観測10ー1 『旧獣シムハナ』

 

 二〇三三年八月四日、二三時〇〇分、ダイラム西側商業区某所。


「こちらC区画より本部へ、敵の増援を確認!! 数が多すぎるあまり対処が困難。死体の処理も追いついていない!! 至急増援を求む!!」

「おい、誰かこっちに火を持ってきてくれ!! 『リバーク』に乗っ取られる前に死体を燃やせ!!」

「浮ける奴は民間人の救出を最優先、神能持ちじゃない奴は誘導しろ!! 触れられると宙に浮かされるから注意しろ!!」


 激しい喧騒が平和だったはずの街に奏でられている。建物の壁や道路、果ては街灯といったあらゆるものに血しぶきが飛び散り、その周辺には形を失くした死体がいくつも転がっていた。

 大半の旧獣が他者を害するのは快楽が理由だと言われている。飢えを満たすために狩りをする旧獣もいるにはいるが、その数は非常に少ない。自然界の頂点に君臨する彼らは食事以前に生物の欠点が存在しない全てにおいて完成された超越者。

 神と呼んでも差し支えない究極の存在なのである。


「うわあああああ、誰か助けてくれェェェェ!! 冒険士さぁぁぁぁん!!!?」


 神と絶対にして不変、人の身には抗えない存在。だからこそ、それと同じである彼らの蛮行は神の天罰と変わりないのである。

 理由は不要、意味も不要。捧げられた贄はただ娯楽のためにその役目を終える。

 壁や道路に叩きつけられ臓物を飛び散らせるか球体のおもちゃとして新たな贄の為の捧げ物になるかは気分次第。


「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 どうやら贄は道路に叩きつけられるらしい。乱暴な子供がおもちゃで遊ぶように天高い場所で振り回され、唐突に地へ堕とされる。

 それは子供に飽きられたおもちゃがゴミ箱に投げつけられたようなもの。

 要するに、贄はただ飽きられたから死ぬのである。


「あああああああああああああああああああ!!!!」


 叩きつけられる数秒前、贄が見たのはこれから自分を殺す道路のシミだけだった。


★ ★ ★ ★


 たどり着いた目的地は地獄だった。

 街のあらゆる場所が血で染まり、いくつもの死体が転がっている。

 空には数えきれない量の旧獣があちこちを飛んでいて、先に到着していた冒険士たちが神能や己の力を持ってして、激しい攻防を繰り広げていた。


「――チセコト!! サワスト!!」


 意味の分からない言葉を叫び散らし、旧獣は周囲に散らばっていた瓦礫を操り、手あたり次第投げつけていた。


「よっしゃ、到着や!! 機動力のあるハーくんとエリ嬢は先行っといてくれ!! 俺らも追いつくから!! ええか! "未知に抗え。出なければ――!"」

「「"――未来は切り開けない!!"」」


 車が停車し、ヴェニスに促された僕は屋根から飛び立って地面へと足をつける。

 そのまま前を見やると、空から男性が真っ逆さまに地面へ向かって落ちてきていた。


 ――ハシレ。


「っ――!! エリシア、先行ってるから!!」

「ん、急いでハイト!!」


 僕はすぐさま足に力を籠め、全速力で駆け抜けた。


「あああああああああああああああああああ!!!!」


 男性は叫びながら落下するにはありえないスピードで地面に向かっていた。それは間違いなく神能によって制御されていることを表していた。

 くそっ、間に合うかどうか分からない。とにかく走れ、走るんだ僕!!


「ケレニケレニ!!」


 ――トマレ。


 そんな時、男性が落ちているちょうど真上で僕に向かって腕のようなものを向ける影があった。さっきエリシアが撃ち落とした旧獣と同じやつだ。

 旧獣はひとしきり僕に向かって叫び声を上げる。

 すると一直線に落下していた男性の軌道が変化し、男性はこちらに飛んできた。


「あああああああああああああああああああ!!!!」

「くそっ、人をおもちゃにしやがって!!」


 確かにそれはやつにとって効率のいい作戦だろう。ただ瓦礫を飛ばすだけなら弾き返せばよかった。でも飛んでくるのは生きた人間、そんなことはできない。

 ――投げる相手が僕でなければ、終わっていた。


「――――!!」


 僕は目の前に両手を広げ、力を籠めた。今日は昼にダメージを何度も受けた。人を受け止める分の量は確実にある。

 身体の中で、何かが混ざり合うような奇妙な感覚を感じながら、僕は"ソレ"を吐き出すように手から生み出す。


 それはまさに得体の知れない『泥』。

 決して誰にも理解することのできないこの世界の常識から外れたもの。

 光を包み、闇を包み、地面を包み、人を包み、世界を包み、空の先の世界をも包みこむ。

 それは神すらも抗えない圧倒的で悍ましき慈悲であり救済。


「ぐおっ!!」


 手から生み出した『泥』で男性の身体を受け止める。力は完全に消せるが、勢いはまだ完全に殺せたわけじゃない。受け身をとるように背中から後ろに倒れ、くるくると転がって完全に勢いを殺した。


「オッ!?!?」


 それを見た旧獣はドン引きしたように声を荒げていた。が、すかさず弾けた音と共に旧獣に向かって夢力の弾丸が跳んだ。油断した旧獣はなすすべもなく、光に飲まれ消滅。この世界からその存在を喪った。


「ハイト、ナイスキャッチ」


 もちろんその弾丸を放ったのは、僕の『パートナー』であるエリシアだ。


「いてて……大丈夫ですか?」


 両腕は粉々に砕け、右脚が向いてはいけない方向へ向いていた。胴体も強く打ったのか、胸の奥がじんじんと痛む。ぱっと見て抱きかかえていた男性に目立った怪我はない。よかった、無事に助けることができたみたいだ。


「え? あ? ここは……俺……生き、て、る?」

「ええ、なんとかなったみたいです」


 男性は混乱しているのか意識が朦朧としていた。あんなことがあったんだ、無理もない。


「あ、ありがとう冒険士さん! 死を覚悟してたけど、おかげで命拾ぃ――ッッ!?」


 男性は僕の姿を見た途端、青ざめて声を震わせた。


「だ、大丈夫かい!? ひ、ひどい怪我じゃないか!? 脚がすごい曲がって、両手が……っ!?」

「あーえー、大丈夫です。気にしないでください。それよりここは危ないですから早く避難してください」

「なに言ってるんだ!! 俺より大惨事じゃないか。逃げるなら抱えるから一緒に……!」


 男性はあせるように僕を抱えようと近づく。その時、曲がった脚が元の形へと戻り始めた。


「はぁ……!?」


 衝撃の光景に男性は驚くも、僕の身体はそれを無視するように治癒される。骨折し青く変色した両手もたちまち元の形へと整えられ、何事もなかったように元の肌色へと戻った。


「こういう神能でして……もう元に戻ったんで大丈夫です」


 男性は口をパクパクと動かし、絶句していた。初めて見た人なら当たり前の反応。

 僕は安心させるために立ち上がって、戻った両手を握って動かした。

 それを見た男性は上から下へ僕の身体をじっくり見回し、再び口をパクパクした。


「ふたりとも、話はひとまず終わって。――囲まれたみたい」


 エリシアに反応して上を見上げると、そこにはおびただしい数の旧獣が僕らを囲むようにばさばさと翼をはためかせていた。


「ひッ…………!?」


 男性の顔が恐怖のあまり歪む。それもその筈、旧獣たちは明確な敵意を僕たちに向けていた。


「あなた、名前は?」

「え……り、リ、リック、だけど……?」


 エリシアに尋ねられ、男性はどもりながら返事する。


「じゃあリックはわたしのうしろに来て。ハイトはそのまま剣を構えて迎撃準備、リクヤはわたしとイブリでカバーするから、ミゼと敵を倒し続けて」

「了解!!」

「お、おおおお、おう!!」


 そう話しているのも束の間、旧獣が三十匹ほど、こちらに飛んできていた。それ以外の連中は一斉にこちらを指差し、瓦礫や肉の球体を猛スピードで飛ばしてきていた。

 僕はすかさず剣の柄をつかみ、


 ――イマダコウゲキシロ。


「――はぁ!!」


 思い切り剣を振り払った。


「ユモッ――!!」


 振り払った剣は向かってくる旧獣や瓦礫に球体を裂いていく。

 それはとても美しく、異様な雰囲気に包まれた剣だった。

 剣の柄や鞘、それと美しい銀色の刃。

 剣全体に謎めいた不気味な文字のようなものがびっしりと刻まれ、柄や鞘に至るまで美しく装飾されている。

 刀身には何かが嵌め込まれていたような五つの小さな穴が空いていて、何もかもが異質なその剣は、この世界の常識が全く通じないと思わされるほどに奇妙な代物だった。そして鞘から抜かれた剣は世界を包み込むように温かい光を発していた。


「――ッ!!」


 そうやって向かってくる敵全てを剣を使って倒していく。

 振るのが間に合わなければ、すかさず『泥』を空いた手から生み出し、飛んでくる対象に当てて、神能を解除させる。前後から同時に向かってくれば、前は剣ではじいて後ろは腕に『泥』を纏わせ、ひじ打ちで落とした。


「――おいで、イブリ、ミゼ、ポーリ」


 エリシアが指を鳴らすと、何もない場所から三匹の旧獣が姿を現した。

 一匹は傘の持ち手のような姿をした旧獣『ポリスカイ』のポーリ。


 二体目は少し緑がかった肌に、腐敗したように爛れた大柄な巨体。

 頭には双角、お尻から伸びる尻尾は矢印の形をして棘のように鋭く刺さっている。

 背中には蝙蝠のような翼がついていて、顔にはこれといった器官が存在していない。まさしく創作物に出てくる悪魔のような姿だが、その名は『滑面鬼』。れっきとした名前はイブリという。


 そして最後に姿を現した三体目はとても大柄で全身が漆黒に包まれた四足歩行の獣だった。身体中は痩せ細り、至る所が鋭利に尖っている。その身体に少しでも触れれば、触れたもの全てをいとも簡単に裂いてしまうだろう。妖しく蒼く輝く瞳に焼き菓子のような甘い匂いにたとえどんなに硬い鉱物でも噛み砕いてしまいそうな狼歯——そんな姿をしたのは旧獣『ミゼルロス』。名づけられた名前はミゼ。


「アハハ!! ゴミゴミオソウジオテツダイ!!」

「オイ、このキーキー喚くウルキモな傘のバケモノと一緒にオレを出すとはどういうことダ?」

「――――グゥゥ!!」


 世界の全てを舐め腐った態度のポーリに腫物を見るようにポーリに毒を吐くイブリ、そして上記二名を無視して僕が取りこぼした旧獣へと奇襲を仕掛けるミゼ。

 そんな三者三様の個性派メンバーが混沌と化した街中に顕現した。


「みんなさっき指示した通りに行動してね。特にポーリはぜったいにあそんじゃ、だめだからね。――〈エルソン〉、〈シュトリ〉――螺夢変形(チェンジ)」

「アヒャヒャ!! デキソコナイガイッパイイッパイ!! オソウジタノシミ~!!」

「コイツ、自分も同類だってコトに気づいてないのカ? これだかラ、野蛮でウルキモなバカは困るゼ」

「ミィ――ッ!!」


 エリシアの掛け声と共に三体の旧獣たちは一斉に行動を開始した。

 エリシアはライフルだった法銃を二丁の拳銃へと変化させ、引鉄を引いた。圧縮された夢力弾が何発も放たれ、空に浮かぶ敵や障害物を撃った弾丸の数だけ全て撃ち抜いた。

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