観測5ー1 『別人』
「はあ〜食った食った、大満足や」
皆、それぞれ注文した料理を食べ終え、束の間の休息に浸っていた。
「ほな、そろそろお仕事再開しよか」
ヴェニスが少し膨らんだお腹を叩いてそう告げた。
露店近くに立っている時計に目をやれば、時刻はちょうど一五時のところを指していた。
「そうですね。僕らはまた協会本部に戻りますけど、ヴェニさんたちは?」
「オレらもおんなじやな。ちょうどええし、一緒にいこか」
「ん、わかった」
「いおー!」
どうやら目的地は同じらしく、全員で一緒に協会本部へ戻ることに決まった。
各々がテーブルに近くに置いてある武器を手に取る。
お会計は既に払い終えているので、全員が席を立って、本部へ続く道へと脚を向けた。
——そのときだった。
「いやあああああああああッ!!」
甲高い叫び声が、破裂したようにこだました。
『———!!』
束の間の休息は突如として終わりを告げる。
その場にいた全員の顔が街を守護する『冒険士』の顔へと変貌した。
「ハイト、いこう!」
「了解!」
エリシアから指示され、僕は頷く。
「ボーシャ、俺らも向かうで!」
「あう!」
ヴェニスとボーシャも互いに意思疎通を図る。
各々、置いていた武器を手に取り、全員が悲鳴の上がった方へと目を向けた。
「頑張ってくださいねー!」
それを見たリュズベルの後援を背に、四人は舗装された道路を走る。
悲鳴の音量からして、ここからそう遠く離れた距離ではないだろう。
事実、その発信源は全力で走って五分にも満たない場所だった。
「旧獣がぁ! 街にいるぅ! 誰が殺してェ!」
ダイラムには様々な形をした家が数多く立ち並び、それがぎゅうぎゅうになって空間を潰している。
しかし、その潰された空間も爆音で染め上げるほどの悲鳴が、決まった間隔で上がり続けていた。
「くそっ! また旧獣が出おったんか!」
本来、大概の生き物は人間の集まる街などに姿を現すことはない。
頭の良い生き物ほど、独自の生態を築き、自分が絶対に負けない環境で生活を行う。
負けた瞬間、自身が喰われることを分かっているからだ。
しかし——『旧獣』という化け物にそんな概念は存在しない。
そもそも勝ち負けというものを知らず、本能の赴くままに他者の生命を脅かすための力があるからだ。
そのため、どれだけ治安が良い街と言われても、旧獣たちの恐怖から解放されることはない。
だから人類は恐れるのだ。
——人間は生物界の頂点足り得ないのだから。
——七〇億もいたとされる人類を約十二億まで、減らした怪物に、勝てるはずがないのだから。
「アアアアアアアアアアアッ!!」
「冒険士ですっ! 旧獣はどこに現れたんですか!?」
僕は悲鳴に向かって叫び声を上げた。
そこには一人の女が身体を震わせ、座っていた。
しかし、それはただの女ではない。
片脚と片腕、そして皮膚が焼け爛れた姿の女だった。
女は怯えながら巨大な包丁を手に持っていた。
刃渡りが二十一センチもある、優れた料理人が持つような出刃包丁。
一般人が持つことは滅多にない代物だ。
「なっ———!?」
僕は女のいる場所を見やり、驚愕した。
悪夢でも見せられたような、または頭を思い切り殴られたような複雑な感覚が心に押し寄せてくる。
「シネェェェェェェ!!」
——マモレ。
「うおおおおおおお!!」
僕は叫びながら、脚に思い切り力を込め、踏み込んだ。
『法銃』を使うエリシアよりも、誰よりも早くその場へと飛び込んだ。
「————ッ!?!?」
熱のこもった鋭い痛みが背中に伝わってくる。
僕は女を背にして、包丁に己の背中を差し出した。
巨大な刀身は内臓まで刺さり、口からは血と呼ぶには異質な黒い『ナニカ』が吐き出される。
まるで自分の中に我慢して溜め込んでいたものを吐き出したような感覚がする。
僕は痛みを堪えるので、必死になった。
「なにしてるのっ!!」
エリシアが悲鳴のような声を出し、女を僕から引き剥がした。
「いやぁ! 助けてぇ! 殺されるぅぅぅ!!」
引き剥がされて尚、女は発狂して暴れていた。
四肢の半分が欠損しているにも関わらず、その力は常軌を逸していた。
「馬鹿やろう!! なにやっとんねん、オバハンッ!!」
「アアッ!!」
やがて後にやってきたヴェニスとボーシャに組み伏せられ、女は道路を舐めさせられていた。
「ハイト、じっとしてて!!」
エリシアはそう言って、僕の体に差し込まれた包丁を握り、力を込めて引き抜いた。
「ッ――!!」
身体の中から異物がなくなるのを感じる。
それと同時に始まったすさまじい速度の再生。
失われたはずの皮膚や抉られた肉が二秒も関わらずに元に綺麗な肌へと戻っていった。
「エリシア……ありがとう……」
「ん」
僕は息を切らしたように礼を言った。
それにエリシアは気にするなといった様子でぐっ、と親指を突き立てて返事を返してくれた。
「離せよッ! 夫と息子が目の前で喰われてのに! なんで、私を縛るのよ!」
「気ぃしっかり持てや! ここにはお前の旦那さんも息子もおらへんッ! それになあ——ッ!」
人を刺したにも関わらず、女は自分のことに必死になって喚き散らしていた。
そんな狂った女にヴェニスは耳元で声を張り上げ、真実を告げようとしていた。
「そこにおるんは旧獣やなくて、子供や。——人間の子供ッ!!」
——そう、女が『旧獣だ』とか、『殺せ』だのと叫んでいた対象の正体。
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