二〇日後:午前:古閑
古閑はプラネタリウムの鍵を開ける。午前は学習プログラム枠だが、今日は予定が入っていない。操作ブースに一人立つ。呼び出すプログラムは『隕石のふるさとへ』だ。
穴の空いた天井を見上げる所から映像は始まる。視界はすぐに反転し、地面を見下ろし上昇していく。赤い視界は大気圏通過の最中だ。見ている側が隕石になったようだと錯覚するように臨場感を意識した。爆発が巻き戻り分裂した隕石が一つの塊になる。やがて地球を飛び出していく。太陽系の水平面より北側から進入した隕石は、地球から徐々に遠ざかり、月を掠め、火星を眺め、太陽から遠ざかる、やがて太陽が強烈に輝く恒星の一つになる頃、視界が一瞬だけ霞む。オールトの雲だ。『宇宙』はまだ、知った星空を見せているが、巻き戻る時間と視点の位置に従い、徐々に姿を変えていく。
北極星が入れ替わる。オリオンの鼓が崩れていく。消えた星が蘇り、明るささえも相対距離で変わっていく。視界方向を変えながら天の川銀河の『腕』の隙間、恒星のない空間をしばらく旅した隕石はやがて超新星爆発の現場に辿り着く。
途中、入り口が開いたことは判っている。昨日先生から正式な申し出があり、直原が小躍りした。SNSの『祭』が落ち着いた後も客数は一、二割ほど多い数で落ち着いた。そろそろではないかと、なんとなく、思ったのだ。
聞きたいことはいくつもあった。聞いてはいけない気もしていた。想いは古閑のなかでせめぎ合う。古閑は口を開いては閉じるを繰り返す。人影は古閑の気持ちを知ってか知らずか、古閑に背を向ける位置で静かにゆっくり腰を下ろした。
超新星爆発を背景に、古閑は映像を停止する。
人影は星空を見上げていた。わずかな頬からの反射に古閑は思わず眉根を寄せる。――泣いている?
「隕石はうたを歌うんですよ。先輩、知っていました?」
懐かしい声だ。静かに間近に聞くのは、三〇年ぶりにもなるだろうか。
「いいえ」
保丹屋隕石落下事件唯一の負傷者である脇坂直孝は古閑の大学の後輩だった。古閑は数学科で、脇坂は醸造科学科だ。接点は天文部にあった。
「私はただの人間ですからね。隕石のうたを聞くことが出来る耳をあいにく持っていません」
しかし、順調に卒業した古閑と違い脇坂は休学の上中退している。隕石が彼を数ヶ月のもの間病院に押し込めた時に古閑は一度だけ見舞いに行った。以降、古閑は彼とは会えずにいた。
古閑が大学を卒業して八年。隕石落下から一〇年。町おこしの一環として保丹屋町は町立プラネタリウムを建設する。都会で会社員をしていた古閑は、一念発起してアイディアを携え解説員に応募した。保丹屋に『宇宙御神御心教団』とかいう怪しげな宗教団体があると聞いたのはその後で、その代表に脇坂の名前を認めたのは更に後の事だった。
「一度、ちゃんと聞いておきたいと思っていました」
古閑はスマートホンを取り出した。カメラ機能をONにして、場内中央へとレンズを向ける。投影機の南側に置かれた保丹屋隕石はほのかに赤い光を発している。そして、古閑に背を向ける彼も、また。全身から。
「あなたは誰ですか?」
脇坂は超新星爆発の再現映像を見上げている。時が止まった、古閑はそう感じてしまう。停止させられた爆発のように。
「ぼくは」
脇坂の声が時を進める。衣擦れが響き、そして古閑は見上げられる。
「ぼくは先輩の役に立てていますか?」
超新星から降り注ぐ光が生んだ影の中、その表情は、古閑から見えない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます