観測3-1 『厄災の三名士』


 二〇三三年八月四日、一二時四十四分、ランベルト・カーター執務室。


「——軽傷者二八名、重傷者一六名、死者五名か。いや〜数ある『色彩病』の事件の中でも最高峰って言っていいくらいマシな被害だね。普段はこうはいかないからねぇ……。あ~やっぱりこのスーパーエリート、ランベルト・カーターさんの慧眼は素晴らしいなぁ……! また頭のお堅い方々との格の違いを見せつけちゃったみたいで申し訳が立たないよ~!!」


 部屋中に自画自賛する声が響き渡る。

 そこはいかにも仕事場といった部屋だった。

 大量の本棚にはなにかの資料がぎっしりと詰められ、床には青色のカーペットが敷き詰められている。奥の方を見ると大きな机が目立つよう中心に置かれ、その上には大量の書類が積まれている。

 そしてその机の近くにある椅子には一人の男が満面の笑みでふんぞり返っていた。


「はあ……やめてくださいよ。マシなのかもしれませんが、被害者が出てるんです。……不謹慎ですよ。その言い方は」


 胸ポケットに『鍵を咥えた青い鳥』の紋章がついた青色の制服を着こみ、左眼には眼帯をつけ、ぼさぼさ金髪に琥珀の瞳を持ったまるで歴戦の猛者のような風格を漂わせた二十代中盤の男だ。

 見た目だけなら英俊豪傑を思わせ、初対面なら男のことを誰もが厳格な人物だと思ってしまうだろう。


「WOW! そんなこと言っちゃって。私という上層部に席を置く、『圧倒的権力者パーフェクトヒューマン』がいなかったらひと月前、不法入国で豚箱行きの犯罪者だったかもしれないっていうのに。今ではこうして噛みつくようになっちゃって……お父さん、嬉しい!」


 だが口を開けば、その瞬間清々しいほど適当で胡散臭そうな怪しい男に早変わりした。わざとらしいすすり泣きはもはや人を苛立たせるよう特化させており、まさに自分の思うまま快楽のためにしか行動しない放蕩者の姿がそこにはあった。


「誰がお父さんですか。代表の年齢で僕が子供は無理でしょ」

「まあ、さすがの私も推定七、八歳で子供は作れないよ。それに大変言いにくいことなんだけどさ……私、子供は女の子がいいんだよね〜。男にはイヤな思い出しかないからさ!」 

「エリシア、あの人殴っていい?」

「いいと思う。少しはお灸を据えてあげて」

「よし! それじゃあ一発本気でいくか!!」

「え……?」


 『パートナー』の許可も得たことだし、殴ろう、殴りたい、殴らせてくれ。

 僕は鼻を鳴らして拳を握り締める。ちょうど力関係を上にしておきたいと思ってたところだったんだ。


「いやいや、冗談だって! ちょっとからかっただけじゃないか~。私は上司なんだよ? ほら上司って目上の人だよ? いやまず年齢不詳でも絶対上だと思うし、悪かったから許して、ねっ、ねっ? 敬え〜〜!」

「……ランベルト。今のあなたを見てると誰も敬いたいと思わないよ?」

「え、エリシアさ〜ん。ひどいよごめんって、ごめんなさい! だからハイト君を止めてくれよ~!」

「……ランベルト、情けなさすぎ……」


 エリシアはその美しい金髪を揺らしながら、男に対してため息を吐いた。

 だがそれも仕方がないなと納得できるほど、男は本当に大人として情けなかった。憐れすぎて、殴る気が次第に失せてくる。いや、失せちゃだめなんだけど。


「そ、そう! ハイト君、エリシア! 二人ともお疲れ様! 本当に二人がいてくれて助かったよ。私、冒険士の筈なのにみんなから嫌われてまくってるから、頼れる人が少なくてほんと僕助かってる! ――でもさ、なんで好かれないんだろう? 他の冒険士はもっと持て囃されてるのに……」

「「日頃の行い」」


 僕とエリシアが口を揃えて指摘すると、ひいっ〜と悲鳴をあげ、目の前にいる男、ランベルト・カーターは机に山積みにされた本をぶちまけた。

 ぶちまけられた本は冒険士が保有する機密情報や高名な冒険士の論文——ということはなく、マンガや小説といった娯楽まみれの山だった。


「代表の机ってほんといつも汚いですね? 仕事サボってないで掃除とかしたらどうです?」

「仕事なんてとっくに終わらせてるし、周りにいるみんなが手伝ってくれてるからいいの!」


 代表が指さした先には十組の『手首』が宙にぷかぷかと浮いて、いくつもの作業を同時並行でこなしていた。すると、僕が目を向けたのに気付いたのか、いくつかの『手首』たちは、ぐっと親指を上に突き立ててくる。


「いや、神能に頼ってるだけじゃん。……ほんと、いつ仕事してるの?」

「没頭しすぎて、副業でまんが家になるくらいだから、必死になって終わらせてるんだと思う。ランベルト、仕事はしっかりするから」

「あぁ……そういえばこの人、こう見えて大人気マンガ描いてる作家さんなんだっけ?」


 なんでも『Spring Colors』ってマンガで、確か二千万部くらい売れてるらしい。

 ダークな世界観で繰り広げられる四人のヒーローを主人公にした話で、さすがにやりすぎってドン引きされるレベルの鬱展開とそれに抗う四人の友情をマンガ業界を激震させたんだって、代表が嬉しそうに自画自賛してたのは記憶に新しい。出会って開口一番に読めと文字通り叩きつけられたのはいい思い出だ。


「ん、ん? もしかして気になってる気になっちゃってる? いやぁ~それなら早く言ってくれればよかったのに!!」


 なぜか突然代表が嬉しそうな声を上げ、すぐさま『手首』たちに命令したのか、紙やインクやペンといった画材道具を運ばせた。


「ハイト君! 君も私と共にマンガを描こうじゃないか!」

「いえ、結構です」

「なぜだ!? 君には素晴らしい才能があるというのに!」

「いやいつも言ってますけど描いたことないから才能もくそもないんですって。というかなんでいつもそうやって僕に絵を描かせようとするんですか?」

「芸術とはコミュニケーションだからさ!! 人と人が繋がりあう方法は、何も口だけではないんだよ、ハイト君。君は記憶喪失というマイナス、つまりは『無』を何とかするために自分に何か特別な付加価値を付けようと模索している……違うかい?」

「――!!」


 心臓がきゅっと閉まったような気がした。鼓動がたか鳴り、体温が動揺で急激に上がっていく。

 まるで親に隠しごとがバレてしまったような感覚だった。


「それに君は手先が器用だろう? 手先が器用で頭のいい奴はいいマンガが描けるんだ! 感じるんだよ! 君の奏でる美しい筆の旋律が!!」

「えぇ……最後ので、全部だめになっちゃてるよ。さすがに気持ち悪い……」

「え……マジで引かれてる?」


 その一言で全てが冷めてしまった。

 なんでいつもこんな残念になっちゃうんだろう。まあ、性格的にも難しいのだとそう思うことしかできない。もう完全に毒されてしまったのだ。


「ま、まままままあいい!! こほん……とにかくだ。私は本当にひと月前の七月四日、記憶喪失で街にいきなり放り出された挙句、旧獣に襲われ、そこをエリシアに救われた君を冒険士にして良かったと思ってるよ、ハイト君」

「ランベルト、動揺しすぎ」

「なんか、やけに具体的で説明口調な言い方ですね?」


 エリシアと僕がそうツッコむと、代表は椅子から立ち上がって、意気揚々とステップを踏んだ。


「一応の確認さ、今日でちょうどひと月なんだ。振り返りくらいしてもいいだろ? マンガとか小説の入りみたいで一度やってみたかったんだよ」

「え……誰に向けてしてるの?」


「う~ん――画面の前の君へ。なんてどうかな?」


 エリシアが不思議そうに指摘すると、代表はそんな訳の分からない返事をした。


「よく分かんないですけど、その後初対面の相手にいきなり試験だって言って、銃弾を僕にぶっ放しましたよね? 他にも色々と酷い目に合わされたのは記憶に新しいですし」

「……嫌な言い方するね。物語だとキャラクターの入りの印象って大事だから、そんな人を貶めるような事実を言うと嫌われるよ?」

「いや、僕は貶めるようなつもりで言ってないから! 言われて当然、当たり前だから! ていうか今、事実だって自分で言いましたよね!?」


「いいじゃん、どうせ死なないんだし。減るもんじゃないでしょ、死亡回数の一回やにか――」

「……んっ!!」


 出た、いつものクズ発言。

 しかし、それを遮るようにエリシアが代表の頭に思い切りパンチしてくれた。


「痛って!? え、なんで殴ったのエリシアさん!?」

「そろそろお灸をプレゼントしてあげないとって思った」

「いやでも、私間違ってないでしょ!? ハイト君が死ぬなんてありえないし、想像できなかったんだよ! 信頼の愛の鞭を振るっただけなんだって!!」

「……あの時は互いにその存在すら認知できていなかった。その物言いが通じるわけがない」

「ええ~~そんな~~エリシアさ~ぁ~ん!!」


 今の言葉で誰が悪いかはっきりしただろう。

 目の前にいる代表ことランベルト・カーターは率直に言えば、クソ野郎なのである。

 いくらなんでも、言っていいことと悪いことはある。

 この男は人の触れられたくない地雷とか、そういうものを的確に踏んで、気まずい空気を作るのが神がかりに上手いのだ。

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