観測3-2 『厄災の三名士』
「でもさ、実際のところさ、この世界のごく僅かなものだけが持つことを許された神に匹敵する超越的な力『神能』。その中でも君が持つ不死身の肉体は、誰もが羨む素敵な神能だ。特に死ぬのが仕事みたいな冒険士にとって、代償いらずのその力は余りにも破格で便利すぎるんだよ? 将来、君の異名は『鉄砲玉』、『サンドバッグ』、『肉壁』と名付けられることだろうね。それくらいすごいんだよ」
「縁起悪いし、悪口言われてるしで、最悪だ……」
『神能』は僕の認識では超能力みたいなものだが、言ってしまえば基本的にデメリットなしで使うことのできる奇跡の力だ。
理から乖離し、たったそれだけでどんな常識も覆せることのできる、まさに神になれる力――それが神能。
ほんと酷いことしか言わないけど、確かに事実なんだよなと思った。実際にそうなったら頭を抱えてしまうだろう。かっこ悪いし、何より全部侮蔑混じりの言葉ばかりじゃないか。
「ランベルト、あなたのそういうところが嫌われる要因になってる」
「ええ~『魔性の姫』、『化け物たらし』、『気狂い女』とかって陰口叩かれてるエリシアよりはマシな方だろ? 何度も何度も死にかけて身を粉にして民衆のために働いてるのに、旧獣をしは――仲良くできる神能ってだけでそんな言い方されるんだから、ほんと世の中って非道いよね〜。――ま、言われて当然なんだけど」
「……それは……別に……気にして、ない」
「おい、エリシアに飛び火させないでくださいよ」
エリシアの口調が明らかに動揺していた。
彼女は基本静かで、あまり表情を崩すことをしない。
そのため、会話をしなければ何を考えているのか、分からないという人が多いのだ。
「エリシア……我慢しなくていいのに」
しかし、僕は知っている。
エリシアは感情を言葉に込める女の子であるということを。
エリシアと運命的に出会ってひと月。
『パートナー』として一緒になって、彼女は決して他者に蔑まれるような人間ではないことを知った。
むしろ高潔で理知的で頼りになって、本当に尊敬できる女の子なのだ。
僕はエリシアに出会えて本当によかったと心の底から思う。
「僕はエリシアに助けてもらえたからここにいる。エリシアは僕にとって最高の恩人なんだから、気にすることなんてないよ。本当、尊敬してるから」
「……だから気にしてない」
無表情だが、声の調子が少し良くなった。
どうやら照れているらしい。
もちろんのことだが、血の通った人間なので、いつも無表情という訳ではない。
あくまでデフォルトの状態だということを理解してほしい。
「それに一番悪いのは、悪名ばっかり轟かせてる代表でしょ? この人と仲良くしてる人、僕ら以外もみんな悪く思われてるし」
代表は自分が悪く言われると話をそらすことが多い。
急にエリシアの話になったのもそれが理由。
だから話を戻してやることにした。
「へあ〜? なんで〜だろ〜ね〜〜。私は〜まともで優しくて理知的な〜ナイスガイ紳士〜なんだけどな〜〜」
こうやって都合が悪くなると誤魔化そうとするまでがワンパターン。
これで有耶無耶にされて会話はひとまず区切られるのだ。
「さて、まあ悲しい話は置いといて! ハイト君にわたすものがあるんだ」
代表は話を切り替え、机の引き出しから封筒を取り出し、僕の前に置いた。
「これなんです?」
「給料さ、給料。今日でひと月なんだから当たり前じゃん。ハイト君がちゃんと働いてる社畜だってことの証明品。口座がないから今回は手渡しだけど、次までに銀行で作っといてね」
「いいんですか? 家とか住民票とか生きていくうえで必要なもの全部貰ったのに」
他にも家具とか日用品などの生活に必要なものも貰っている。
そんなこんなで冒険士になってから今日まで、生活に苦労したことはない。
「いいよ、いいよ。それらは冒険士になった特典みたいなもんだから。あ、でもハイト君は私の推薦で冒険士になったから、幾らかは私の方に給料は吸われてるよ? 試験受けてたら基本給だったんだけど、まあ……『蒼鍵』になればなくなるから頑張ってね」
それでも山のように入っている辺り、給料は凄くいいらしい。
「ちなみにエリシアは『金鍵』だからその七倍は貰ってるよ? ハイト君も頑張ってエリシアぐらい凄い冒険士になってよね? 最近はエリシアが目立ちまくってるけどさ、ハイト君もきっと『特選』までいけると思うからさ。そしたら、推薦した私は自動的に上の地位にいけるし、まさにWin-Winさ。――期待してるよ?」
代表はそんな簡単そうな言いぐさで己の願望を吐き出した。
「はぁ……そんな簡単に無理難題を言わないでよ……」
だからもう呆れるしかない。それがどれだけ無謀なことかと、これでもかというほど聞かされたからだ。
冒険士には五つの等級があって、それぞれが所持している鍵の色で表されている。
学生クラスの『紅鍵』、『未知』と戦う上で最低限の強さを持った強者。
学士クラスの『蒼鍵』、世界に名を轟かす強さを持った冒険士。
修士クラスの『銀鍵』、たった一人だけで国家戦力に相当する冒険士。
博士クラスの『金鍵』、世界の至宝と謳われる冒険士。
――そして『特選冒険士』またの名を『黒鍵』。
神の存在証明、見ることのできる全知全能。只人が関われば、その人生と存在意義を完全に喪わせるとまで断言される、天が遣わした超越者。
「無機物が何の干渉もされずに神になるようなもんって、言ったのは代表じゃないか……」
「それは出会った時だからじゃん。今はなれるくらいの素養があるなって思ってんだよ、褒めてんの、お分かり?」
「はぁ……」
まあ、言うのも言わせておくのもタダな訳だから、気にするのはやめておこう。疲れるから。
「あ、そうそう! それで二人にお話があるんだけどさ? これ見てよ」
代表はそう言って一枚のチラシを僕らの前に差し出す。
この状況と声色を組み合わせて察するに、「これ買いたい。金ない。貸して!」の合図だ。
「二人ともこれが何か分かるかい?」
「しらない」
それを察知したのか、エリシアが即答でそっぽを向いた。
どんな無理難題を吹っかけられるか分からないからだ。
これは又聞きの話だが、代表が問題行動を起こしまくったせいで、エリシアは八千万もの借金を肩代わりさせられたことがあるらしい。
「車……ですか?」
「えっ、なに? ハイト君、車知ってるの!?」
僕が答えると、代表は驚いた顔をした。しかも妙に食いつきがいい。
「いや、車くらい知ってますよ。別に珍しいものでもないし」
「え? ほんの四ヶ月ほど前に発表されたものを珍しくないって、ハイト君の感覚どうなってるの?」
「えっ、四ヶ月前?」
その言葉にどこか違和感を覚えた。
「そうそう、特選冒険士『創明卿』とピックタップ財団の共同開発で造られた製品でさ。人の脚の何倍ものスピードで楽チンに移動できるっていうから欲しくてさ〜。それにカッコいいし!」
意気揚々と嬉しそうな声が鼓膜に伝わってくる。
「いや〜『創明卿』はすごいよね。この通信機とかもそうだけど、一人で何百、いや何千年ぶんもの技術革新をこなしちゃうんだから。やっぱ『特選』は格が違いすぎるよね。さすが『教科書に載る人たち』って言われるだけのことはあるよ」
「それになれって他人に簡単に言える人の方がすごいと思うけど……」
「人を見る目が優れた希代の賢者なんでしょ」
「なんかランベルト、今日はいつにもなく機嫌がいいね」
いや、機嫌がいいというより、ウザイだけな気がするが……よく考えたらエリシアって、あまり怒らない。でも目の前のコイツと付き合いが長いという事実を踏まえれば、大抵のことは許せてしまうのは当たり前なのか。
「——という訳で、お金貸してくれない? 実はこっそり前借りして、お金使い果たしちゃってさ。あと、同じく新発売のカメラってやつを――」
「ハイト。時間も時間だし、ごはん食べにいこう」
「いいね。今日は……リュズベルさんの屋台か。ヴェニさんとボーシャに誘われてたもんね」
「ん……マスターの料理がたべたい」
「……あれ? 話聞いてる?」
どこからか雑音が聞こえてくるが、気のせいだろう。
そのまま扉まで向かって退室する。
その際、なにかを言いたそうな視線がこちらに飛んできている気がしたが、構わず無視した。
やがて、ガクッと口で効果音をつけてしょんぼりするような声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
「あれえええ――!?」
——これが、記憶喪失の名無し草に与えられた日常である。
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