観測4ー1 『冒険都市国家ダイラム』


 陽光に照らされた純白に輝く白亜の街。

 石造りの建物には多種多様なレリーフが刻まれ、道の至る所には街路樹が立ち並び、綿密に精緻された美しい石畳みのメインストリートが都市の豊かさを象徴していた。整備された道路には数は少ないが車が走り、街に張り巡らされた水路を流れる水は驚くほど透明で、顔が水面にくっきりと浮かぶほどだ。

 街の東である『工業区』は『ルルヴァナ海』に面しており、まさしく水の都という呼ぶに相応しいだろう。

 事実、ダイラムでは漁業が盛んな国として有名だ。

 そして、街の中心を鎮座する青と白を基調とした巨城——冒険士協会本部『CGK』は都市のどこから見てもその存在感を遺憾なく発揮し、都市を歩く全ての人々の脳裏に焼き尽くされる程に美しくそびえ立っていた。


 ――ここは冒険都市国家ダイラム。世界に二箇所しか存在しない単一の都市のみで『国』として世界中から認可された完全独立国であり、あらゆる規約や法律、そして全ての国家問題に縛られない世界的法規組織――『冒険士協会』の総本山である。


 そんな街の一角では新聞売りが声を張り上げ、街中を駆け回っていた。

 情報がこうしていとも簡単に手に入る街というのは、その街が栄えているかどうかの一つの指標でもあるといえるだろう。

 新聞には以下のような見出しが記載されている。


★ ★ ★ ★


『特選冒険士『創明卿』特集。"世界を創変せし偉大なる創造者(マグナート)"の栄光と繁栄に迫る!!』


『ダイラム近郊『夢幻の森』にて『夢霧(ムム)』発生。周辺には旧獣『ムルムル』が大量発生中。旅人の方はご注意を!!』


『ダイラムに潜む怪異、死体消失事件の謎!? その犯人はリバークか!?』


★ ★ ★ ★


 二〇三三年八月四日一四時〇五分、ダイラム西側商業区プライスン通り『食事処HARU』前。


「じゃあ、冒険士は基本的になにをするしごと?」


 お昼ごはんには少し遅いこの時間、僕とエリシアはダイラムの西側である『商業区』にある行きつけの店へとやってきていた。

 とても大きな魚の看板に『HARU』と書かれた、お洒落なカフェのように店の周りにいくつかテーブルを置いた形式の店だ。


「えっと、この世界あらゆる形で存在する『未知』という超常的かつ根源的な『恐怖』をひとつでも多く解明、解決して、平和な世界の再構築を目指すのが冒険士の仕事。そのために世界中で悪さをする『冒涜師』や『旧獣』と戦ったり、事象や現象、そして未知なる領域の"開拓"を行ってるんだよね?」


 お昼を食べるには少し遅い時間ではあるが、それでも二、三個置かれたテーブルには人が座っており、その人気が窺える。

 パッと見た限り、真っ赤な髪に黒いキャップを被った青年が一人とフードを被ったら体格の大きな男性と小柄で可愛らしい少女のペアが座っていた。


「そ……正解。じゃあ、旧獣には主に三種類の分類がされてるけど、それは?」

「“命ある絶望”とまで呼ばれ、もはや生き物と呼ぶことすら憚られるぐらいに強い『超越種』、それに仕える『信奉種』、独自の生態系を持ち、種によっては超越種すら超える存在に進化する『混沌種』の三つだよね?」

「じゃあ神能と法式、ふたつの異能のちがいは?」

「神能が人や物体や土地など世界中にある万物が使用できる"固有能力"で、法式が世界中に満ちている『夢力(むりょく)』を使用できれば行使できる"共通能力"かな?」

「ん……ハイト、しっかり勉強できてるね。えらい」


 四人がけテーブルの隣の席に座るエリシアがにこりと笑って、褒めてくれる。

 恩人として、そして一番尊敬している人に褒められて、僕の心は有頂天になった。


「それじゃあ最後にひとつ——わたしが教えた、冒険士として一番大切なことは?」


 再びエリシアが真剣な顔をした。

 じっと僕の顔を見つめ、答えが返ってくるのを待っていた。

 もちろんその答えが何かは理解してるし、即答できる。


「"常に思考し、妥協はするな。 誰かを助けるなら、その人を安心させないといけない。そして自分を愛し、それと同様に隣人を愛せ"」


 忘れる訳がない。

 これはエリシアと初めて出会ったときから、ずっと彼女に言われ続けたことだから。


「ん、その通り」


 僕の答えにエリシアも満足したようだ。


「——精が出るなぁ。ハーくん、エリ嬢」

「ああいい——!!」


 少し訛った声とわんぱくな声が揶揄うようにそう言った。

 目を向けると、男と少女の二人組が余った二つの椅子に座っている。


「なんかアレやな~やりとりがラブコメみたいで微笑ましいわ」


 訛り声を出したのは、とても人当たりの良さそうな顔立ちをした茶髪の男で、年齢は代表ぐらいだろう。

 あらゆる財をしぼり尽くしたかのような、どこを見ても黄金で装飾されたスーツを見に纏い、腰のベルトには『銀色の鍵』をつけている。

 がっちりした体躯がスーツ越しにも分かり、いつでも手に持てるようにと、先端が肥大化したとても大きい棒をテーブルに立てかけていた。

 彼の得物である、巨大な変形式機械鎌――通称『追福』だ。


「いい!」


 わんぱくな声を出し、グッと親指を突き立てるもう一人の少女もこれまた印象的だ。

 黒髪のロングストレートに小さな青色の花飾りで髪を右に流した少女。

 服装は青色のローブととても大きな三角帽子を被り、僕と同じ『紅色の鍵』を身につけている。

 ——そして何よりも目立つのは、精巧に機械化した右半分の顔に左腕と右脚。

 顔は髪を流して隠しているのでマシだが、左腕は隠すことが不可能だと断言できるほど、ゴツゴツした巨大な銃が生えていた。


「……? 勉強してたらなんでラブコメになるの?」

「揶揄わないでくださいよ、ヴェニさん。ボーシャもノッてきてるし……」


 揶揄う二人に対し、エリシアは不思議そうな顔をした。

 対する僕は恥ずかしすぎて顔を少し赤く染め、早口でごまかした。


「まあ、出会い方聞いた限りこうなんのは、しゃーないけどな? ほんまええわあ〜将来が楽しみやで。今のうちに色々と用意しとかなあかんな~」


 ヴェニスは再び揶揄いながら席から立ち上がり、僕の方へ耳打ちして、


「———ええか? 男は度胸と根性で攻めていかなあかん。はよ、気持ち伝えんとエリ嬢は応えてくれへんで? 応援しとるからな」

「…………ありがとうございます」


 恥ずかしがりながらそう言い返すと、にっと純粋で綺麗な笑顔を残して席に戻った。今の僕を俯瞰して見れば、更に顔を赤くしているはずだ。


「なんや、まあ要するに仲ええなってことが言いたかったんや」


 座ったヴェニスが言うと、エリシアが納得したように嬉しそうな顔をした。


「それは嬉しい。『パートナー』になって一ヶ月、ずっと一緒になかよく行動してたから。不仲そうって言われるのはとてもつらいし……絶対いやだから」


 ひゅうと口笛を鳴らす音が聞こえた。

 僕はなんていうか、凄く顔が熱かった。


(迷惑だって思われてなくてよかった……)


 記憶喪失の根無し草でなし崩し的に冒険士になった僕。

 仕事や常識を覚えるのに必死で、足手纏いになっていることは自分でもよく理解していた。

 それが申し訳なくてたまらなかったが、どうやらエリシアは、それ以前に僕と仲良くしようとしてくれていたらしい。

 その事実がたまらなく嬉しかった。

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