一日目:夜:直原
これか。事務員の直原はスマートフォンを見ながら舌打ちする。
#幽霊が写るプラネタリウム
謎の赤い光が写った!
何処?
星の位置、おかしくない?
これ、保丹屋だ。原板使わない上演があるんだ、あそこ。
保丹屋って、どこ?
隕石落ちたっしょ。
人死に?
人死にじゃない?
三〇年前て、俺生まれてへんわwww
昼、夕に増して最終回の『隕石のふるさとへ』は酷かった。満席となった場内の八割近くがスマートフォンを掲げたままで四十五分の上演を終えた。しかも、最終盤ではシャッター音が雨あられと降り注いだ。解説担当の古閑は中盤から諦めていた。場内担当の直原は拳を握りしめて耐えた。――この客入りが収支にとって非常に有り難いのは事実だった。
そして上演終了後、SNSを確認しさらに検証をしてみた結果、いくつか判ったこともあった。
「幽霊、とは思えませんねぇ」
古閑は疲れた顔でぽつりと呟く。
「赤かったですよねぇ」
井田は自身のSNSをチェックする。
「赤かったけど! ……誰も死んでないっつの」
足立は不機嫌そうにぼそり呟く。
「明日は役場に応援を頼みます。理由がコレじゃぁ、マナーが悪いも何も言ってらんないわね」
直原は深く息を吐く。人死にも何もどうでも良い。
『隕石のふるさとへ』――保丹屋隕石を主役にしたデジタル上演プログラムの最終盤で保丹屋隕石が赤い光を発することが確認された。人の目には見えない、デジタル機器を通してのみ見える光だ。これが『幽霊』と騒がれた。
SNSの初投稿は昨夜遅くだ。一晩の間に『バズ』り、『特定班』が動き、プラネタリウム保丹屋が特定された。そしてまだ拡散は続いている。つまりこの『祭』は明日も恐らく続くだろう。直原は深く深く息を吐く。POP体踊る教団印のペットボトルを憎々しげに睨み付ける。
教団代表の脇坂が来るとロクな事が無い。前回はウォーターサーバーが壊れた(以降、予算の都合もあり廃止された)。前々回にはロビーに蝉が飛び込んできた(職員、客総出で追いかけ追い出した)。訪問直後に投影機が故障した事さえある(紆余曲折の末、新機種を導入した)。まるで疫病神だ。
この町の人口が教団が出来てから増えた、というのも気に入らない。『隕石が降った町』として町おこしで建てたプラネタリウム、経営が最初に危なくなった時に持ち直したのは教団関係者が常連客になったおかげだという事実はさらに気に入らない。
得体の知れない女狸・井田や、イマイチ甘い足立が絆されている水もさもありなん。勿論水質検査済み、あくまで普通の美味しい湧水だがしかし。直原は保丹屋生まれの保丹屋育ち。実家が神社の元巫女だ。その巫女のカンが『異質』を訴えてくる。気に入らないとしか形容できない。
更に更に。例大祭に夏祭り。初詣やら七五三やら、保丹屋の人たちは、脇坂の父親、脇坂酒造の亡き社長にしても、頭をひねって保丹屋を盛り上げようとしていたというのに。たった一つのカルトがそれを成してしまうのがどうしても納得できない。
だからとにかく、いかなる角度でも気に入らない。が、大人はダダばかりこねてもいられない。
「直原君、先生に連絡してもいいかな」
古閑が小さく手を上げている。先生とはプログラムの開発協力者、大学で教鞭をとる研究者の中嶋だ。直原は頷く。中嶋であれば問題ない、いや、むしろ情報提供すべきだろう。今後のためにも。
時刻は二十二時を回っている。プラネタリウムは明日も平常営業である。
「しばらく頑張りましょう」
直原はメンバーを促し、最終退出を手続きする。
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