4 ご神域

 豪華ごうか給食きゅうしょくあと

 昼休ひるやすみは、いてごした。

 時間じかん算数さんすうわると、ろく時間目は委員いいんかい活動かつどう

 児童じどう数が一人ひとりだけだから、学級がっきゅう委員・保健ほけん委員・生活せいかつ委員・文化ぶんか委員をかけもちしている。

 おおきな学こうだと、飼育しいく小屋ごや管理かんりする飼育委員。放送ほうそうしつで、校ない放送を担当たんとうする放送委員。

 あと、学校がい地域ちいき交流こうりゅうがあるボランティア委員。



 ゆきまみれの校ちょう先生せんせいしょく玄関げんかんなかはいっても、パンパン、ダウンコートや長靴ながぐつについた雪の欠片かけらはらっている。

 そのあいだも、目線めせんは玄関ドアのそと。ずっと、雪の具合ぐあいつめている。


 今日きょうあさからずっと、かぜいまま。

 しんしんと雪が降りもっている。

 風のおとこえないから、きょう室の中も、桂川かつらがわ先生のこえと、暖房だんぼうの音しか聞こえなかった。

 こうして外を見ると、朝から夕方ゆうがたまでのあいだに降り積もった雪のおおさにビックリしてしまう。


 でも、この雪は、雪だるまにいている。湿しめっているから、のひらサイズの雪だまを雪のはらほうげて。あとは、コロコロ手でころがしてあげるだけ。

 それだけで、おおきな雪玉にせい長する。

 そうして、雪だるまをつくったことがある。

 二年にねん生でも、さん年生でも、こういう放課ほうか。桂川先生と作った。

 でも、十二じゅうにがつはいってから、桂川先生は「雪だるまづくり」を一緒いっしょにしない。

 わたしも、そこまで大きな雪玉を作るになれなかった。

 やっぱり、自分じぶんかよっている学校だけれど。先生と一緒じゃないと、あまり放課後、のこりをする雰囲ふんい気に無い。

 職員室の照明しょうめいえているから、裏方うらかたさんのいる、わたしがはいれないドアの向こうがわ部屋へやで、会をしているんだろう。


しくすみさん、さようなら。

 ……ちなさい。

 マスね、これ、って行って」

「はい。

 校長先生と裏方さんで、鱒をられたんですね。いただきます」

とうちかいけど、大丈夫だいじょうぶかい?

 くらいなら、裏方さんに先導せんどうたのもうか。

 おーい、だれか―」

結構けっこうです!

 あの、この雪かりで、へい気です」

「そうだね。

 もう、雪になったもんね。

 でもね、裏方さんたちが除雪じょせつはじめるかもしれないから、除雪のそばは通っちゃ駄目だめだよ」

「はい、校長先生。さようなら……」


 校長先生は、しょう学校校しゃすみの校長住宅じゅうたく

 ふく校長住宅には、裏方さんの「ボス」っぽいひとんでいる。

 どちらのあか三角さんかく屋根も、せき雪で見えなくなってる。


 わたしの下宿げしゅくさきの「いえ」。

 そこは小学校の正門せいもんを通って、お不動ふどうさんのTティー字路じろ山奥やまおく方向ほうこうがる。

 そして、ちいさなほこらまえを通って。

 教員住宅へ入る。

 その二かい201ニマルイチごう室に、桂川先生と住んでいる。

 いっ階は裏方さん。

 二階のお隣は、裏方さんのサテライトオフィス。

 三階・よん階も裏方さん。


 もう、五分ごふんかかるかな。

 まあ、なつだと五分くらい。

 冬で、この雪みちだと、十分くらいかな。

 しん号機がひとつも無いから、信号ちは無し。


 ただし。

 とう校のときには、気にならないけれど。

 校のときには、赤い字の看板かんばんがものすごく目つ。

 毎年まいとしはるあきに、校長先生が器用きようなおしている注意ちゅうい看板。

 でも、「スクールゾーン」とか。

交通こうつう安全あんぜん」とか。

通学つうがく路のため徐行じこう運転うんてん」「通学路のため車両しゃりょう通行禁止きんし」とか。

 そういう小学校の周辺しゅうへんで見るような看板では無い。


マレ】

ゼン車両通行禁止】

【死ヌ危険キケン

【ココハアノ


 うーん。

 ちょっと、校長先生の趣味しゅみが入っている。

 こんな問題もんだいのある看板を見たら、心霊しんれいけいクリエイターがそう。

 でも、そんなことはきない。

 T字路の、わたしが絶対ぜったいに行かない方向には、通行めのさくけられている。

 その柵の向こう側には、大きな大きなコンクリートのブロックへき。小学校の一階よりも高い、二階くらいまでのたかさかな。

 それがただ、二重にじゅうになってある。

 たがちがいになっていて、エス字カーブで通りけが出来るみたい。

 大型おおがた車両は通れないから、きっと校舎裏のほうのべつルートで出入でいりしているんだろうな。


 それでも、わたしの通学時間たいには、巡回じゅんかい警備けいびの裏方さんとすれ違うこともある。

 でも、おめんをしているから。お互い、ペコッとお辞儀じぎをして、すれ違うだけ。

 だから、今日は、わたしを通せんぼして。

「おじょうちゃん、待ちなさい!」なんて、裏方さんに話しかけられて、ビックリした。

 このこえ佐藤さとう あや仮名かめい)さんかな。

 梅子うめこさんのように家事かじをしてくれる人ではない。

 201号室に電話でんわをかけてくる人。

「サラダさらだとバニラアイスがとどいています」とか。

「冬用のくつ外套がいとう新調しんちょうするので、梅子さんにメジャーではかってもらってください」って。

 可愛かわいらしい梅子さんの声とは違って。でも、いつもはおかあさんっぽいかんじの。ひくいけど、おだやかな声なのに。

「え?」

いまくるまが来ます。

 お不動さんのうしろにかくれていなさい」

 歩道ほどうから、お不動さんの屋根付きお堂のうしろに向かってピョンとぶ。

 そうして、みちから外れたような「子どもらしい足跡あしあと」がついていないかかえって、確認。

 それから、お堂の後ろにうずくまる。


 人の怒鳴どなる声と、作業さぎょうする音が聞こえる。

 車のエンジン音はコンクリートのかべの向こうから、かすかにしている。

「止まりなさい!

 所属しょぞく部隊ぶたいと隊長めいを言いなさい!」

「いや。アンタこそ、何だよ?」

演習えんしゅう日程にっていまれていないはずです」

駐屯ちゅうとんで、弾倉だんそう紛失ふんしつ

 何かあってからじゃおそいから、ここの演習じょう捜索そうさく対象たいしょう

 そこへ、裏方さんのボスがった車が正門の方からT字路へやって来る。

 通行止めの柵を乗りえて来て、歩く。その足音は四人。

 柵の向こうには、二人ふたりくらいが、さむさのせいで足みしている。


「佐藤。

 駐屯地れい最近さいきん交代こうたいしたばかりだ」

引継ひきつぎは?

 いちのミスですか?」

垣(のがき)副だん長が交通事きゅう職したから、途切とぎれたんだ。

 市ヶ谷も、いろいろじん事で、かなり無理むりを通したんじゃないか。

 だが、規定きていどうりでかまわない。

 システム運用の責任せきにんしゃは、市ヶ谷だ」

了解りょうかい

 彼等かれら拘束こうそく

 尋問じんもん後に、富士ふじ療養りょうようさせなさい」

 菖蒲さんの、つめたい声は命令めいれい調ちょうだった。

 ズーズーズーッドン。ゴト。

 脱力だつりょくした人がきずられて、ボスの車に乗せられていく音がした。



 おめんおおうようにマフラーでとぐろをいていた菖蒲さんが、お堂の裏にやって来た。

「……ここ、自衛じえい隊の演習場のちかくなんだー。

 気をつけなきゃ」

「……そうですね」

「わたしが『ここは演習場だ』ってったとなると、ヤバイですか?」

「はい」

かくしたほうがいかどうかはなしたことも報告ほうこく義務ぎむはっ生するんですよね。だったら、そんな相談そうだんしないほうが良いですね」

「はい」

「でも、わたしが何か不あんかんじたり、こわいをおもいをしたりすることが無かったのは、菖蒲さんのおかげです。

 わたしからも、桂川先生に話しておきます」

「……では、失礼しつれい



「家」は梅子さんが心配しんぱいして、ってくれていた。

 わたしにあれこれ聞かずに、それでも、無言むごんで、わたしにってくれた。

 午後ごごしち時。

 夕食の時間になって、梅子さんが201号室を出て行って、わりとすぐ。

 桂川先生が帰宅した。

 それから、お面を外して。

 玄関の前で両手でかおを覆って待っていたたわたしに。

 桂川先生は外靴をきちんとならべずにいだままにして、玄関から廊下ろうかに上がって、わたしの両手をつよく、強くにぎりしめた。

「大丈夫か!」

「大丈夫です。

 自衛隊っぽい人か、猟友りょうゆう会か。

 まあ、派手はで蛍光色けいこうしょく帽子ぼうしかぶって無かったから、自衛隊。

 裏方さんの佐藤 菖蒲さんがお不動さんの後ろに隠れててって指示しじを出してくれたから、わなかった。

 たすかりました。

 声だけ、聞こえた。

 それだけです。

 あっ、それだけじゃ無かった!」

「おいおい、それ以上いじょう問題事もんだいごとか?」

「校長先生がボスさんと『鱒釣りに行った。鱒、食べなさい』だって。

 裏方さんがさばいてくれて、おなべにしました」

「クリームシチューか?」

「みそ仕立じたてです」

御前おまえ本当ほんとうにクリームシチューきだよな。

 だがな、やっぱり、だ。

 和が合う」


 台所だいどころのコンロのうえで。すこめかかった鍋をあたため直して。

 桂川先生用の「どんぶり」に鱒じるをよそう。


 わたしのは子ども用の汁椀しるわん。小学校てい学年用では無いけれど、梅子さんの趣味で、キャラクターの食器しょっき

 きっと、梅子さんも、普段ふだん使づかいしているんだろうな。

 こういうの好きそう……。


「「いただきます」」


 台所そばの食たくに夕食を並べて、冷めないうちに食べてしまう。

 給食のおこめと家のお米。

 どちらも高品質こうひんしつ高ランクのお米で、ふっくらして、あまくて美味おいしい。


「そうそう。

 いきなり入ってきた人たちが言ってたけど。

 弾倉紛失したんだって」

「……」

「大丈夫。

 わたしは見られてない。

 でも、止めたのが女性じょせいの裏方さんだったから、められたみたい」

 桂川先生の食べるスピードがはやくなっていく。

「ここはご神域しんいきなのにね?」

「……そうだな」



 わたしもモタモタ食べる気になれず、はやめに食べわって。

 食器を後片付あとかたづけして。

 お風呂ふろに入ってしまう。

 かみあらって、身体からだあらい終わると。


 ピンポーン。

 ピンポーン。


 とおくから、りんが聞こえる。

 わたしはいそいでよく室から出て、身体にバスタオルをきつけて。

 着替きがえるはずだった靴下くつした・パンツ・パジャマを持ち上げて、廊下に出る。

 桂川先生も、お面をつけて、わたしがお風呂から出て来るのを待っていた。

「あっ、お面つける?」

「いや、子ども屋のれにかくれててくれ」

「はーい」と、小声こごえでコソコソして、ゆっくり居間いまを通って、おくの子ども部屋へ足音を立てずに向かう。

 子ども部屋には押し入れが二つあって。

「押し入れに居てくれ」とは言われない。

「押し入れに隠れて」と言われたら、隠れるのはかた方のとく別な押し入れの方。

 えい画の世界せかいにしか無いようなシェルター。

 おう様のおしろとか。大統領だいとうりょう首相しゅしょう公邸こうていとか。

 家族かぞくと―、そこではたらく職員のための避難ひなんじょ

 でも、この「家」には、わたし一人だけのためのシェルターがある。


 呼び鈴がったら、ここへ「隠れる」。


 それがこの「家」での約束やくそく






しん副師団長が家庭かていほう問?

 こんな時間にか?」

「今、校舎を抜き視察しさつもうています。

 あちらへの強引ごういんな視察が駄目なら、こちらの教員住宅へ。時間の問題でしょう」

「……部下ぶかかえせば良い。そういう話しいには、ならないんですね?」

「はい。それは無理です。のうあらわないと、自衛かんが危険です。

 わたしのおっとも、如角さんと接触せっしょくしたのがはじまりでした」


「菖蒲さんはもとWACワックですもんね」


「はい。

 結婚けっこんを機にじょ隊しました。

 入籍にゅうせき翌日よくじつ、夫から婚を切り出されました。

 自衛隊からここへ出向しゅっこうしたもっと夫ともども、お世話せわになっています」

「しばらくは、佐藤 紅葉もみじの抜けたあなめつつ、如角さんを集中的しゅうちゅうてき身辺しんぺんします」

「ですが。

 今までも、自衛隊とは上手うまきょ離感をもっていましたよね?

 如角も、らいは小学校高学年です。

 あと、少しで、げ切れるかもしれないのに」

「もしもの、仮定かていの話ですが。

 今回こんかい無断むだん侵入しんにゅう

 如角さんの放課後の下校時こくに合わせて、自作自えんをした可能かのう性もあります」

「如角とわかって、ねらわれてたんですか?」


「こら、菖蒲。

 話をるな。

 すみません、桂川先生。

 副師団長の訪問、視察はありえません。

 ここのシステムは師団に無関係かんけいのこと。

 すべては市ヶ谷の方針ほうしんです。

 ただ、ねんのために、佐藤が201号室内にとどまりますので」

 そこから。

 おとこの人が突然とつぜん、声いろえて、一人でしゃべり出した。

「……はい。

 わかりました」

 どうやら、だれかと電か何かでやり取りしていたみたいだ。


げん副師団長の拘束を確認かくにん出来ました。

 お付きのものたちも武装ぶそう解除かいじょして、投降とうこうしました」

「弾倉が無くなったのは、そもそもここの視察けんしゅうげきのために武器をあつめていたせいでしょ?」

「だとしても、もう心配しんぱいはいりませんよ。

 師走しわすの時に、おさわがせしました。

 桂川先生と、如角さんは。通常つうじょうどおり、就寝しゅうしんしてください」

「元夫くん楽観らっかんぎる」とブツブツ菖蒲さんは文句もんくを言っていた。

 嗚呼、菖蒲さんの元旦那だんなさんが来てくれていたのか。

 わたしも会いたかったな。


 ドライタオルのおかげで、れたままのかみがだんだん、かわいていく。

 大丈夫。

 冬にはよくあること。

 鬱蒼うっそうとした山奥がしろい雪にまみれると。どうしても、ここの存在そんざいが目立ってしまうんだろう。

 でも、すぐわすれちゃう。

 雪がいっぱい積もっていくのをながめていれば。

 なんにも、のこらない。


 ここは、ご神域。

 人が居て良い場所じゃない。

 でも、人が隠れるには、人を隠すには良いところ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る