二日目:夕:新島
疲れてるわねぇ。教団関係者の新島はご本尊たる保丹屋隕石の力を受けた聖水入りのペットボトルを抱えて思う。
今日は雨で星見の集会は中止になった。そういうとき参加者は、水を購入しプラネタリウムで『今日の星空』を見て帰る。チケットは購入済みだから入場の意味では心配ないが、職員側は客が多いというだけでは済まないようだ。
まぁ、あれだけ酷ければねぇ。新島もその辺は思わないでもない。
――しばらくマナーの悪い人が増えるけど、文句言ったりはしないであげてね。人気動画配信者の新着を見て、導師は悪戯をしたような顔で言った。ざわつく信者仲間のうちで、新島は、きっと多分新島だけは嬉しそうな色を読み取った。ほら、やっぱりね。
新島は教団関係者としては古参の部類に入る。脇坂が隕石落下時の怪我で入院した際の担当看護師であり、それ以来の信者でもある。
『この星のお嬢さんこんにちは』一〇日も眠り続けた後の第一声がそれだった。普段は真面目で誠実なのに時折頓狂な事を言い出したりしでかしたり、人の病気を言い当ててみたり事故を予言してみたり。あっという間に病院内の人気者になってはいたが、時折酷く存在感が希薄になったりもした。脇坂は不思議な青年だった。仕事の傍ら新島がつい目で追ってしまうほど――密かに『推し』だと新島自身が思うほど。
「『本日の星空』チケットは完売しております。チケットをお持ちの方はロビーにお並び下さい。あと一〇分ほどで開場いたします」
仲間内でも人気の高いイケオジ解説員の古閑はそれでも、穏やかな口調を崩さずロビーの人々へアナウンスする。
新島は入場列を眺めつつ、古閑へとそっと寄っていく。
「ごめんなさいね、迷惑をおかけしているようで」
うちの推しが、と心の中でだけ付け足す。
「いえいえ、迷惑だなんて。皆様にはいつもお世話になっております」
本当に心の底から思っていそうだ。素敵で格好良くて人も勿論良さそうで。だからこそ、申し訳ない。
「導師様のお力が強すぎるせいで、騒動を起こしてしまったみたい。関係者以外へは迷惑をかけないようにと私どもには常々おっしゃっていますのにねぇ」
はぁ。気の抜けた相槌が返ってくる。
新島は胸元のペンダントを引っ張り出す。教団に入信するともらえる隕石の欠片だ。大事な大事な推しグッズだ。
「隕石は故郷を愛していて、故郷の星空を見ると嬉しくて歌いたくなってしまうんだって仰っていたわ」
「脇坂くんが?」
新島は古閑を見やる。古閑は目をほんの少し見開いている。
『くん』――新島は心の内でニヤニヤする。やっぱりね。三〇年も前の記憶でも忘れていない。あの時、そんな脇坂青年であったが見舞いに来た『友人』はたった一人だけだった。二言三言交わした後で、無言で一〇分以上も過ごしていた。窓から入り来る西日。ベッドにいるのは線の細い青年で、立ち尽くすのは手に天文学の専門書を抱えた同年代の青年だ。一枚の絵のようだったと、新島には今も鮮やかに思い出される。
「えぇ。隕石は何千年も旅をするでしょう? 故郷を思い出すこともあるだろうって」
ロマンチストよねぇ。うっとりと新島は笑う。
「もっとも、導師様の隕石の故郷の空は、『今日の星空』そのもののようだけど……」
新島は小指の先ほどの小さな隕石を掲げる。古閑はきょとんとした顔をする。
古閑さん、声が掛かる。そろそろ時間らしい。
「今日も、古閑さんのステキな解説、期待していますね」
ではと新島は列に向かう。隕石の欠片は、少し考えて服の内側にしまっておく。
場内に入るといつもは選ばない席に着く。スマートフォンを鞄から出す。ロック解除で配信動画が流れ出す。心霊実証系の新作で、プラネタリウムと思しき場所の客席のあちらこちらから微かに赤光が見えている。新島はそれを眺めて一人微笑む。開演を告げるアナウンスで、マナー違反とならぬよう電源をしっかりと切る。
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