（よ）かった子たちも、嫌がらせをしていませんでした。

　完全（かんぜん）な濡（ぬ）れ衣（ぎぬ）でした＞

　＜校長先生、本当（ほんとう）ですか？＞

　＜はい。

　当時の虐め調査の結果。

　他（ほか）のクラスの、『主役にあこがれはあるけれどオーディションには恥ずかしくて応募（おうぼ）できなかった』六名の女子（じょし）が外屋　蓮華さんに濡れ衣を着（き）せていました。

　真（しん）の加（か）害児童六名が本番直前まで如角さんに無視（むし）・物（もの）を隠す・誹謗（ひぼう）中傷（ちゅうしょう）をする・下足（げそく）箱（ばこ）などに悪戯（いたずら）をするなどの酷（ひど）い虐めをしていたことを認（みと）めました＞

　次（つぎ）も、住宅の映像。

　外屋家（け）よりも、スナック菓（が）子やジュースのペットボトルが遺影の前に、ものすごく並（なら）んでいる。

　これは、きっと、千葉家だろう。

　＜お家にお伺いした際、線さんのお母様はショックで体調不良（りょう）でした。

　お話は線さんのおばあ様からお聞きしました＞

　おばあ様。……背中も曲（ま）がっていないし、さっき登（とう）場した校長先生くらいだろうな。まだ、ギリギリ五十代のおばさんって感じ。

　＜娘はアイドルにさせたがっていましたね。

　孫（まご）はアイドルよりも、プロのダンサー。歌（うた）って踊（おど）れる歌（か）手の名瀬（なせ）　入（いり）江（え）さんにあこがれていました。

　だから、幼馴染（おさななじ）みの男（おとこ）の子と同じ男（だん）子チームに入って、カッコイイダンスを踊（おど）りたかったんですけど。

　ああいう習（なら）い事（ごと）の団（だん）体で何かするときって。

　誰かを我慢（がまん）させるってことがあるでしょう。

　女子は女子チームに、ってダンススクールの先生が無理矢（り）理チーム分（わ）けをして。

　ダンススクールを変える、変えないの話まで出ていて。

　幼馴染みの男（おとこ）の子は辞（や）めるなー、逃げるなーって。中央駅で、孫を責（せ）めたんですよ。

　そのせいで、孫は心（こころ）が折（お）れちゃって。

　あの日、まっすぐ家に帰ってくれば、娘に泣（な）きついて、おしまいだったと思うんですが。

　行方不明になりました＞

　その後どうなったか。

　おばさんは語（かた）らず、ティッシュボックスからティッシュペーパーを三枚（まい）引っ張り出して、顔面（がんめん）に押しつけた。

　次（つぎ）に、第四被害者について。「明日（あす）放送予定の後編で詳（くわ）しくお伝（つた）えします」とテロップが流れて終（お）わった。

　それから、五番目の被害者について。

　風邪車小学校の外ではなく、校舎内の会議室の映像が流れ始めた。

　窓辺は真（ま）っ白（しろ）なカーテンで閉（と）じられていて。

　蛍光灯（けいこうとう）がビカビカ光（ひか）っている。

　黒（こく）板は丁寧（ていねい）に消（け）されてあって。

　外屋家の取材映像にも映っていた校長先生も画面の隅に立（た）っている。

　他（ほか）の保護者と違（ちが）い、両親（しん）そろって出（しゅつ）演。

　両親の後（うし）ろには何十人のボランティアさんが控（ひか）えた状態（たい）。

　小家さんが喋（しゃべ）り始める。

　＜如角　琥珀さんのご両親は、事件当初（しょ）から積極（せっきょく）的に事件未成（みせい）年被害者遺族を支（ささ）えるボランティアの会『ゆきむし』設立の発起（ほっき）人（にん）として会を引っぱって来ました。

　真っ白な雪のように純（じゅん）真無垢（むく）な未成年者が何（なん）の落（お）ち度もなく事件被害に遭（あ）い、亡（な）くなった。その遺族を支えるボランティアの会を運営（うんえい）しています。

　特に、第四事件被害者遺族は、被害児童の祖（そ）父母（ふぼ）で。ご高齢（こうれい）で。

　如角ご夫妻は琥珀さんの供養とあわせて、深町ご一家（いっか）の供養もサポートなさっています＞

　＜わたしたちは、お墓のお掃除（じ）を手伝わせていただいているだけです。

　ご親族は遠（とお）くに住んでいらっしゃいますけど。雫ちゃんの手元供養をなさっています。

『ゆきむし』のように、小さなことから少しでも。

　そういう活動方針（ほうしん）を掲（かか）げて、凶悪（きょうあく）事件の犠牲になった未成年被害者の遺族を全力（りょく）でこれからもサポートしていきたいと考えております＞

　如角夫人（ふじん）が自分の娘の小さな遺影を両手に抱きしめ、カメラに向（む）かって深々（ふかぶか）とお辞儀（じぎ）をした。

　第四被害者を除（のぞ）く第一被害者から第十被害者までの行方不明の状況が比較（ひかく）されていく。

　共通（きょうつう）するのは、「被害者が神隠しにあったかのように消えた」という点。

　そして、犯人は連れ去（さ）って短（たん）時間で殺害している。

　遺体（いたい）の遺棄（き）についても。とてもよろしくない表現だけれど。警察や犯罪捜（そう）査に詳しい研究（けんきゅう）者が「まるで、ゴミを捨（す）てるかのように」遺棄していることを指摘（してき）した。

　ただし、遺体の遺棄のタイミングは各（かく）被害者によってバラバラなことから。

　凶悪犯罪研究者、犯罪学専（せん）門家、警察OBの見解（けんかい）が異（こと）なった。

　遺体の遺棄に関しては、犯行の発覚（はっかく）を恐（おそ）れている感じは無さそうだ。

　いや、発覚を恐れているからこそ、不規則（きそく）な遺棄にこだわっている。

　職業や生活などの変化（か）で、遺棄の規則性（せい）を持たせたくても不可能（のう）だった場合も考えられる。

　そこへ市民（みん）の街頭（とう）インタビューの映像も流れる。

　おばさんグループがあーでもない、こーでもないと話している。

　＜もしかすると、女性が犯人で、運（はこ）びやすくするために切ったのかもー＞

　＜ちょっとー、刑（けい）事ドラマの見過（す）ぎー＞

　＜こんな凶悪犯罪、ドラマでも放送出来ないでしょう。模倣（もほう）犯が出ちゃうものー＞

　そして、第五事件までの犯人像のプロファイリングが公表される。

　犯人の性別（べつ）は不明。

（さっきのおばさんの素人（しろうと）考えではあるけれど。バラバラ遺体を目（もく）的としていても、女性の力（ちから）では子どもの全身（しん）すらバラバラにするのは大変（たいへん）な労（ろう）力と時間がかかるから。）

　年齢（れい）は成人（じん）。

（未成年なら、親（おや）にバレるか、警察が犯人のミスに気づいて追（お）い詰（つ）めているはずだから。）

　ただ、どの人も、「絶対（ぜったい）独身（どくしん）だ！」と主張（ちょう）していたようだ。

　満場（まんじょう）一致（いっち）の「独身」。

　結（けっ）婚歴（れき）無（な）し・離婚歴無し・恋人（こいびと）無しという意味（み）が強（きょう）調されていた。

　そして、テレビだから少し言葉を濁（にご）していたけれど「小学生の女の子しか好きになれない独身の男」の可能性があるとした。

　犯人の女性説は少（しょう）数派（は）のようだ。

　ただし、第五の被害者は、バラバラでも無いし、頭（とう）部（ぶ）も首（くび）も肩（かた）も両腕も残（のこ）っている。全身に残された切り傷（きず）は胸（むね）の部分に真横（まよこ）に一（いっ）直線の切り傷。胸のところで切断しようとした痕跡（こんせき）はあるけれど……。

　テレビは、そこを突（つ）っこんで、検証（けんしょう）していなかった。

　またまた、大手企業のCMが流れ始めた。

　すかさず、桂川先生とわたしはトイレへ急ぐ。

「桂川先生、どうぞ」

「俺の膀胱（ぼうこう）が御前のよりデカイぞ」

「じゃあ、お先（さき）に」

　トイレに立ったついでに。

　もう夜（よる）六時だから。台所（どころ）のカレー鍋を温（あたた）めて、すぐ沸騰（ふっとう）したので加（か）熱をストップした。

　ほんの少し鍋の蓋（ふた）をずらしただけで、カレーのスパイスと甘（あま）ーい香（かお）りが漂（ただよ）う。

　結（けっ）局、桂川先生もわたしも、すぐテレビの前に戻って。食（く）い入（い）るようにテレビを見つめている。

　まあ、CMが終わっても。

　すぐには次（つぎ）の展開が始まらない。

　今までの放送内容（よう）が二分くらいかけて紹介（しょうかい）された。

　次の第六被害者は他の被害者とは毛色が違う。

　＜山本（やまもと）　ろまんさんは、ゲーム依存（いぞん）症（しょう）を抱（かか）えていました。

　ご両親はゲームを一日中（じゅう）やって寝（ね）不（ぶ）足・無気力なろまんさんを心配して、毎晩（ばん）親子三人で寝ることにしていました。

　警察によりますと。

　和（わ）室の押し入れから、犯人のものと思われる尿（にょう）のシミが発見されています。

　動（どう）物も飼（か）っていませんし、間違いありません＞

　CGで、和室が再現された。

　三組（くみ）の敷（しき）布団（ぶとん）。

　黄色い子どものシルエットを挟（はさ）むように、左右（さゆう）にそれぞれ黄緑色の大人（おとな）のシルエットが配（はい）置につく。

　＜ご両親はろまんさんが寝るまで眠（ねむ）らないように、コーヒーを飲（の）むようにしていました。その残りから、眠くなる薬（くすり）の成分（せいぶん）が検（けん）出されています。

　ろまんさんは自宅から連れ去られて……＞

　桂川先生は何かを思い出したようだ。

「風力（ふうりき）大学のキャンパスで見つかった子か。

　留（りゅう）学生と留学生のサポートボランティアが学祭準（じゅん）備期間中の夜中（よなか）に、道端（みちばた）で発見したんだったな。

『子どもの服』を発見して。キャンパス内の私道を走（はし）る車に接触（せっしょく）したスーツケースの中身（なかみ）が散乱（さんらん）してさ。

『血（ち）の入った水筒（すいとう）・脳（のう）と思われる遺体の一部』しか見つかっていないけどな。

　両親は『ゲーム依存の子を育（そだ）てている動画』を投稿（とうこう）していた」

「それが犯人の目に留（と）まったの？」

「うーん、どうだろう。

　娘（むすめ）の顔（かお）出（だ）しはしていなかったはずだ。

　動画編集（へんしゅう）で、娘の顔を隠（かく）すように処（しょ）理していた。登録（ろく）者数は一万人（まんにん）以下で、『行方不明の自作自演を疑（うたが）われる』ほどの過（か）度な動画投稿活動はしていなかった」

　トイレから戻って来た桂川先生の手には、梅子さんが週末（まつ）用の息抜きに用意してくれている「冷蔵庫（れいぞうこ）の缶（かん）ビール」。

　缶の口（くち）が開いていても、その口からはビールの臭（にお）いは漂（ただよ）っていない。

　だって、先生の口からビールの臭いがプンプン漂って来るんだもん。一（いっ）気飲みしたんだろうな。臭いのしない缶の中は、空（から）っぽのはず。

　あっ、ほら。台所のシンクに缶の中を洗（あら）いに行った。

　第七（なな）被害者、有（あり）子（こ）　結（ゆい）。

　リーダーシップ、責任感（せきにんかん）もあった。

　風原市立鉄道（てつどう）小学校五年生。

　友人（ゆうじん）関係が一番複雑（ふくざつ）なのは、千葉　線と、この有子　結かもしれない。この子も、不特定（とくてい）多（た）数（すう）と仲（なか）が良（よ）かった。同学（どうがく）年の女子と仲良く、柳川（やながわ）小の子とも仲が良かった。いろいろな友（とも）だちと遊ぶことが多（おお）かった。

　柳川小ブラスバンド（帰（かえ）りの会（かい）を欠席（けっせき）・教室掃除（そうじ）当（とう）番拒否（きょひ）をしてまで、わざわざ通（かよ）っていた。

　父親（ちちおや）と母（はは）親が離婚（りこん）して、母（ぼ）子家庭（かてい）。

　でも、問題（もんだい）行（こう）動も、トラブルも、無し。

　行方不明当日は、いつものように帰りの会を欠席。鉄道小学校正門（せいもん）前（まえ）の九（く）条（じょう）宅（たく）のご厚（こう）意で置（お）かせてもらっている自転（じてん）車（しゃ）に乗（の）って、柳川小へ向（む）かう。

　ブラスバンド活（かつ）動が終（お）わって、夜（よる）六時半（はん）から七（しち）時に、九条宅に自転車を停（と）めるはず。しかし九条宅敷地（しきち）内に自転車は無い。九条さんが不審（しん）に思い、保護者に連絡（れんらく）。自宅にも帰っていないので、九条さんが念（ねん）のため、鉄道小学校前の交（こう）番に駆（か）けこみ、行方不明かもしれないと相談（そうだん）。

　鉄道小学校には、吹奏楽（すいそうがく）クラブ・ブラスバンド部・オーケストラ・合唱（がっしょう）サークルも無かった。そのため、柳川小に自転車で通っていた。

　教室掃除当番が放課（ほうか）後の作業（さぎょう）なので、柳川小ブラスバンドのパート練習に間（ま）に合（あ）わないので拒否。かわりに毎日（まいにち）給食（きゅうしょく）当番をしていた。

　靴（くつ）は、コンビニ「ピックマート柳（やなぎ）野（の）店（てん）」駐（ちゅう）車場脇（わき）に捨（す）てられていたのを行方不明当日の深夜（しんや）に発見。

　約（やく）一か月（げつ）、見（み）つからなかった。

　柳川小ブラスバンド顧問（こもん）の黒山（くろやま）先生曰く「見送（おく）りの際（さい）、雪（ゆき）の沢（さわ）小から通っている手（て）塚（づか）さんと一緒（いっしょ）に帰って行く後（うし）ろ姿（すがた）を見たのが最後（さいご）」

　雪の沢小手塚さん曰く「清鋭（せいえい）学園（がくえん）高（こう）校生が起こした自転車轢（ひ）き逃（に）げ事故（こ）があったから。有子さんは九条さん家（ち）まで大（おお）きな通（とお）りを通って行きたくないけど。気をつけて帰っていた。わたしはピックマート柳野店前の信号（しんごう）を渡（わた）って、ハニーズ柳川通店の駐車場で親の車に乗った」

　心臓（しんぞう）から上（うえ）の部分（ぶん）が未（み）発見で、頭（とう）部・頸（けい）部・肩（かた）・両（りょう）上（じょう）肢（し）が無い状態（じょうたい）で。

　風原中央駅バスターミナルリムジンバス乗り場（ば）に捨てられていた。

　空港（くうこう）行（ゆ）きリムジンバス運（うん）転手（しゅ）が持（も）ち主（ぬ）が見当たらない段（だん）ボール箱（ばこ）を「土産（みやげ）物（もの）の忘（わす）れ物」として、バスターミナルに報告（ほうこく）。不審物の可能（かのう）性があるため、警察が急行（きゅうこう）。段ボール箱の中身を確認（かくにん）すると、子どもと思われる遺体が入っていた。

　第八（はち）被害者、富（とみ）所（どころ）　永（と）遠（わ）。

　努力（どりょく）家（か）。

　イラストを描（か）くのが当時の趣味（しゅみ）だったそうだ。

　風原市立霧坂（きりさか）小学校。

　友人は、特（とく）に無し。一人（ひとり）校区（く）外（がい）遠（えん）距離（きょり）通（つう）学のため、放課後遊ぶ友だちがいなかった。

　習い事も、無し。

　祖父（そふ）、祖母（ぼ）、父、母、兄と一緒に暮（くら）して。

　問題行動は無かったが。虐め被害で、転校を経験（けいけん）していた。

　前の学校で一方（いっぽう）的に虐め被害（クラスのリーダーの女子と同じ男の子を好きになったのが発端（ほったん））に遭（あ）った。このため、引っ越（こ）さず、在籍（ざいせき）校だけ変更（へんこう）した。

　転校後は、片道（かたみち）二十分のバス通学をしていたが。「勉強（べんきょう）も学級活動・班（はん）活動がとても楽（たの）しい」と話していた。

　自信も戻って、クラスの誰（だれ）とも仲良く出来て、保護者も安心（あんしん）していた。

　ただし。行方不明の数週間（しゅうかん）前。ネットの掲示（けいじ）板（ばん）には、個人（こじん）情（じょう）報と一緒に「風原連続児童猟奇札（さつ）ガ.イ犯はこのエロ女（おんな）を処刑（しょけい）しろ」とまで書きこまれていた（誤（ご）字（じ）は投稿（とうこう）者がわざとやっていて、投稿制限（せいげん）回（かい）避（ひ）のため）。この投稿をしたのは虐めの元（もと）加（か）害児童。

　行方不明当日は、二学期終業式（しゅうぎょうしき）一週間前。霧坂小から徒歩（とほ）五分のバス停（てい）から下校するはずが、バスに乗車せず。

　二か月弱（じゃく）見つからなかった。

　当時、担任の先生に事情聴取（ちょうしゅ）を行（おこな）ったが。そもそも、担任から外（はず）れていた。

　主幹（しゅかん）教諭曰く「担任教諭は職場（しょくば）事故（体育（たいいく）の授業中（ちゅう）アキレス腱（けん）断裂（だんれつ））で休（きゅう）職中。副（ふく）担任と共（とも）に、担任不在の学級を見守（まも）っていた。帰りの学級活動と音（おん）楽室掃除当番では、異（い）変は無かった。副担任と私が時間がかかっていた音楽室掃除の最終点検（てんけん）をして、富所さんは下校した。音楽室掃除をサボって帰ってしまった男子児童三名に対（たい）して、富所さんは怒（おこ）っていなかった」

　わたしの名前の無い学校には、担任の桂川先生と、校長先生しか学校職員はいないことになっている。主幹教諭の先生はわたしが入学した学校にはいたんだろうな。

　ここは小規模（きぼ）校だから、いなくても問題は無さそう。

　永遠さんの遺体は遺棄した場所が目立たない場所で、発見が遅れたそうだ。

　風（かぜ）の町（まち）自然（しぜん）公園（こうえん）内の冬（とう）季（き）閉鎖（へいさ）中の公衆（しゅう）トイレ脇（わき）の雪山（ゆきやま）から、頭部だけが無い状態で発見。

　飼（か）い犬（イヌ）の散歩（さんぽ）中だった男性が雪山に群（むら）がる烏（カラス）を眺（なが）めていたら、雪山から子どもの靴が転（ころ）がり落（お）ちた。よく見ると、子どもと思われる左右（さゆう）どちらかの腕があった。マネキンかと思ったが、人間のようだったので、110（ひゃくとお）番通報した。

　靴はあったのに、服（ふく）などは無かった。

　第九（きゅう）被害者、北村（きたむら）　赤（あか）音（ね）。

　被害に遭った子は、皆（みな）家族や学校関係からの写真・動画提供で、かわいい笑顔（えがお）が映（うつ）っていた。家族といるときや学校の仲間と一緒にいるときに出る、何気（なにげ）ない、あの柔（やわ）らかくて、普通（ふつう）の笑顔。自然な、豊（ゆた）かな表（ひょう）情。

　でも、この赤音さんの写真が紹介（しょうかい）時に出た。動画も流れた。

　でも、その全（すべ）てが……言葉が見つからない。

　過（か）労（ろう）死寸前（すんぜん）の人。

　治（なお）らない病（びょう）気で絶望（ぜつぼう）を抱（かか）えた人。

　心（こころ）も体（からだ）も疲（つか）れた人のような表情。わざと、不（ぶ）愛想（あいそう）な感じの表情を作っていない。

　性格はもともと無（む）口（くち）。小学校入学から、無反応（はんのう）で、ぼーっとするばかり。

　誰かの話を聞いていないような……。桂川先生は、「注（ちゅう）意散漫（さんまん）だな」とこぼした。

　風原市立東（ひがし）巻（まき）小学校四（よ）年。

　友人は、そんな赤音さんに近づかず、誰もいなかった。

　習い事も無し。

　父、継母、妹（行方不明当時生（せい）後二か月）。

　家族構成（こうせい）が紹介された途（と）端、「嗚呼、学校でも家でも居場所がない子だったんだなー」と桂川先生が決（き）めつけていたけれど。

　V（ブイ）T（ティー）R（アール）で紹介されて行けばいくほど、本当に、そうだったみたいだ。

　保（ほ）育園児時代（だい）、両親が離婚。父親に引き取られるも、父親が別（べつ）の女性と即（そく）再（さい）婚。

　継母（ままはは）のことが嫌（きら）いで、よく泣（な）いていた。

　父親がいないところで、継母に虐待（ぎゃくたい）されていた。

　児童相談所が介入して、「継母の妊娠（にんしん）のストレスが原因（げんいん）」とされた。

　まあ、血（ち）の繋（つな）がらない新（あたら）しい母親がゴロゴロしてるのに、「家（か）事を手伝って」と言われても……。

「妊婦の辛（つら）さはわかるが。

　大人（おとな）だろ。

　連（つ）れ子（ご）との良好（りょうこう）な関係を築（きず）いていないのに。

　赤ん坊（ぼう）を授（さず）かるのは、どうかな？

　まあ、個人の自由（ゆう）だけれど。学校としては手が出せない事案（あん）だったろうな。

　学校には、再婚家族の私生活まで口を出せないから……」

　桂川先生はブツブツこぼしていた。

　継母の虐待に気づいた祖父母が赤音ちゃんを夏休（なつやす）みの間（あいだ）預（あず）かっていたが。

　夏休み明（あ）け、継母と買（か）い物（紙（かみ）おむつ、お尻拭（しりふ）きなどの消耗品（しょうもうひん））に来ていたドラッグストア「ミルドラッグ東（ひがし）町（まち）店」駐車場内で行方不明になった。

　当時の報道映像と、今の映像。十数年経（た）っても、屋（おく）外駐車場の広（ひろ）さも、看（かん）板も何も変わっていない。

　ドラッグストア「ミルドラッグ東町店」駐車場内の防犯カメラ映像では、赤音ちゃんが自分の意思で駐車場外で歩いて出て行く様子（ようす）が映っていた。

　いなくなったときにたまたま駐車場にいた買い物客（きゃく）曰く「女の子が母親らしき女にバッグで殴（なぐ）られて鼻（はな）血（ぢ）を出して、車内に閉じこめられていた。通報しようかどうか迷（まよ）っている間に、女の子が車から降りた」

　遺体は、全裸（ぜんら）で、頭が無かった。

　分譲（ぶんじょう）一戸（いっこ）建（だ）て住宅の建築（けんちく）現場で発見。（夜間、不法侵入を防（ふせ）ぐため、出入り柵（さく）を施錠（せじょう）していた。何者（なにもの）かによって、柵の上から捨てられた可能性が高い。）

　建設現場に出勤した夕（ゆう）林（ばやし）工務（こうむ）店の従（じゅう）業員が遺体の一部を発見。

　靴は未発見。

　金（きん）曜夜八時～月（げつ）曜朝七時の間、どこかへ連れて行かれたのは間違いない。

　そして、殺害されて、二日（ふつか）半経って、発見された。

　第十（じゅう）被害者、長（なが）井（い）　星（きら）姫（ひめ）。

　保育園の卒園式の映像。卒園証書（しょうしょ）授与（じゅよ）の際、園長先生から逃（に）げるように走り回（まわ）って。保護者も卒園生も驚（おどろ）きの声を上げていた。

　そうして、無邪（むじゃ）気に「キャーキャー」叫（さけ）びながら、担任の先生に飛（と）びついたところで、動画は終わった。

　モザイクはかけられいたけれど、この子が生前どんな子だったか語（かた）る保護者や近所の人は、親を非（ひ）難（なん）していた。親がそもそも話が通じない、非常識（じょうしき）だから。その子どもも、自由気ままに非常識な行動をしていた。

　風原市立花山（はなやま）小学校二年。

　親友は無し。

　ただし、初（しょ）対面（めん）だろうが面識があろうが、誰とでもすぐ仲良くなろうとする。勝（かっ）手にグループの輪に入って遊ぼうとする。

「友だち作り」や「遊ぶときのマナー」を担任や副担任、養（よう）護教諭が諭（さと）しても、理（り）解（かい）できていなかったそうだ。

　両親から育児放（ほう）棄されている子で、平日（へいじつ）の放課後や休日・祝（しゅく）日の日中（にっちゅう）は、校区内外の公園を自転車で巡（めぐ）っていた。

　父親と母親はラブラブだった。

　両親は低（てい）学年の星姫ちゃんを放置して、夕食は毎日（まいにち）外食に出かけていた。

　保育園時代、母方の祖父母が園から電話連絡を受けて、ほぼ毎日、星姫ちゃんを迎（むか）えに行くのを忘（わす）れた親の代わりに保育園に駆けつけ、謝っていた。

　保育園卒園を機に、母方（かた）両親は母親と絶縁（ぜつえん）。

　星姫ちゃんは家の中で寂（さび）しくて泣くような子では無かった。

　友だちでは無い同級生の家に連日連夜押（お）しかけるトラブルがあった。

　子ども同士（し）遊ぶ約束（やくそく）もしていない、双方（そうほう）の保護者に同意をもらっていないのに。同級生の家に押しかける。おもちゃを壊（こわ）す。冷蔵庫の食べ物を盗（ぬす）み食（ぐ）いする。夕食を食べるまで帰らないと言って居座（いすわ）る。

　秋の遠足の昼食時間中。

「お弁当を忘れた」ので、急遽（きょ）担任教諭と一緒に最寄りのコンビニにおにぎりを買いに行った。

　セルフレジで精算（せいさん）中に、星姫ちゃんがコンビニの外へ駆けだしてしまって。

　店内トイレが清掃中で我慢出来なかった星姫ちゃんは「先に公園に戻ってトイレに行く」と言い残して、消えた。

　このときは、公園の公衆トイレからすぐ出て来て、異常は無かった。

　遠足解散（かいさん）後の放課後。自宅に戻って、自転車だけ取りに戻って、公園遠征（せい）に出かけた。夜十時になっても、帰宅せず、父親が「行方不明らしい」と110番通報。

　星姫ちゃんの同級生の保護者曰く「服も汚（よご）れていて、髪（かみ）もぼさぼさ。自分の子どもの世話（せわ）で手一杯（っぱい）なのに、無理。子どもの友だち面（づら）して勝手に家に入ってこようとする子だから、ピンポンを鳴らされても応対せず、居留守がマスト。インターホン越しに星姫ちゃんだと確認して、呼び鈴を無視した」

　遺体は、やはり全裸で、頭が無かった。

　遺体は、被害者が在園・卒園していない、無関係の保育園の敷地内で発見された。

　これは、初動捜査で、わかったこと。

　遺体発見時。

　保育園職員が出勤すると、敷地内で不審物（スーツケースの側面（そくめん）に「爆弾（ばくだん）」と油（ゆ）性マジックで書かれた紙が貼（は）られていた）を発見。本当に爆弾かと思い、110番通報。爆弾処理班が爆発物の恐（おそ）れが無いと判断し、中身を確認したところ。スーツケースに押しこまれた遺体を発見。

　保育園の近所の人たちがスーツケースを触って、他の敷地へ押しつけていた。

　それをまず調べるのに、初動捜査の大半が割（さ）かれてしまった。

「早起きは三文（さんもん）の徳（とく）」の如（ごと）く、朝四時に起きて家の前を清掃する豆倉（まめくら）さんの家の前に遺棄されていた。悪戯（いたずら）や嫌がらせだと思い、隣の家の武田（たけだ）さん宅の玄関前にずらした。

　朝五時に起きた武田さんは、マンションのゴミステーションに捨てた。

　マンション管理人の大岸（おおぎし）さんが朝六時半頃、保育園に捨てた。通勤途中の人たちが目撃している。

　大岸さん曰く「保育園の子どもがものすごくうるさい。保護者もマンションの駐車場に無断駐車する。不審物を捨てれば、週末の運動会も中止になって、しばらく臨時閉鎖になると思ったから」

　靴も大岸さんが発見し、風原市有料ゴミ袋に詰めて、捨ててしまった。

　皆、「女の子の靴とスーツケース」を見て、中身が連続猟奇殺害事件の被害者かもしれないと思ったかもしれないが。「わざと他の家にずらして捨てた」証明（しょうめい）は出来ない。

　同級生の保護者が夕方四時四十三分のインターホン越しに目撃から、豆倉さんがスーツケース発見するまで、十二時間の間、空白（くうはく）があるが。

　近隣（きんりん）住民（じゅうみん）の「下（くだ）らない工作（こうさく）」のせいで。他（ほか）の被害者よりも、初動捜査が事件そのものに関係する情報が得（え）られていないまま終わってしまった。

　あっという間に、三時間番組が終わってしまう。

　第六被害者から第十被害者まで、の五人の女の子にも落ち度はない。

　自分から不審者を信頼（らい）するような子たちでもない。

　犯人像（ぞう）はやはり、独身。

　＜弟（おとうと）想（おも）いのお姉（ねえ）ちゃんだった。

　兄弟（きょうだい）姉妹（しまい）の中で、一番真（ま）っすぐなのに、そのせいで、虐めの加害者だと疑（うたが）われてしまった子だった。

　ママ大好きが口癖（ぐ）で、夜はいつもママと寝（ね）ていた子だった。

　将来（しょうらい）、テレビ局（きょく）で働（はたら）きたい夢（ゆめ）を持った子だった。

　なかなか子どもを授（さず）からなくてやっと出来た子だった。

　人づきあいが苦手でも、オンラインゲームを通して人と関（かか）わる楽（たの）しさに気づき始めていた子だった。

　一音（いちおん）一音の鋭（するど）さではなく、音の調和（ちょうわ）、ハーモニーを愛（あい）していた子だった。

　虐め被害から逃げて悩（なや）んでいた。でも、新しい学校生活でやり直（なお）して良かったと笑った子だった。

　家に居場所が無くて、家族から奴隷（どれい）の扱（あつか）いを受けていた子だった。

　一番愛して欲しい親から見捨てられていた子だった。

　十人の女の子たちはそれぞれ違う生活の中で、生きていました。

　どの子も良い子でした。

　わたしたち市民が守ってあげなくてはいけませんでした＞

　小家さんは、また、慰霊碑の前に戻って、難（むずか）しい事実を、隠すべきである生前の暗（くら）い影（かげ）の部分も伝えた。

　番組の終わりに、芝浜さんが残る一人について伝える。

　＜十一番目の被害者の多くの情報は国家（こっか）機密（きみつ）情報に指（し）定され、保護されたこと以外、わかっていません。

　我々（われわれ）報道に携わる者としてはこう考（かんが）えています。

『唯一（ゆいいつ）の生（い）き証人（しょうにん）である十一番目の被害者に関する情報を開（かい）示することで、この凶悪事件の解決（けつ）の糸口（いとぐち）が見つかるはずだ』と。

　事実上の証人保護プログラムは十一番目の被害者の身（み）の安全だけを保障（ほしょう）して、風原市の子どもたちを守るものではありません。

　また、十一番目の被害者の『獲得（かくとく）できるはずだった義務（ぎむ）教育と家族との生活』を奪（うば）うのは、捜（そう）査上必要なことだったのでしょうか？＞

　＜番組の終わりになりますが。

　視聴者の皆様から、たくさんのメッセージを受け取っています。

　時間の許（ゆる）す限（かぎ）り。一部、紹介したいと思います＞

　桂川先生がふらつきながら、四本目の缶ビールを取りに行こうとしたので。わたしは桂川先生の左腕（うで）をつかんで、とめた。

　先生は「飲ませてくれよ」とごねたけれど。

　わたしの顔を見下ろすと、「心配かけてごめんな」と謝られた。

　振（ふ）り返（かえ）ると。

　＜最後に、匿（とく）名で、十一番目の被害児童への応援（おうえん）メッセージが届いています。

『まずは自分の身の安全を最優先してください。犯人に負（ま）けないで』＞

　目で追うことが出来ない速さのエンドロール。

　アナウンサーやA（エー）D（ディー）とか、音声（せい）担当とか。スタッフの名前が流れっぱなしになって。

　アナウンサーの一礼（れい）で終わった。

　◇◇◇

　次（つぎ）の瞬間、よくテレビで見るお笑い芸人（げいにん）と、冬休み映画の宣伝（せんでん）をしに来たゲストの俳優陣（はいゆうじん）が映った。

　明るいオープニングトークは、桂川先生の怒（いか）りの「電源（でんげん）」ボタンをポチッと押す動作で、電源をOFF（オフ）にした。

　画面に映っていた芸人さんたちは一瞬にして消えた。

　でも、先生の突（とつ）然の怒った顔はそのままで、なかなか消えなかった。

　台所も、おかしいな。

　さっき、カレー鍋を温めたのに。

　すっかり、冷え切っている。

　鍋の蓋を取っても、良い香りが立っていない。

　蓋の水滴（すいてき）が鍋の中に落ちて、カレー表面の膜（まく）に水溜（みずた）まりを作っている。

　わたしは、その小さな小さな水溜まりを消すように、急いで銀（ぎん）色のお玉（たま）で鍋底（ぞこ）からグルグルかき混（ま）ぜた。

　犯人の顔も。

　犯人の着ていた服装も。

　犯人がいっぱい殺す目的も。

「生きている十一番目の被害者」は知っている。

　言えない理由はあるはず。

　だって、皆、気づかない。

「安和」

「何ですか？」

「テレビ、怖かったか？」

　桂川先生は怒った顔のまま、わたしをギューッと抱（だ）きしめた。

「先生は犯人じゃ無いでしょ。

　そんな顔しないでください。

　わたしは神隠（かみかく）し中なんですから、誰にも殺されないでしょ。

　神域で生きているってことは、あの世（よ）で生きているというか、存（そん）在しているというか。

　まあ、生きても死んでもいない中途半端な存在なんですから」

　甘口カレーには、鶏肉（とりにく）がゴロゴロ入っていたけれど。

　どれも、噛（か）み切（き）れる柔（やわ）らかさだった。