観測8ー2 『ナイものねだり』
「要するに自己肯定感をもっと高めてもいいんじゃないってこと。てか言葉じゃ物足りないなら、他の方法で伝えてみるとかでもいいんじゃない? 例えば、絵とか描いてみるとかさ」
「……なんで絵なの、具体的すぎない?」
いい案ではあると思うが、数ある選択肢の中でどうしてそんなにもピンポイントなのだろうか。
「う~ん、なんとなくかなぁ。ハイトがロマンチストだからかも。この花畑然り、広大で華やかで美しいみたいなの好きでしょ?」
「は、え、な、なななに言っててて」
思わぬ指摘にあからさまに動揺してしまう。
「いや、動揺せんでも。ハイトって丘の上の教会とか夕陽が沈む海岸とか好きでしょ?」
「………………」
恥ずかしいけど、否定できない。
「とにかく、あんまり悲観的で後ろ向きすぎると、振り向いてもらえないよ? ――あのアバズレに」
「……おいっ、そのアバズレって――」
――エリシアのこと言ってるんじゃないだろうな?
「あ~あ~女の子と話してるときに別の女への憧れを胸に秘めるのやめてもらいたいな~。好きだって言ってるのにあんまりだな~」
「え……女の子? 無性じゃなかったの?」
「おいヤメロ、その事実泣けるんだよ。ぼくからしたら残酷なんだよ」
「じゃあエリシアのことを悪くいうな」
「自分の好きな人を横からかすめ取られたのに、嫉妬しちゃいけないっていうの? 鬼なの? 悪魔なの?」
「……本当にナイって僕から生まれた存在なのか? 僕って代表みたいに自己愛が強かったのかな……?」
自分に自信が持てない僕からすれば、羨ましくて仕方がないのだが、やっぱり変な気がする。たまにナイと話していると、こうして違和感を感じることがあるのだ。
「……何回も聞いたけどさ、本当にナイは昔の僕を知らないの? ナイって僕以上に僕を理解してるし、今みたいに他人事で話すから不自然な感じがするんだ」
「……ごめん、悪いけどほんとにわからない。ぼくはハイトが産みだした架空の存在。従って当然、ハイトに残ってないものはぼくにもナイんだよ」
申し訳なさそうに初めて出会ったときと全く同じ文言でナイは頭を下げた。
「実は隠してるとかって……ないんだよね?」
まるで信用していないような言い草。本当はこんなこと、言ってはいけないはずだ。でも、それでもこのたまに感じる違和感が僕を惑わせた。
それを見透かしたようにナイは柔和な笑みを浮かべた。
「そんなわけないじゃん。ぼくが今までハイトに不利になるようなことしたことあった? ハイトに必要なこの世界の常識や知識を教えたのはぼくなんだよ?」
「……僕関連の話ができない代わりにそれ以外のことなら、ナイは何でも知ってるんだよね?」
真面目な話、ナイが教えてくれる知識がなかったら、この世界に順応するのが遅れていたのは事実だ。
どこから出てくるのか分からない凄い情報を湯水のようにナイは教えてくれた。
「うん、なぜか語れるだけの知識はあるんだよね~」
「……都合がよすぎないか、それ」
途方もなく怪しさ満点なのだ。どうして僕の知らないあれこれを、僕が無意識に作り出したという夢の世界の住人であるナイが知っているのか。普通に道理が破綻している。でもこのまま続けても、どうせはぐらかされるだけだ。
ここは真剣に向き合うべきだろう。
「はっきり言うけどさ、僕はナイのこと誰よりも大切に感じてるし、親友兼相棒――いや、運命共同体だと思ってる。自分で作り出した存在に対してそう思うことはおかしいかもしれないけど、まぎれもない本心だ」
「…………」
「だからこそ僕からきみには隠し事をするつもりは毛頭ないと、それだけは言っておく。だからナイ、もし何か抱えていることがあるなら、遠慮なく相談してくれ。僕もきみにできる限りのことをしてあげたいんだ」
ナイは黙ったままだった。僕が真剣だと理解したのか、じっと考え込むように僕の顔を見ていた。
「…………うん」
そして何かを決意するような顔で僕の元までとことこやってくると――身を投げ出すように僕の胸に顔を埋めた。
「えっ……な、ナイ……?」
僕はすかさずナイの身体を受け止める。完全に予想外の出来事に思わずたじろいだ。
「ふふっ……あはははははははっ!!」
かと思えば、ナイは腹を抱えて笑い始めた。
「夢が叶うのって、こんなに心地いい気分なんだ。生まれて初めて知ったよ。……ありがとうハイト」
ナイはそう言って僕を見上げるようにしてふにゃりとした笑顔を向ける。
「ハイトの気持ちはよくわかるよ。でも、ぼくはほんとに自分のしてあげれることを最大限ハイトにしてあげてるだけなんだ。――ぼくはきみのためだけに生きてるんだ」
「…………」
「だからハイトは気にしなくていいんだよ。ぼくはハイトのためになることしかしないから」
それはナイの紛れもない本心だった。疑う余地もないくらいの信愛だった。悪意のかけらも感じない真実だった。
「……ナイ、ありがとう」
少しでも疑った自分を恥じる。僕は正真正銘の大馬鹿者だ。
「いえいえ、どういたしましてって――あ~あ、水差されたなぁ~」
気分を害されたと少し不機嫌そうに。
「どうしたの?」
「だれかがハイトの顔をゆすって、起こそうとしてるみたい。現実からお呼びがかかったみたいだ。……あ~白猫の姉さんか」
「ん? ああ、あねさんか」
心当たりのある猫に思わず納得した。
「あねさんが呼んでるならいかないと、あの人には世話になってるから」
「たしかにあの人には敬意を払っといた方がいいね……仕方ないか。チェ~」
たぶん何か事件が起きたのだろう。近くにエリシアもいるはずだ。それだけで行く理由としては十分だ。
「……じゃあいつものやつやっときますか。――きみに闇夜を裂く導きがあらんことを」
「うん、闇夜を裂く導きがあらんことを」
視界だ段々狭まり、雄大な花畑が消えていく。いつまでたっても慣れそうにないこの感覚にすがるよう、僕の意識はまた闇の中へと落ちていった。
「要するに自己肯定感をもっと高めてもいいんじゃないってこと。てか言葉じゃ物足りないなら、他の方法で伝えてみるとかでもいいんじゃない? 例えば、絵とか描いてみるとかさ」
「……なんで絵なの、具体的すぎない?」
いい案ではあると思うが、数ある選択肢の中でどうしてそんなにもピンポイントなのだろうか。
「う~ん、なんとなくかなぁ。ハイトがロマンチストだからかも。この花畑然り、広大で華やかで美しいみたいなの好きでしょ?」
「は、え、な、なななに言っててて」
思わぬ指摘にあからさまに動揺してしまう。
「いや、動揺せんでも。ハイトって丘の上の教会とか夕陽が沈む海岸とか好きでしょ?」
「………………」
恥ずかしいけど、否定できない。
「とにかく、あんまり悲観的で後ろ向きすぎると、振り向いてもらえないよ? ――あのアバズレに」
「……おいっ、そのアバズレって――」
――エリシアのこと言ってるんじゃないだろうな?
「あ~あ~女の子と話してるときに別の女への憧れを胸に秘めるのやめてもらいたいな~。好きだって言ってるのにあんまりだな~」
「え……女の子? 無性じゃなかったの?」
「おいヤメロ、その事実泣けるんだよ。ぼくからしたら残酷なんだよ」
「じゃあエリシアのことを悪くいうな」
「自分の好きな人を横からかすめ取られたのに、嫉妬しちゃいけないっていうの? 鬼なの? 悪魔なの?」
「……本当にナイって僕から生まれた存在なのか? 僕って代表みたいに自己愛が強かったのかな……?」
自分に自信が持てない僕からすれば、羨ましくて仕方がないのだが、やっぱり変な気がする。たまにナイと話していると、こうして違和感を感じることがあるのだ。
「……何回も聞いたけどさ、本当にナイは昔の僕を知らないの? ナイって僕以上に僕を理解してるし、今みたいに他人事で話すから不自然な感じがするんだ」
「……ごめん、悪いけどほんとにわからない。ぼくはハイトが産みだした架空の存在。従って当然、ハイトに残ってないものはぼくにもナイんだよ」
申し訳なさそうに初めて出会ったときと全く同じ文言でナイは頭を下げた。
「実は隠してるとかって……ないんだよね?」
まるで信用していないような言い草。本当はこんなこと、言ってはいけないはずだ。でも、それでもこのたまに感じる違和感が僕を惑わせた。
それを見透かしたようにナイは柔和な笑みを浮かべた。
「そんなわけないじゃん。ぼくが今までハイトに不利になるようなことしたことあった? ハイトに必要なこの世界の常識や知識を教えたのはぼくなんだよ?」
「……僕関連の話ができない代わりにそれ以外のことなら、ナイは何でも知ってるんだよね?」
真面目な話、ナイが教えてくれる知識がなかったら、この世界に順応するのが遅れていたのは事実だ。
どこから出てくるのか分からない凄い情報を湯水のようにナイは教えてくれた。
「うん、なぜか語れるだけの知識はあるんだよね~」
「……都合がよすぎないか、それ」
途方もなく怪しさ満点なのだ。どうして僕の知らないあれこれを、僕が無意識に作り出したという夢の世界の住人であるナイが知っているのか。普通に道理が破綻している。でもこのまま続けても、どうせはぐらかされるだけだ。
ここは真剣に向き合うべきだろう。
「はっきり言うけどさ、僕はナイのこと誰よりも大切に感じてるし、親友兼相棒――いや、運命共同体だと思ってる。自分で作り出した存在に対してそう思うことはおかしいかもしれないけど、まぎれもない本心だ」
「…………」
「だからこそ僕からきみには隠し事をするつもりは毛頭ないと、それだけは言っておく。だからナイ、もし何か抱えていることがあるなら、遠慮なく相談してくれ。僕もきみにできる限りのことをしてあげたいんだ」
ナイは黙ったままだった。僕が真剣だと理解したのか、じっと考え込むように僕の顔を見ていた。
「…………うん」
そして何かを決意するような顔で僕の元までとことこやってくると――身を投げ出すように僕の胸に顔を埋めた。
「えっ……な、ナイ……?」
僕はすかさずナイの身体を受け止める。完全に予想外の出来事に思わずたじろいだ。
「ふふっ……あはははははははっ!!」
かと思えば、ナイは腹を抱えて笑い始めた。
「夢が叶うのって、こんなに心地いい気分なんだ。生まれて初めて知ったよ。……ありがとうハイト」
ナイはそう言って僕を見上げるようにしてふにゃりとした笑顔を向ける。
「ハイトの気持ちはよくわかるよ。でも、ぼくはほんとに自分のしてあげれることを最大限ハイトにしてあげてるだけなんだ。――ぼくはきみのためだけに生きてるんだ」
「…………」
「だからハイトは気にしなくていいんだよ。ぼくはハイトのためになることしかしないから」
それはナイの紛れもない本心だった。疑う余地もないくらいの信愛だった。悪意のかけらも感じない真実だった。
「……ナイ、ありがとう」
少しでも疑った自分を恥じる。僕は正真正銘の大馬鹿者だ。
「いえいえ、どういたしましてって――あ~あ、水差されたなぁ~」
気分を害されたと少し不機嫌そうに。
「どうしたの?」
「だれかがハイトの顔をゆすって、起こそうとしてるみたい。現実からお呼びがかかったみたいだ。……あ~白猫の姉さんか」
「ん? ああ、あねさんか」
心当たりのある猫に思わず納得した。
「あねさんが呼んでるならいかないと、あの人には世話になってるから」
「たしかにあの人には敬意を払っといた方がいいね……仕方ないか。チェ~」
たぶん何か事件が起きたのだろう。近くにエリシアもいるはずだ。それだけで行く理由としては十分だ。
「……じゃあいつものやつやっときますか。――きみに闇夜を裂く導きがあらんことを」
「うん、闇夜を裂く導きがあらんことを」
視界だ段々狭まり、雄大な花畑が消えていく。いつまでたっても慣れそうにないこの感覚にすがるよう、僕の意識はまた闇の中へと落ちていった。
★ ★ ★ ★
「――ふふふっ、昔を思えば、考えられないようなサプライズだった。運命共同体だなんてさ。口説かれちゃったよ。やっぱり、ハイトはさいこうだね」
「ほんとのほんとに嬉しいけどさぁ——それだけじゃあ……ぼくは満足できないなぁ」
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