観測17 『主人公が産まれた日』


「この期に及んで、なにを言ってるのエリシア? 全然理解できないよ」


「ハイト、まずはわたしの顔を見て。視線をそらさないで」


「……なに?」


「ハイト、いまのあなたにその選択は相応しくない。そんな苦しそうな顔して選択した答えじゃ、ぜったい後悔する。素敵な笑顔の似合う顔がだいなしになっている」


「……エリシアにまでそんなこと言われるなんてたまんないな。まあ……たしかにそうかもね。今までの無知だった僕なら口にしようとも思わなかっただろうしさ」


「ちがう、わたしが言っているのはそうじゃない」


「僕は能天気な顔して"綺麗事"を口に出せなかったから仕方ないよね? でも――もう二度とあんな耳障りな綺麗事は吐かないよ。だって吐きたくても吐けないからね」


「違う。やさしいあなたにそんなことはできない。それは自分を苦しめる鎖になる」


「優しい? ははッ、それって誰の話? 僕は優しくもなんともないよ。ただ、世間知らずで平気な顔して余計なことしかできないでしゃばり野郎さ」


「それも違う。あなたはでしゃばりなんかじゃない。ちゃんと自分で考えることができて、正しいことと悪いことの区別がついているやさしい人」


「……さっきから違う違うって勘弁してくれないかな? 自分のことは自分が一番理解してるよ。アイツに全部言い当てられるくらいバカなのも理解してる」


「じゃあ、どうして初めてマコに出会ったとき、誰よりも早く飛び出せたの?」


「え……?」


「あのときハイトはわたしでも追いつけないくらいのスピードであの子を包丁から守った。周りに何人もいたのに躊躇わず真っ先に飛び出したのはハイトだけだった。普通の人ならそんなことできない。それをハイトはただのでしゃばりだっていうの?」


「……そんなのたまたまだよ。それに僕の神能もあるわけだし、無鉄砲につっこんだ結果、そのときだけ上手くいきましたってだけのことだよ……」


「違う。だとしたらあんなに必死で飛びこんだりできない。ハイトはあの子を護ろうと必死に行動した。それは不死身だとか関係ない。それがハイト、あなたの誇るべき善性なの」


「それにあの子が蔑まれて、ハイトはそれに声を荒げてくれた。小さな女の子の苦しみを誰も理解しようとすらしなかったあの状況でも立ち向かった。わたしはこの一か月の間いろいろなことを教えた。そのとき、別人の人たちについての話もしたよね?」


「……そうだね」


「うん。あのときは話をしただけで、ハイトは実際に別人を見たわけじゃなかった。こんなこと言いたくないけど、別人が旧獣に見えるのは紛れもない事実。やり場のない怒りをぶつける対象にされてるのも事実だし、見た目だけでばけものだと恐れられているのも事実。でもハイトはみんなと同じようにしなかった。他のひとみたいにきみ悪がって嫌悪してもよかったのに」


「…………」


「態度も変えずにやさしく接してくれた。悲しいけど、それは誰にでもできることじゃないの。そんなすごいことができる人が、やさしくないなんてうそになる」


「……分かったよ。僕が優しいだけの人間ってことは十分理解したよ。じゃあその優しい人間には復讐なんて向いてない、できないから、アイツが好き勝手やってるのを黙って許せって? やだよそんなの。アイツだけは絶対にこの手で殺す。――絶対に許さない」


「最初はアイツのやってることを否定したくて仕方なかった。そんなことは間違ってるって胸を張って言いたかった。でも今はもう絶対言わない。アイツのいう通りだ。人間と旧獣どっちが悪いのかすら分からない。僕の後ろにあるものがその証拠だよ」


「…………」


「でもさ、結局の話。そんなのどうでもいいってことに気づいた。アイツが正しいだの間違ってるだの、正義だの悪だの――どうでもいい。ただ事実として残ったのは、アイツが僕の友達を殺したってことだ」


「…………」


「アイツの過去も失った物もそこでできた逆恨みも、マコが死ぬ理由と何の関係もない。誰であろうと平等に殺す? 人間も別人もどっちも変わらない? だから何も悪いことをしていない人が死ぬ? ――そんなの通るわけねぇだろうがッ!!」


「…………」


「僕はアイツがだいっきらいだ!! それはアイツが別人だからとかそんなしょうもない理由じゃない!! 人間とか別人と旧獣とかどうでもいい!! 嫌いなヤツくらい自分で選ぶ!! 僕は他人から大切なもの平気な顔して奪うヤツが気にくわないんだよ!!」



「でも――それは、誰にでもできることだよ」



「…………はあ――?」


「誰にでもできることをやるだけじゃ、人は成長できないの。いちど楽することを覚えてしまったら、それに慣れてしまう。何度も何度もおなじことを繰り返してしまう。まして……いまのハイトならそれでしか生きれなくなる」


「なにを……言って、なにを……言ってッ!!」


「もちろん復讐を否定してるわけじゃない。意味がないとも言わない。そうすることでしか救われない人がいるのは、ごまかしようのない事実だから」


「だったらいいじゃないか!! 僕はそうすることでしか救われない人間でいいじゃないかッ!!」


「でもそれだと、いつかきっと破滅する。だれも許せなくなる。そして最後はなにも知らずに――だれかの大切なものをうばってしまう。今度は自分がうばう側になる」


「――――!!」


「ハイト、覚えてる? "常に思考し、妥協はするな。 誰かを助けるなら、その人を安心させないといけない。そして自分を愛し、それと同様に隣人を愛せ"」


「……覚えてるよ」


「あのね、ハイト。人を助けるのって、どんなことよりも難しいの。ただ問題を解決すればいいってわけじゃないし、ただ悪と呼ばれる存在を倒せばいいわけでもない。善意であってもそれが相手をを不幸にするかもしれないし、逆に悪意が人を助けることもあるの」


「…………」


「なにが正しくてなにが間違っているのかはやってみないとわからない。それが正しいか間違いかは結果でしかでてこない。だから――"常に思考し、妥協はするな"」


「だきょう、するな……」


「もちろん。ハイトが望むのなら、このままあのふたりのところに行って復讐してもいい。どんな理由があっても、あのふたりのしたことは許されていいことじゃないし、わたしもハイトと気持ちはいっしょ。もうただではすまさない」


「…………」


「でもね、ぜったいに後悔しないでね? 自分がやったこと、選択したことには責任を持ってもらう。逃げることはゆるさない。だってそれは妥協じゃないはずだから」



「……ああ、そう……やっぱり、エリシアには敵わないな……」


「……?」


「それはきみが強いから言えるんだ。一人でなんでも解決して、その選択を間違えたことなんて皆無で、なにもかも持っているから……言えるんだよ」


「ハイト……」


「僕にはそんなことできない……一人じゃなにもできないし、こうして無様をさらすことしかできないし、なにも持っていないから、できない……ッ!!」


「…………」


「僕は弱い!! 守りたいものも護れないし、助けたくても救えない!! ただ余計なことをして空回ることしかできない!! この狂った最低なものを作った人たちとなんら変わらない!!」





「――僕はきみみたいな『主人公』じゃないんだ!!」


「だから本当は……本当に一番ムカついてるのは……こんなみっともない自分なんだよ。……きみのような目が潰れそうな光には……なれない……ッ!!」


「――それは勘違いだよ、ハイト」


「え……?」


「わたしは最初から強いわけじゃないし、なんども選択を間違えてきたし、身の丈に合ったものしかもってない」


「……そんな、そんなわけない!! きみは誰もが羨むくらい——」


「――わたしもね、記憶がないの」


「――――!!」


「正確には、六か七歳より前の記憶。わたしは霧に閉ざされた周りが宝石みたいななにかに囲まれた場所にいた。そこは旧獣がいっぱい住んでるとこだった。あとから知ったけど、そこは『神鎖の揺籃(しんさのようらん)』っていう命知らずしか訪れないとされる禁則地だった。つまりね――たぶんだけどわたしは捨て子なの」


「――――」


「まわりには本当になにもなくて、昼夜問わず聞こえてくる怪物たちの咆哮くらいしかわたしにはなかった。みんな、からだが大きくて強くて食べ盛りで、わたしだけしか人間はいなかったから、みんなが食べ散らかした死体に群がってなんとか生き延びたの」


「……初めて聞いたよ。そんな話……」


「うん。言ったところでなにって話だし、ハイトを困らせるだけって思ったから。それに……あの日からずっと自分の思い出としておわらせるつもりだったから」


「――」


「それでも長くは続かなくて、もうおわりだってときに、お父さんが助けてくれたの。もちろん本当のお父さんじゃないよ? でも、わたしの本当のお父さんになってくれた人。ちなみにこのふたつの法銃はお父さんの形見。本当にすごい『ゴッドキラー』だった」


「かた、み……」


「だからね? べつにわたしもハイトと変わんないんだよ? いまはこうして偉そうなこと言えてるけど、失敗するときはするし、間違ったこと言うときもある。戦い慣れしちゃったのは事実だけど、手の届く範囲ぜんぶを護れたわけでもないの」


「……じゃあどうしてそんなに強くなれたんだ……どうしてそんなまっすぐに……」


「それなら簡単――わたしはひとりじゃなかったから」


「わたしには生きていくうえで大切なことを教えてくれたひとがいて、間違えそうになったら正しい場所に戻してくれたひと、目標になってくれたひとがいた。自分で選択できる権利をくれたひとがいた。――この悲しみに満ちた世界でこんなきれいごとを胸張って言えるように、育ててくれたひとがいた」


「それは……」


「"――誰かを助けるなら、その人を安心させないといけない"。わたしは中途半端に扱われたことなんてなかった。安心させてもらえた。『オマエを守る』ってお父さんだけが言ってくれた。そのことを絶対に忘れちゃだめ」


「……誰かを助けるなら、その人を安心させないといけない……」


「わたしを大切に想ってくれたひとのために、わたしは自分のことを蔑ろにしてはいけない。そして、わたしもそうやって想われたように、困っているだれかのことを想ってあげたい。だから――"そして自分を愛し、それと同様に隣人を愛せ"」


「……自分を愛し、隣人を愛せ」


「現実だけしか見れないなんてとてもつらいことだと思う。夢も希望も言えない、口に出すのがだめなんていや。そんな風に生きるくらいなら、わたしは嫌われてもいいから、"現実"にきれいごとを混ぜつづける。そしていつかそれが"現実"だってみんなが笑顔に言えるような世界にしたい。――それがわたしの夢なの」


「――だからハイト、わたしはあなたにも怒ってるよ?」


「え――?」


「こんないろんな理不尽であふれた世界で、周りに流されずに手探りでも必死に自分の意志で考えて、だれかを想って、後ろだけを探すんじゃなくて前の自分を探そうとしてる……そんなすごいわたしのパートナーのことを――世間知らずで平気な顔して余計なことしかできないでしゃばり野郎――なんてばかにしたんだから」


「――――!!」


 本当に……すごいよ。尊敬するよ。そんなのずるいよ……。


「……本当は……こんなの間違ってるんだって認めさせたかったんだ」


「……ん」


「……なにも悪いことをしていないのにっ、みんなが当然のように石を投げてる行為が許せなかったんだ」


「……うん」


「僕がわめ……言ったところで、何も変わらないなんてことは分かってるよ。でも、誰にだって幸せになる権利はあるんだから、マコにだって幸せになる権利くらいある……それくらい許されてもいいだろって思ったんだ」


「……そうだね」


「報われてほしい、笑っていてほしい、明日の心配なんてせずに怯えることなく毎日を過ごしてほしい。たった一日でよくそこまで気にかけれるなってバカにされるかもしれない。そんなの関係ない!! 僕は心の底からあの子を助けたかった!! 僕にだって、たった一人の女の子を笑顔にできるぞって認めさせたかった!! 少しでいいから、マコが笑顔でいられる時間を作りたかったんだッ!!」


 幸せって言葉が人によって、基準が違うのは分かってる。もしかしたら、どれだけ頑張っても幸せにはなれない人間だったのかもしれない。

 でも、ほんのひとときでいいから笑顔でいたっていいじゃないか。


「ごめんっ……ごめんっ……なにもできなくて……ごめんなさいっ!!」


 ――ああ生まれちまった時点で、もう『幸せ』になんかなれりャあしねェんだからよ。


 だから許せない。あのハオンが許せないんだ。そうやって決めつけて、諦めてしまったアイツが、気にくわないんだ!!

 だから、だから――ッ!!


「――お前なんかと一緒にするなってあいつに言ってやりたかったんだッ!!」


「――なら、みんなで一緒に戦おう」

「そうやで、ハーくん!! みんなで戦ったらええんや!!」

「え――?」


 エリシアの声と一緒に、誰かの声が聞こえてきた。

 それは聞きなじみのある先輩の声だった。


「エリ嬢から連絡受けて駆けつけてきたで!! ハーくん、よう頑張ったなあ!!」

「あう~~!!」

「寝てられないので来ました。ハイトさん、助太刀させて頂きます!!」


 ヴェニス、ボーシャ、メリィ――僕の数少ない友人たちがそこにいた。


「――ハイト。いこっか、みんなで」


 エリシアが僕に頷いた。僕はすぐさま腕で涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭う。


「――――――うん!!」

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