観測11-3 『フタツの仕込み』


「ほお――――?」


 それを見たハオンはいいものを見たといった様子で嗤う。


「なるほどな。『神能』を消滅させる神能。『不死身』もあるッてのに、贅沢な野郎だ。『法式』も消せると仮定しとくか」

「――チセコトチセコト!!」


 周囲から悲鳴の声が上がる。

 身体が癒える中、身の毛がよだつ奇声が空から聞こえてきた。僕を囲むようにあの新種の旧獣たちが、今にも飛び掛かりそうな勢いで、ばさばさと翼をはためかせていたのだ。


「おいクソども――!! 手を出すんじャねェぞ!! ――アイツだけはオレの獲物だ」

「―――――――――」


 隣に少女を侍らせた男がそう口にすると、旧獣たちは命令に従うようにその場に立ち止まった。

 今の光景ではっきり分かった。目の前にいる男と少女は、どこにでもいる一般人などではない。旧獣と共謀してこの世界に混沌と恐怖をもたらす極悪人。

 ――冒涜師なのだと。


「……なんで、あんたが……?」

「あ?」

「昼にあれだけ、誰かを助けることの難しさを説いてたあんたが!! なんでこんなことしてんだよっ!!」


 途方もない怒りを瞳に込め、眼前に立つハオンを睨みつける。

 そんな僕を見たハオンは人を小馬鹿にするようにやれやれと両手と首を振った。


「おいおい、最後に言ってやっただろーが。オレはやり方を、思想を変えたんだ。オマエらのガワに立つ気がなくなったんだッてな」

「人を殺しておいて、殺した人たちを救ったとでも言いたいのかッ!?」

「このオレがそんな思い上がりするワケねェだろ? てめェみたいな甘ちゃんはこれだから困る。他人と自分を一緒にするな。オマエみたいにチマチマ人助けなんて大それたコト、オレは卒業したんだよ」

「なんだと!!」


 全く理解できない目の前のクソ野郎の言葉に段々イライラしてくる。昼間の件があるせいで、溢れんばかり怒りが胸の奥から湧き上がっていた。傍から見れば、今まで誰にも向けたことのないような怒りに満ち溢れた顔をしているはずだ。


「オレの目的はただヒトツ。――『世界一の悪役(ヒール)』になることだ」

「は?」


 何言ってるんだコイツ? 頭どうかしてんのか?


「ふざけてんのか?」

「いんや、大マジメだぜ? オレは今まで難しく考えすぎていた。ザコをいくら救い続けたところで何も変わりやしねーんだ。――だから手始めに人間の数を減らす」


 今まで軽口を叩きながら、舐め腐っていた雰囲気が一変、昼間のような明確な敵意をこちらに向けていた。


「人種は関係ねぇし、差別の区別もしねぇさ。ただの人間だろうが『別人』だろうが、平等に均等に間引いていく。――そうすれば、このクソな世界も少しはマシになってると思うぜ?」


 クソ野郎はそう言って、被っていたローブのフードをばさりと外した。


「なっ―――!?」


 今まで隠されていたハオンの姿を見て、僕は息をのんだ。

 全身が真っ白で腐敗した枯れ木のような身体に純黒の瞳。その姿を人間と呼ぶにはあまりにもかけ離れすぎている。まさしく異形、常人が見れば、悲鳴を上げること間違いなしのバケモノの姿だった。


「あなたは『別人』だったのか……」


 ハオンの出で立ちを見た瞬間、昼間のやり取りが鮮明に思い起こされた。やけに『別人』の扱いな知ったような口ぶりにはた迷惑だと非難する口調。なぜ、彼が僕に敵対心を抱いていたのかようやく理解した。


 ――己自身が誰よりも知っていたからだ、この世界の残酷さを。


「だからって――ッ!!」


 僕は強く拳を握りしめる。


「あれだけ他人のことを思いやれるあんたが、どうして大勢の人を殺すんだよ!!」


 目の前にいる二人が行った虐殺は決して許されることではない。


「あんたがどんな目に遭ってきたのか、僕には分からない。きっと、僕の頭では思い浮かばない人間の悪意に晒されたんだろうなって、想像することしかできない。加害者にも被害者にもなったことすらない僕にはあんたのことを理解しようとするのは、あまりにもおこがましい。そんなことは分かってる!!」


 自分を完全に喪った僕に他人の痛みに共感する資格はない。痛みを知らぬ者の共感は、間違いなく相手にとって戯言でしかないのだから。


「でも、僕にだって、何が正しいことで悪いことかの区別くらいはできる!! あんたのした行いが間違いであることを断言できる!! 何かを喪うことによって世界がよくなるなんて、そんなことはあり得ないんだ!!」


 喪うことの恐ろしさだけは誰よりもよく知っている。解らないということがどれだけ残酷な恐怖であるかを知っているから、これだけは自信をもって告げることができた。


「――――テメェ、マジでムカつくな。どこぞのバカに似すぎだよ」


 ――だが、やはり僕の言葉がやつの胸に届くことはなかった。


「――聞け!! 雑草の如き弱者、そして愚かなる強者達よ!! オレの名はハオン・グァチルス!! この狂った世界を象徴とする、悪辣にして鬼畜な怒りだ!!」


 絶望と混沌に満ちた夜空に、一つの声が響き渡る。


「この世界はあらゆる悲劇によって満たされている!! 悲劇は例外なく全ての者にもたらされ、何の前触れもなく、己が愛するものを奪っていく!! 絶望と最悪に見舞われ、多くのものが塵となって消えていった!! 弱き者はただ蹂躙され、強き者は死力を尽くし灰塵と化す!! そしていつも最後に降りかかるのは、人間の悪意だけだった!!」


 その声は悲劇を嘆き、憎んでいた。途方もなく繰り返される螺旋のような地獄を憂いていた。


「この世界に神はおらず、救世主もいない!! 取り除かれることのない塵芥は世界に蔓延し、更なる混沌と恐怖を生み出している!! 誰かがそれらを掃かねばならない!! それがどのような『方法』であったとしても、必ず取り除かなければならない!! オレは己を神とも救世主とも、ましては正義とも謳わない。世界の塵によって汚れたこの身は、まごうことなき『屑』である!! だからこそ、汚れた世界を掃除できるのは、オレだけなんだ!!」


 それは決意という名の確かな芯が感じられる言葉だった。たとえなんと罵られようとも、目的を達成するための宣言だった。


「オレはこの世界の浄化を望む!! 人間という愚かな塵に失望し、その埃を振り払う!! 誰もしない、誰かが為さねばならない行為をオレは進んで執り行う!!」


 旧獣たちが高らかに叫ぶ。その光景は主が示した『世界』への反逆を祝福しているようだった。


「まずは手始めに、人類が誇る最高の楽園であるこのダイラムを堕とす!! この場所を浄化することによって、オレに世界を掃除できる力があることを証明しよう!! 今日は千体の旧獣を放ったが、明日はその十倍!! 一万の軍勢を以て、この街を堕とすことを、『埃払い』の名のもとに、ここに宣言する!!」


 ――もう後に引くことはできない。この先、ハオンという『冒涜師』に待ち受けるのは、『成功』か『破滅』のどちらかとなった。


「ではこれより、最初の掃除を執り行う!! オレの眼前に立つ、愚かで気高い『ほこり』とそれに纏わりつく『塵』をきれいにするとしよう!!」


 ハオンが僕を『埃』だとなじる。それは存外にオマエのことなど眼中にないと告げられたようなものだった。


「さてクソガキ、これでオレの『仕込み』は完了した。物を知らねぇオマエに人間の無様さってもんを教えてやるよ」


 吐き捨てるようにハオンは言うと、二体の旧獣がこちらに飛んでくると、ハオンとミナを空へと持ち上げた。そして一体の旧獣がハオンになにかを手渡した。


「テメェはたしか不死身なんだよな? このまましつこく追われるのもメンドウだ。ここは一発、プレゼントをくれてやるよ。――受け取りな」


 そう言って、ハオンは傷ついた人々がいる広場に持っている物を投げ込んだ。


「だ、ダイナマイトだぁ!?!!」


 ハオンが投げたものに対して、広場にいた誰かがそう叫んだ。


 ――トビコメ。


「―――やばいっ!!」


 気がつけば、肉体が動いていた。風の息吹すら追い越す速度で広場に落ちようとしている爆弾目掛けて走る。

 早く、速く、早く、速く。どうでもいいから全速力で翔け抜けろ。


「――まにあえええええええ!!!!」


 爆弾が地面にポトリと落ちた。

 導火線は燃えきれ、確実に爆発することを理解する。迷ってる暇はない。そのまま地面にキスするような勢いで爆弾を抱え込み、そして――、


 ――バゴォォォン!! という音と一緒に、僕の肉体は粉みじんに弾け飛んだ。

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