観測7ー1 『救世主へ捧げるブルース』
「冒険士ってのは、もう少し、現実見てると思ってたんだが、案外そうでもないんだな」
マコが去った方と反対側から冷めた声が聞こえてくる。
僕らが走ってきた方の道からその二人は立っていた。
「あなたはたしか、『HARU』でご飯を食べていた……」
とても目立つ二人組だったから記憶に残っている。
一人は白い薄汚れたローブを纏い、顔を隠した体格のいい男。
さっきから声を出しているのはこっちの方で、顔は見えていなくても、声の低さから男だと分かる。
「………………」
そしてもう一人は物静かにこちらを見据える桃色髪の少女。
目立つ髪色とは対照的に地味な服装を身にまとっていた。
「ほう? 甘ちゃんの癖に周りはよく見てんだな。まあ、食後に興味深いもんが見れたから、ちょっかいかけにきただけだ。気にすんなよ、冒険士」
何が面白いのか、男はふんっと音を立てて笑った。
「——今どき珍しいもんだ。言わなくてもいい戯言をあんなぺらぺら話せるなんてな。……羨ましいわ」
「は——え? 急になに?」
唐突すぎて、意図が全く見えてこない。
男の冷淡で嘲笑のこもった物言いに、僕は内心ムッとなった。
「オマエみたいなのが目に映ると、常識ってモンがどれだけ大切なのかがよくわかる。あるだけで、他人を傷つける綺麗事を吐かずに済むんだからな」
「……一応、念のために聞きますけど、馬鹿にしてますか?」
「ああ、バカにしてるし、見てて寒気がするな。なんだ、伝わってなかったのか?」
「……!!」
突然現れたかと思えば、繰り出される罵倒の数々。
敵意のような何かが、僕の肌に伝わってくる。
「『別人』はどう足掻いても、『別人』扱いされる。まさに、悪意を向けられる象徴みたいな連中だ。にも関わらず、その現実から目を背けるだけの綺麗事をあんなガキに吐いて、恥ずかしく思わないのか? 常識があるのなら、無視してやるのが、互いのためになるんじャねェのか? ――ああ生まれちまッた時点で、もう『幸せ』になんかなれりャあしねェんだからよ」
「……あなた、本気で言ってるんですか?」
心の中で少しずつ怒りが湧いてくる。
本当に何なんだこいつ、意味不明だ。
「人間ほど、残酷で終わッてる生き物はいない。オマエが目を離した瞬間、またあのガキは知らない誰かの悪意に晒される。旧獣に奪われた大切な何かを取り戻そうとするように怨みの捌け口にされるんだ。失ったもんはもう戻ッてこねえッて理解したくねぇからな」
そこで男は僕を見て、嘲笑した。
「それが今のこの世界でまかり通ッている常識。持っておくべき心構え。それを記憶喪失のまっさらな能無しのガキが潰したんだ。次にさっきの『別人』のガキが怨みの捌け口にされたそのときに、オマエの軽率さが露呈するのさ。——なんて残酷なことを口走ッちまッたんだろうってな」
「——っ、じゃあずっと黙って見てるのが正解だったっていうのか⁉︎ たった一人悪意に晒されてる少女に対して、手を差し伸べることの方が罪深いっていうのか⁉︎」
もう我慢の限界だ。
目の前にいるのは、そこまで物事を考えれる癖に、ロクに関わろうともせず見物人であり続けた男。
どうしてそんな男に、常識を説かれなければいけないんだ。
どうしてそんな男に、マコが話のタネにされなければいけないんだ。
「あ? おい、まさかとは思うが、あの程度のことで、『別人』のガキを救えたなんていうんじャねェだろうな?」
「なにを……ッ‼︎」
「……おいおい、勘弁しろよ。記憶喪失ってのは、怖えェな。頭がお花畑すぎだろ」
わざとらしいため息が僕に向かって吐き出される。
「いいか? オマエがやったことの本質ッてのは、ただの自己満足だ。人間がたまに見せる綺麗な希望が自分の中には存在するッて、勘違いした末路。余計なお世話ッて言い換えてもいい。たまたま周りに恵まれたのか知らねェが、自分も憧れのダレカさんみたいになりたいッて思ったからやっただけなんだよ」
「なに……ッ⁉︎」
男の発する言葉が、聞き間違いだと思いたかった。
自分の根幹にある何かを否定されたような気がした。
「僕がやったことが自己満足……? それは違う……僕はそんなつもりでマコを助けたわけじゃないッ‼︎」
怒りが煮えたぎっていく。
記憶を喪って、この街にやってきて、ちょうどひと月。
その刹那の時間の中で、こんなにも特定の人物に怒りを露わにしたことは、今まで一度もなかった。
「僕は黙って見ているだけなんて耐えられなかった。空っぽになってしまったけど、精一杯何が正しくて悪いのかを考えて、自分が納得いかなかったからこそ、間違っててもいいから手を差し伸べた」
何も考えずに今日まで生きてきたわけじゃない。
自分なりに全力で考えて行動して、失敗もあったけど、成功した行動もあった。
「動かないよりはマシだと思ったから、今日まで戦ってこれた。それを今さっき出会ったばかりのお前なんかに否定されたくない。——何より、マコが最後に見せてくれた笑顔を、否定するなッ‼︎」
「そうだな、オレ達は今、ちョうど互いを認識したばかりだ。でも——それはあのガキも同じことだろ?」
「は——?」
何かを悟ったような口調で男はそう言い放ち、続ける。
「オマエはどうして初対面のヤツにそこまで感情移入できる? 誰もが強くて、立派なヤツばかりだと、どうして勘違いしてるんだ? ——それはオマエがまっさらだからってだけだろ?」
「なにを——」
言っているのか、理解できなかった。
「じゃあ、直接あのガキが今後どうなるか教えてやるよ。まず、あのガキはオマエにかけられた気持ちいい言葉に喜びを見せる。そして次の日にでもなれば、オマエの優しさのせいで警戒せずに街を歩くんだろうな。それで油断して、さっきの居残りババアみたいな塵芥どもに絡まれる。オマエの言葉通り、話しあって自分を理解してもらおうにも、相手は聞く耳を持たず、ガキをバケモノだと捲し立てる。そして昨日のアレは気持ちのいい夢や幻だと思い知らされ、絶望するんだ」
まるで自分が体験したことがあるかのように男はそう口にした。
妙に具体的なその言葉が、僕の耳に深くこびりついた。
「考えすぎだッて思ったか? もしくは、そんな決めつけたようにありもしない未来を語るなって、思ったか? まあ、それ以外でもどうでもいいが——テメェはそこまで考えることはできたか?」
「それは——」
——思いつきもしなかった。
「フンッ、思いつきもしなかッたよな? でもこんなことは別にオレみたいなヤツじャなくても、思いつくことだぜ? 善人だろうが、悪人だろうが、冒険士だろうが。そして、テメェの横にいる女でもな」
僕はすぐさまエリシアの顔を見た。
エリシアは表情を全く変化させることもなく、じっと男の方へ顔を向けていた。
僕にはそれがまさに答えのように思えた。
「それにあのガキ、愚鈍なお前でも察したみてェだが、親から虐待されてるよな? だから金、渡したんだろ?」
「――――っ」
マコはお金がないのに、母親から買い物を頼まれたと言っていた。
きっと咄嗟のことで、言葉のおかしさに気がつかなかったんだと思う。
「もう一度言ッてやるよ。テメェは人間の綺麗な部分だけ見て、そこに立ってんだよ。人間なんてな、普通のヤツだろうが『別人』だろうが変わんねぇなのはオレも賛成だ。テメェのガキに対する態度は正しい。——でも、人間という名の塵芥どもの醜さの前では無意味なんだよ」
それが人間の真理だと男は憤るように言った。
男が発する空気が、言葉が、僕の胸に重くのしかかってくる。
「たった数分関わッて、ちョッと守った程度で助けただと? 救っただと? 即席お手軽のずいぶんちっぽけな救済だな? 未来で起こるだろう悲劇には目を向けず、優しい自分に酔ッて、また同じことを繰り返すのは楽しいか? 温室の育ちのガキがッ、少しは現実でも見たらどうなんだッ⁉︎」
何も言い返すことができない。
目の前の男は口がすこぶる悪いが、言っていることは間違っていないと思った。
空っぽな自分を必死に探している僕では、到底敵うはずがないくらいに芯のある言葉に聞こえた。
出会ったばかりでいきなり感じの悪い口悪野郎と片付けることができないくらいの存在感を男から感じた。
「……とりあえずいろいろ言いたいことがある」
すると、今まで静かに男と少女を見ていたエリシアが口を動かした。
「さっきからずっと思ってたけど、あなた——」
まっすくと男を前に見据え、エリシアは――、
「ツッコミがへた?」
気の抜けた声でそう言った。
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