観測12 『夢に這いよる道化師』


「――いやぁ~、まさか爆弾で吹き飛ばされるとは災難だったね、ハイト」

「……ナイ。きみがいるってことは、ここは夢の中か……」


 気がつくと目の前に僕を模した女の子の姿をしたナイがいた。辺りを見渡せば、木々が生い茂る日差しの強い夏のような空間が広がっている。


「うん、とりあえず現実の身体について報告するけど、ハイトの身体は爆発をもろにくらったから、肉片ひとつ残さずに消滅してしまったんだけど、肉体の再構築は始まってる。本当なら今までと違って、肉体がなくなったぶん、再生には少し時間がかかったんだけど、今までずっと意識を沈めてもらってたおかげで、あと数分で完璧に再生が完了するって感じかな」

「僕ってほんとに人間なの?」

「う~ん、ちょっと怪しい部類だけど、まだ全然正常じゃない?」

「ナイの人間に対する印象、化け物すぎない?」

「神能持ってる人間なんてそんなもんでしょ? 神能を持ってるってことは、実質、神と同じ次元に立つっていうのと、同義なんだよ?」

「……神様がいてくれたら、世界はもっとマシだと思うけど」

「ハイト。そういう時はさ、逆にこう考えればいいのさ。神さまが存在したとしても、ここはどうにもならない世界なんだってさ」

「……なるほど」

「まあ、旧獣にそういうのがわんさかいるからね。偶像に頼るだけじゃ、人は生きていけないんだよ」

「……そっか、それで外の状況はどんな感じ?」


 これ以上話が脱線するのはよくない。僕はさりげなく話題をすり替えた。


「外はてんやわんやしてるよ。今日のいつかはわからないけど、一万の大軍が攻めてくるって宣戦布告されたからね? 冒険士たちは街の防衛に大忙しさ。住民を地下都市に避難させるのにね」

「地下都市っていうとあれか、協会本部の真下にある、あの?」


 ほんの数回だけ警備の仕事を任されたことがあるから覚えている。この街の住民を二セット分、避難させてもまだ空きがあるほどの巨大都市だ。


「そうそう、あそこに入るには、『星遺物』で作った住民票がいるからね。今は大至急、外から来た旅人の分を発行しているみたいだよ? あれは作った瞬間、書かれている内容を遵守しないといけない契約が働くから、敵が入り込む心配もないし。ほら、街に入るときに検問で発行される『入国許可証』あるでしょ? あれに刻むのさ。有事の際は協会本部で装置を起動させて、もれなく全員ワープってわけ」


 所持せずにダイラムの中にいると、犯罪者になってしまうあのパスポートか。


「なるほど、よく分かった。……一応聞いておくけど、エリシアたちは無事なの?」

「あぁ……さあ? 今は何してるか知らないけど、ハイトの見舞いには来てたから、無事なんじゃない? 包帯マンを撃退したってさ。あとメリィとマコだっけ、そのふたりも無事だよ~って報告しにきてたよ? 意識がないハイトに話しかけてて、キモッ! って思ったけど」

「……そっか、それならよかった」


 それを聞いて心がほっとなる。聞いておいてよかった。ナイはエリシアに当たりが強いから、聞き方に気をつけないとすねるから困る。


「……それにしても、やっぱり僕の言葉じゃ、人の心は動かせないのかな?」


 ハオンに語った言葉を思い出しながら、僕は自己嫌悪に陥る。耳を傾けてすらくれなかった。


「そんなことはないよ。今回は仕方がないと思う。相手には確固たる意志があったからね。よりにもよって、このダイラムで堂々とテロ行為を宣言するようなイカレ野郎だ。話なんて通じやしないさ」


 狂ってるから話が通じない、本当にそれで終わらせていいのか?


「……あいつは、ハオンはどうしてこんなことをしたんだろう?」


 あいつの語った演説が脳に焼きついて離れない。一見、『別人』として他者に虐げられたことへの怒りを語ったようにも思えたが、僕にはそれとは違う怒りを表しているようにも思えた。


「彼は『白杖人』というダイラムの南に位置する『オルヴァナ共和国』に古くから住む人種だ。あそこは多種多様な人種と文化が混ざったいわゆる多人種国家。別人差別が一番酷い国としても有名なんだ。細かい理由はどうであれ、世界を憎む動機なんていくらでもあるよ」

「……そうだったんだ」


 ナイが口にしたことすべてが初耳だった。オルヴァナ共和国といえば、東西南北に位置する世界で最も巨大な四大国の一つだと教えられた。


「ハイト、ぼくが思うにさ。もう他人のことばっか考えない方がいいと思うよ?」

「え……?」


 ナイが放った一言に困惑する。


「ハイトってさ。いつも誰かのことを尊重しようとするから、そうやって答えのない泥沼にハマるんだよ。向こうの事情や過去なんて気にすることなんてないのにさ」

「……どういうこと?」


 ナイが言っていることが理解できない。何が言いたいのかさっぱり分からなかった。


「ぼくはハイトのことを第一に考えて行動してるんだ。仮にハイトとあの女、どちらかを殺さなきゃいけないとしたら、迷うことなくハイトを選ぶ。ハイトにあの女を先に助けてって懇願されたとしても、ぼくは無視してハイトを助ける。これは紛れもないぼくが自分で決めたことだ。ぼくはしっかりと思考できている」


 確かにナイは僕にいつもそう言っていた。ぼくはきみだけの味方だと。


「でもさ、もしハイトが今の例えで選択を迫られたら、思考もせずに自分を犠牲にするでしょ?」

「それは当たり前だろ。だって僕は――」

「――死なないんだから?」

「!!!!」


 自分の言おうとしたことを先回りされ、言葉に詰まる。一言一句、頭に浮かべたことと一緒だった。


「ハイト、きみは自分の力を嫌ってるくせに、大事な選択を迫られたら、その嫌いな身体に頼り切ってるよ? 価値のない自分は死なないから安心して誰かのために身体を張れるってさ?」

「……」


 言われてみると確かにそうだったかもしれない。僕は自分が傷つくことを恐れたことはなかった。例えどんなピンチにおちいったとしても、僕は自分の安全なんかおかまいなしで、助けられる人を探していた。


「ハイトは自分以外の誰かに苦しんで欲しくないって思ってるみたいだけど――そろそろ自分以外にも同じことを考えるやつがいることに気づいた方がいいんじゃない? そいつからしたら、きみは最悪の友達だよ?」

「―――!!」


 心臓が跳ねた。何も言い返すことができなかった。そうだ、僕は自分が他人からどう思われているかなんて聞いたこともなかった。多分、こう思われているんだと勝手に決めつけるばかりだった。エリシアにだってナイにだって、自分から聞いたことはなかった。大切な相棒の気持ちを知ろうともしなかった。


「記憶がないのは仕方ない、他人に影響されやすいのも構わない。ハイトは他人の本質を見抜く力に長けてるからね。でも、自分で選択肢を作らないのは、絶対だめだ。迷ったすえに力に頼るのと自分で選択して力に頼るのは、同じ行動でも全然違うんだからね?」

「……ごめん、ナイの言うとおりだ」


 僕はナイに対して頭を下げる。


「きみの言ってることは何も間違っていない。僕が軽率で自分勝手だった。本当にごめん」

「……なら、もっとぼくを頼ってくれる? ていうか、もっと構ってくれる?」


 頭を上げると、ナイがもじもじしながら恥ずかしそうに頬を赤らめていた。


「ああ!! ――と言いたいとこだけど、前にも言った通り、ナイも僕を頼ってくれよ? 雰囲気に流されかけたけど、よくよく考えたら、あれはナイの言う自分で決めたことなんだからな」

「へ、あ、あ~!! そ、そういえばそうだった、ねぇ……」

「?」


 なぜかナイが顔を赤くして、焦り始めた。あ、もしかして……。


「えっ、もしかして忘れてたの……?」

「――いえ、それは断じて絶対ありえないです」


 雷に打たれたような速さでナイは速攻、否定した。今の反応、なんか凄く怪しかった。まるでなにかを隠そうと誤魔化した感じに見えた。


「ま、まあとにかく!! ちょうど意識を戻してもいい状態になったから!! 早く戻りなさい!! 自分が為したことの凄さを身に染みて感じてきなさい!!」

「え? それってどういう――」


 僕が口を開こうとした瞬間、問答無用で周囲がまばゆい光に包まれた。


★ ★ ★ ★


「はぁ~ほんとさ、人がせっかく愛する人と楽しく逢瀬をしているっていうのに、覗き見なんて無粋じゃないかい?」


「言っとくけど、口出しはしないでね? ぼくは必ず、彼の心を手に入れて見せる。――『救世主(メシア)』とすべての生き物から崇め立てられ、あらゆる世界で唯一、真に『主人公』を名乗ることを許された彼を、ね……」


「――きみに言ってるんだよ? ぼくを認識している――無粋な覗き魔さん?」

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