観測4ー2 『冒険都市国家ダイラム』


「うあぅあえ!」


 『よかったね!』とボーシャが言った。

 ボーシャは基本的に「あいうえお」のみで話す。

 きっと文字にすると、何を言っているか分からないだろうが、耳で聞けば発音がしっかりしているので、十分伝わるものだ。


「よくわからないけど、そういえばヴェニスはいつになったら『金鍵』の昇格試験受けるの? もうとっくに推薦状は貰ってるんでしょ?」

「堪忍してやエリ嬢~、『無能』の冒険士が『金鍵』になるってことの意味、知らんわけちゃうやろ~? 俺みたいな雑魚には荷が重すぎるんよ」


 ヴェニスは罰が悪いといった様子で懐から年季の入った手帳を取り出し、そちらに目を向けた。

 手帳の表紙には『ジェリナ』『バッサニオ』『グラノン』『ヴェニス』『トーニ』『イロック』『ボーシャ』の順番で七名の人物の名前が連なっている。

 その内『ジェリナ』『トーニ』『イロック』には一本線が上から引かれていた。


「……わたしはなにも問題ないと思うけど」

「ははは~すまんなエリ嬢。これは俺のしょーもないプライドのせいやからさ。エリ嬢の言いたいことはわかってるからほんま堪忍してや。それに俺は『復滅(ふめつ)』なんて呼ばれとる男やねんで?」


 誤魔化すように笑うヴェニスに、エリシアはもの言いたげな様子だった。どうやら納得がいかないらしい。エリシアがそれほどヴェニスに一目置いているのだろう。

 ……羨ましい限りだ。


「——お待たせいたしました。海春巻き定食、焼き魚、白身魚のアクアパッツァ、クロスミパスタ、そして最後にサービスの海春巻きが四人前になります」


 そんなこんなで話していると、露店から一人の男が出来たての料理をテーブルへ運んできた。

 沈んだ中性的な紫色の髪に黄色い瞳が特徴的な、とても清潔感のあふれるさわやかな男で、服装は青色のエプロンをつけている。

 その中央には『もったいないは不幸せ!!』と大きく書かれていた。


「こんな時間でも店まで昼食を食べに、足を運んでくれてありがとうございます。海春巻きはワタシからのサービスです。どうぞお召し上がり下さい」


 男は上から順に僕、エリシア、ヴェニス、ボーシャの順に料理を置き、最後は全員のところに逆順で海春巻きを置いた。


「あいあおう!」

「どうもおおきにな、マスター」

「ありがとうマスター」


 料理を置かれ、一人一人お礼を言っていく。


「いつもありがとうございます、リュズベルさん」


 僕もそれに習いお礼を言う。

 それを見て、男——リュズベルは嬉しそうに笑いながら。


「あがびがばば」

「え?」


 意味の分からないことを口走った。


「ええ、こちらこそありがとうございます。ハイトさん」

「あ、ああ……そうですね」


 何事もなかったかのように返事を返してくれるリュズベル。

 この街で暮らすようになって、何人も個性の凄い人物と出会ったが、彼はその中でも上位に食い込む個性的な人物だと思う。

 初めて出会ったときからこうしてたまに変なことを口走ったりするのだ。

 しかも、僕と話すときだけ。

 そのせいか、リュズベルはどう思っているのか知らないが、僕はちょっぴりおかしな人だと思うことしかできないのだ。


「マスター、たまにハイトと話すとき、へんなこと口走るよね」


 エリシアはそのことを知っているので、こうして尋ねてくれたりする。


「えっ、そうですかね?」


 しかし、本人に自覚はないらしい。


「まあ、ワタシのことは置いておいて、本当にいつもご苦労様です。ミナサンが街の治安を維持してくださるおかげで、毎日こうして不自由なく商売することができています。ホント、感謝感激雨あられってヤツですよ」


 リュズベルは尊敬を込めた眼差しでこっちを見てくる。


「そんなワケで、また皆さんサイン書いてくださいよ」


 そして手元から色紙とペンをサッと取り出した。


「マスターってほんと冒険士のファンだよね。これで十一枚目だよ?」


 エリシアがそう言って、慣れた手つきで色紙にサインを書き始めた。


「これが唯一の趣味ですから。この広い世界、どこにいようが、どんな理由で死ぬかなんて未知数。そんな中、『未知』を踏破し、世界を少しでも良くしようと日々戦い続ける冒険士の活躍を目にして、ファンにならない人間なんているはすがないでしょう!」


 リュズベルがおぼんを片手に持って、勢いよく両手を広げた。


「これはとっておきの自慢ですが、ワタシ、冒険士の顔と名前は全員暗記して、趣味までばっちり把握してるんですよ」

「今の前振りを踏まえても、犯罪者なんよなぁ。その努力を本職の海洋生物の研究に使ったらええのに」


 ヴェニスも小さく小言を言いながらサインを色紙に書き、その横でボーシャは楽しそうに絵を片手で描いていた。

 ちなみに補足すると、とてつもなく上手い。


「やだなぁ、研究資金のためにこうして露店を開いて、料理を食べて喜んでもらって、その上ワタシは趣味にも没頭できる。まさに一石三鳥でムダなく頑張っているというのに、そんな犯罪者なんてっ……」


 よよよっとリュズベルは演技混じりで鼻をすすった。

 彼は露店の料理人が本業という訳ではなく、本来は海洋学者として、『ルルヴァナ海』を調査するためにこのダイラムに来たらしい。

 しかし、毎日のように船で海に出たせいか、色々と出費が重なり、それを打開するためにこうして露店を開いたのだという。


「でも、その稼いだお金で有名な冒険士のグッズとか買ってるんですよね?」

「うっ……それはその……」


 リュズベルは両手の小指をちょんちょんと突き、やがて「と、とにかくごゆっくり! そしてサイン書いといてください!」と誤魔化すように屋台へ戻っていった。

 ちなみに元々、グッズなんてもの作る気も売る気もなかったらしいが、代表が『人気を逆手に取って、金巻き上げよう!!』と無理やり案を通して生まれたらしい。


「マスターって不思議なとこあるけど、本当に愛嬌があっていい人だよね。代表も見習えばいいのに」

「ランベルトは死ぬまであのままだと思う。というか、来世でもそのくずっぷりを発揮してそう」

「ハーくんもエリ嬢もキツイこと言うなぁ……。でも、擁護できるとこが全くないアイツも大概やったわ」


 僕とエリシアの物言いにヴェニスが苦笑いをしてツッコミを入れてから笑った。

 それを皮切りにテーブルが小さな笑い声で包まれる。


「——でも、ここにいるみんなやランベルトが、今もいてくれてほんとによかった」


 そしてエリシアの放った言葉が反響した。

 その場にいる全員がハッとなってエリシアの方へと顔を向ける。

 エリシアはどこか嬉しいような、悲しいような顔で湯気が出た熱々の焼き魚を見ていた。


「……そうだね」


 この世界で命というものはとても軽い。

 前日に知り合った友達が、なんの前触れもなく次の日には死体として見つかったり、道を歩いていたら名の知らない誰かの死体が転がっていたりする。

 大切な人を喪って、顔を涙で濡らす人を見た。

 ここに座るだけで、全員が死線を何回も超えている。


 ——今日だって僕が知る限り、五人も死んでいるのだ。


「それじゃあみんな、冷めないうちにごはん食べよう。——いただきます」


 エリシアが焼き魚へ目をやり、合掌した。


「……いただきます」


 僕もそれに倣う。

 ヴェニスやボーシャも遅れて合唱し、そのまま全員が料理を食べ始めた。

 この時間を大切にしたいと切に願う。

 だってこの時間だけが、今の僕に与えられた宝物なのだから。

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