観測10ー2 『旧獣シムハナ』


「うわああああああああ!!」 「きゃああああああああ!!」

「ああああああああああ!!」 「おわああああああああ!!」


 そして死んだことによって神能の制御を喪った障害物や人質にされた人たちが空から降ってきた。全部で四人、後三秒もすれば全員が地面に叩きつけられてしまう。それぞれ落ちる場所が離れすぎているため、今から助けようにも人間の基礎能力だと、せいぜい一人が限界だった。


「ヒャッハー!! ブッチギルゼェ!!」


 だが、ポリスカイに掛かればその全てを救うのは可能だ。

 別名『彗星獣』とも呼ばれるポリスカイは、その名に恥じぬ超スピードでどこからともなく飛来してくる神速の弾丸。その生態としてどんな環境にも適応できることから、火山や雪山といった極端な僻地でも、その出没を警戒しなくてはならない。

 まさしく『彗星獣』――空に浮かぶ死と呼ぶに相応しい怪物だ。


 そんな危険な存在であるポーリも、この場に限っては心強い味方だった。

 本来なら神速で敵を殺すことに長けたポーリにとって、三秒という僅かな時間は世界が停止しているのと同義だった。傘の持ち手のような不思議な身体からにょきにょきと腕を何本も出して、落下する人々を救出していく。

 エリシアが次々と夢力弾を撃っている中、誤って被弾してしまうこともなくその全てを自慢のスピードでかわしていた。


「アアッもう、ウザってえなア!! おい、ガキッ! 後ろに下がってろヤ!!」


 後ろから何かが破裂する音が聞こえる。確認はできないが、間違いなくイブリが空気を薙ぎ払った音だろう。『滑面鬼』は本来触れられないものに触れることができる『蝕概浸蝕(ナイトノープ)』という神能を保有している。これは空気始めとした気体にも有効で、空気を掴み圧縮させることで疑似的な爆弾を作り、攻撃したのだ。


「オレのナワバリを荒らすなんてベラクソなヤツは全員ミナゴロシダ!!」


 ちなみに造語を作るのが趣味らしく、今は発したウルキモとベラクソの意味は『ウルトラキモイ』。ベラクソは『ベラぼうにクソ』という意味らしい。

 とにかく口が悪いやつなのだ。


「う、嘘だろ……旧獣がオレを、人間を守ってる……」

「アアッ……? アブねえってんだロ、ベンクセェガキガ!! ナワバリに入れてやってるンだかラ、すっこんでロ!! 死にてェのカ!?」

「べ、ベンクセ…………?」


 あれは『しょんベンクサイ』という意味だ。イブリは口は悪いが、その本質は相手に気配りができる旧獣とは思えないほど根明な善人もとい、善獣だ。


「――――せいやぁぁぁぁ!!」


 エリシアが頼れる仲間を出したのを確認し、僕は複数の旧獣たちがばっこし出した前方へと駆け出した。エリシアの登場によって、空でほくそ笑みながら惨状をつくるのは、無理だと判断したのだろう。十八番と言わんばかりに安置から神能を用いて物を飛ばしてくるのは変わらないが。


 ――ミギヘイケ、ジャンプシタアトスグニスライディング。


 僕は向かってくる瓦礫を右に避け、すかさずその場て跳びあがる。足元に別の瓦礫が直撃したところで、数歩前へ進み、次にやってきた瓦礫を姿勢を低くしてスライディングで避けた。


「ヤリサツ、ヤリサツゥゥゥ!!」


 旧獣たちが怒り食ったように奇声を発しているが、気にせず前に進み、剣を振るう。情報通り、皮膚はとても柔らかく、たった一振りで身体が真っ二つに両断できた。


「ユモト、ユモト!!」


 それを見て焦ったのか、近くにいた三匹の旧獣が左右前方から僕に襲い掛かる。


「ギャッ!?」


 僕は右にいた旧獣に剣を刺し込み、前からきた旧獣の首を掴み、左にいた旧獣に向かって投げつけ、すぐさま右の旧獣に刺した剣を掴んで、片手で大振りに左へ振った。


「「―――!!」」


 声にもなっていない悲鳴と共に二つに裂けた旧獣たちに続き、新たな刺客が背後から忍び寄る。至近距離にいるため、今から剣を振っても間に合わない。この場合なら、『泥』を出した方が手っ取り早い。僕は旧獣に向かって、手をかざそうとすると、


「ガウッ――!!」


 その間に白い影が入り込み、旧獣たちを噛み殺した。


「ワフッ!!」


 その正体はエリシアが友達にしている旧獣、ミゼだった。


「ミゼ、いきなり飛び出すのはやめてよ。今の反応できなかったら、きみに神能を使ってた。そしたらきみを死んじゃってたんだよ?」

「ウゥ~ン……」


 ミゼはごめんと言わんばかりに頭をさげ、シュンとした。実際今のは本当に危なかった。敵を倒そうとして、仲間を殺してしまうことになっていたかもしれないのだ。


「でも、助けてくれてありがとう。ミゼのおかげで、『泥』も無駄にせずに済んだ」

「ワフッ、ワフッ!!」


 何はともあれ、終わりよければ全て良し。僕がミゼにお礼を言うと、ミゼは嬉しそうにしっぽを振って、吠えた。

 そしてその時、突如として周囲が影に飲まれた。


「ん? なんだ――って、うええっ!?」


 訳が分からず、僕は上を見上げた。するとそこには悪夢のような光景が広がっていた。


「建物が……浮いてる……」


 本当に現実離れした光景だった。周辺一帯を覆うほど巨大な建物がぷかぷかと空高く浮いていたのだ。

 建物を囲むように何百体もの旧獣が飛び回り、神能で建物を制御しているのが見て取れる。


「――おいっ!! 誰か破壊能力に特化した冒険士はいないか!? あのビルはもう住民の避難が完了しているから、破壊しても大丈夫だ!! 俺の神能じゃ、破壊は無理だから頼むっ!! できない奴は近くにいる誰でもいいから、担いで逃げろ!!」


 そこにいるすべての人物の耳に入る大きな声が響いた。声の主は今も空の上で旧獣たちと戦っている冒険士の一人だった。


「――ここにおる奴ら全員よく聞けッ!! 今から十秒後にうちのボーシャがあのビルしとめる。やからすぐ避難せぇや!!」


 それに応えるように独特な発音の声が街中に響く。振り返るとそこには大鎌を持ち旧獣たちの死体を周りに転がせているヴェニスと建物に向かって、巨大な銃の腕を向けているボーシャの姿があった。


「――っ!! まずい、早く非難しないと……」


 僕は周辺に目を向け、逃げ遅れた人がいないか確認する。今の話を聞いた冒険士たちが戦闘を止め、近くにいる人を抱えて避難していた。どうやら、避難できてない人はいないみたいだ。


「ワフッ、ワフッ!!」


 避難しようと脚を動かした瞬間、ミゼがどこかに向かっていきなり吠え始めた。

 そちらへ目を向けると、瓦礫の下に埋まる誰かの影が見えた。


「ハイト、周りの避難は完了した!! あなたも逃げて!!」


 影に気づいたのと同時に、エリシアがこちらにやってきた。


「エリシア、あそこに誰かまだいる!!」

「!!」


 僕はすぐさま人影のある方へと向かう。エリシアも少し驚いた後、後ろからついてきてくれた。


「大丈夫ですか――っ!!」


 そしてたどり着いた先にいたのは予想外の人物だった。


「えっ……ハイト、お兄ちゃん……?」

「マコ!? どうしてここに!?」


 見間違えるはずがない。そこにいたのは今日の昼に友達になった『別人』の少女、マコだった。動かすのにかなりの時間がかかりそうな瓦礫の下敷きになっていた。


「うっ……え……? はい、と……さん……?」


 そしてそこにいたのはマコだけではない。もう一人、マコを守るようにして瓦礫の下敷きになっている人物がいた。


「メリィ!? どうしてきみがここに!?」


 その人物もまた僕に縁のある人物の一人、僕が住んでいる寮の寮生である少女――メリィ・スカフィードだった。


「あはは……すみません……ちょっと、ドジッちゃった、みたいで……」


 無傷のマコに対し、メリィはボロボロな身体で瓦礫に埋もれていた。その姿はマコのことを瓦礫から身を挺して守ったことを容易に想像させた。


「イブリ!! 瓦礫を持ち上げて!」

「――まかせナ、女王!」


 エリシアがすかさずイブリを呼び出し、指示を出す。イブリはうんと頷いてすぐにマコとメリィに乗っかった瓦礫をひょいと持ち上げた。


「エリシアはマコをお願い!! 僕はメリィを連れていくっ!!」

「ん……任せて」


 僕は瓦礫を崩さないように急いで、メリィの身体を持ち上げる。

 身体中が傷だらけ、両脚両手が骨折しているのか青く腫れていた。


「すみ、ません……」

「今はしゃべらなくていいからじっとしてて!! もう大丈夫だから!!」


 弱々しく謝り続けるメリィに僕は励ますようにそう言った。


「――もう待たれへん!! 三秒後に発射するから逃げ遅れたもんは、いそげぇーー!!」


 遠くでヴェニスが放った警告が耳に響く。エリシアもマコを抱え、僕らはすぐさまその場から猛ダッシュで離れていく。

 チラリと上を見れば、建物がもうすぐそこまで迫ってきていた。


「——今やメリィ‼︎ 撃てぇぇぇ‼︎」


 ヴェニスの声が街中に響く。それと同じくして、後ろの方から周囲を包み込む巨大な閃光が発せられた。巨大な撃鉄音と共に空に浮かぶ建物はその光に呑まれていく。


「いそいでハイト‼︎」

「うおおぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」


 僕とエリシアはその光から逃れるべく、必死に前へ走り続け、近くにある建物へと飛び込んだ。


 そして僕らが走ったてきた道、全てが巨大な光の集合体に染め上げられ——けたたましい爆音が街中を支配した。

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