観測11ー1 『フタツの仕込み』


 二〇三三年八月四日、二三時二十一分、ダイラム西側商業区C区画。


「ハイト、だいじょうぶ⁉︎」

「うぅ……エリシア?」


 頼れる『パートナー』の声が聞こえ、意識が元に戻る。

 目を開けると、そこには少し頭からじゃりを被ったエリシアの姿があった。


「エリシア……僕ら、助かったの?」

「ん、なんとか間一髪間に合ったみたい。マコともうひとりの女の子もぶじ。いま、メルチーが治療してくれてる」


「——‼︎ そうだ、マコとメリィは⁉︎」


 ハッとなってその場から起き上がり、周囲を見渡す。すると僕のすぐ横に横たわるメリィとそれを深刻な表情で見守るマコの姿があった。


「お、お兄ちゃん。ワタシのせいでこのお姉さんが……」


 今にも泣きそうな声でマコは僕を見ていた。

 僕はマコに近づき、思い切り抱きしめる。


「大丈夫、マコは悪くない。だから今は守ってくれたお姉ちゃんを見守ってあげて」

「…………うん」


 僕はマコを励まそうと背中を揺らす。そこでマコの身体がずっと震えているのが分かった。

 僕は抱きしめたまま横たわるメリィの姿を見やる。

 とても長く美しい艶のある黒髪に赤を基調とした服を纏い、腰には冒険士の証である『蒼鍵』を身に着け、本来なら誰よりも明るくて周りを照らしてくれるような気高い精神の持ち主であったはずの美しい少女。

 だが今は体中が血に染まり、痛みに悶えながら苦しそうに唸っていた。

 リックの姿はない。逸れたもしくは瓦礫の下敷きになってしまったかのどちらかだ。


「うぅ……ハイトさん……」

「!! メリィ、気がついたのか!!」

「お姉さん!!」


 弱々しくも僕らにとってそれはささやかな希望のような声。僕とマコは抱き合うのをやめ、すぐさまメリィの側へ歩み寄った。


「ここは……」

「無理に動かない方がいい。今、エリシアの友達が簡易的にだけど、治療してくれているから」

「そっか……アタシ、助かったんだ……」


 僕らの声を聞いたメリィは安堵するようにそう呟いた。


「大丈夫だったケガは……ない?」

「……うん、お姉さんのおかげでどこもけがしてない……助けてくれてありがとう」

「そっか、ならよかった……」


 かすれた声で苦しそうに話すメリィを見て、マコは心配そうに感謝を伝える。

 それを見たメリィは優しげな瞳でマコの顔を見て、小さく微笑んだ。


「あぁ……学生の身分でも、誰かを助けられるんだ……ほんとに無事でよかった……」

「何言ってんだ、人助けに身分もくそもないよ。さすがメリィだ、ほんとにかっこいいよ」

「あはは……ハイトさんに、そう言ってもらえるなんて……光栄、です……」


 そう言って、照れるようにメリィは小さく笑う。見るからに苦しいはずなのに、苦悶の声すら上げないのは、きっとマコを安心させるためだろう。こんなにボロボロになっても、冒険士として市民を安心させようとする姿には敬服する。さすが冒険士の先輩だ。


 ――メリィ・スカフィード、『ジェレマオールドスクール』に通う学生で、僕と同じ寮に住む寮生の一人。


 学生の身でありながら冒険士となることを許された紛れもない天才。

 身寄りのない僕を優しく出迎えてくれた心優しき隣人の一人だ。


「ん、どうやら目が覚めたみたいだね」


 そこでメリィが目を覚ましたことに気づいたエリシアがこちらにやってきた。どうやら僕らに代わって周囲を警戒していてくれたらしい。


「メリィ、でいいよね。まだ動けないと思うから、そのままゆっくりしてて。もう少しメルチーが傷を癒したら、ラミナのところまで連れて行くから」

「あなたが……噂によく聞くエリシア、さん……?」


 優しい微笑みと一緒に話しかけるエリシアに驚くメリィ。そういえば、寮の

仲間たちに冒険士としての活動を話すなかで、よく話題に出していたのを思い出した。


「……? わたしって、有名なの?」

「ええまあ……寮のなかで――あーいや、うちのスクールであなたを知らない人はいませんよ……『引鉄語り』のエリシア……さん」


 メリィは意味深にそう微笑む。


「……エリシアお姉ちゃんって、有名なひとなの?」

「……まあ、他国や悪い冒涜師にも名が知れ渡ってるらしいから」


 詳しく語られたことはないが、僕と出会う前からエリシアは有名人だったらしい。ほんの少し代表の悪名が加算されてはいるが、冒険士、冒涜師、旧獣、それ以外の武を知る者たちからは『破滅悪魔』という異名で恐れられていたらしい。

 僕が知るエリシアからは想像できない異名ではあるが、昔のことなんてどうでもいい。何より大切なのは、今ここにいるエリシアを信じることだ。


「……まあとにかく。外に出れば、さっきの旧獣たちが襲ってくると思うから今はっこで待機、メリィの身体が動かしてもだいじょうぶなくらいになったら、わたしとハイトやみんなで協力してふたりを安全な場所へ運ぶ。それでいい?」

「うん、幸いここなら見つかることもないと思うし、いいと思う」


 どうやら僕らが逃げ込んだ建物は一回が広々とした空間だったようで、明かりはないが、崩れる心配はまずなさそうだ。ただ、さっきのボーシャが放った光線の影響か、入口の方が瓦礫で塞がれていた。とはいっても、エリシアの旧獣や法銃、それに僕が壊せば、脱出するのはそう難しくなさそうだった。


「ん――?」

「ん? どうかしたのハイト?」

「あそこ……奥の方に誰か立ってないか?」

「…………!!」


 僕が指さしたのは、今いる場所からもっと奥の方。何かが蠢いた気がした。耳をよくすませば、奥の方でコツコツと何かの足音が響いていることが分かる。まさか、旧獣が建物中に潜んでいたのだろうか。


「――って、あれは……」


 そう思っていたが、足音はだんだん大きくなり、こちらに近づいていることが分かった。僕は警戒するように剣の柄に手を添えると、姿を現したのは明らかに旧獣ではなかった。


 それは全身真っ白な包帯をぐるぐるに巻き、ボロボロの白い布地の纏った見るからに怪しげな人物だった。男か女の性別も、そもそも本当に人であるのかすらも分からない。

 まるで己のすべてを隠匿するかのような出で立ちのその人物は、全身に巻かれた包帯の奥に潜む深紅の瞳で、僕らをじっと見据えていた。

 全身を見回しても、冒険士の証である『鍵』を所持していないので、少なくとも冒険士ではないだろう。もし冒険士なら、この状況で『鍵』を外すのは、不自然だ。


「……エリシア、あの人どう思う?」


 僕は相手に聞こえない小さな声でエリシアにそっと耳打ちした。


「……とにかく、不用意に近づいて仲良しこよしするのはきけん。まずは意思の疎通が図れるか試す必要がある。最悪の場合、後ろのふたりを守りながらせんとうする」

「……なら、ひとまず僕が前に出て、様子を見よう。最悪、敵だったとしても僕は死なないから」

「……わかった、念のために武器は構えてから近づいて。今後ろにミゼを回らせたから、もしものときはそのままいこう。それともうひとつ――」

「――死なないからって、わざと死ぬのはなし。分かってるよ」


 いつも言われていることだ、忘れたりなんてしない。死なないからって、安易に死にすぎると、死ぬことが当たり前になってしまう。それは結局、その場しのぎの惰性な考え。――人の道を歩むものの行いではないのだと。


 エリシアは僕の言葉に納得したように頷き、前へと促してくれた。


「あの~、そこにいるあなた!! あなたもここに逃げてきた民間人の方ですか?」


 僕は恐る恐る包帯の人物に向かって話しかける。

 突然だが、神能というものには色々な種類が存在する。無からナニカを生み出したり、身体能力や特徴を強化したり、自分好みの世界を作ったりと本当に何でもありなのである。


 ――神能に常識と理屈とルールを求めるな、目の前にあるもの全てが事実としろ。


 敵と対峙したとき、必ず相手を神能使いだと仮定しろ。

 神能使いと対峙したとき、必ず相手を鎧袖一触しろ。

 死にたくなければ何もさせるな。無理だとしても、瞬殺する気概を捨てるな。

 ――できぬのならば、命は捨てよ。


「もし話ができるなら、返事をしてください!! 周囲に旧獣が隠れているかもしれません。生き残りたいなら、固まった方がいいです!!」


 僕はそう教えられた。目の前にいる怪しげな包帯男。

 近づけば、その包帯を用いた神能を使ってくるかもしれない。

 黙っているのは、相手を苛立たせることが目的で、敵意を向ければ発動する神能かもしれない。僕はあらゆる可能性を脳内に思い浮かべながら、ゆっくりと近づいていく。


「―――っ!!」


 あと十歩もすれば、体に触れる位置まで近づいたところで事態は動く。

 包帯マンが無言のまま片腕を天に祈るように挙げた。すると、その手のひら周辺の空間が捻じれるように歪む。

 そして一秒にも満たずに空間から巨大な鈍器が姿を現した。


 ――イケ。


「ハイト、ゴー!!!!」


 後ろからエリシアの声が響くよりも早く、僕は剣を鞘から引き抜き、脚に力を籠めてその場から飛び出した。


「ガウッ!!」

「――〈エルソン〉、〈シュトリ〉」


 それに続くように包帯マンが立っていたちょうど真上の天井からすり抜けるようにミゼが姿を現した。後ろからもエリシアが法銃を構えた合図が聞こえてくる。


「…………」


 が――包帯男は僕らの想像を超えるスピードで僕に近づいた。


「なッ――!?!?」


 そのまま僕の持った剣を弾いて、その手に持った巨大な鈍器――ハンマーを振りかぶった。


「ガッ―――!?!?」


 人間がただ力を振るうだけでは決して不可能な衝撃が僕を襲う。抗うことなどできない人外の一撃は僕の身体を砲丸のように弾き飛ばし、瓦礫で埋もれた入口を突き破った。

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