一日目:夕:井田

 最低最悪である。夕方の『今日の星空』は満員御礼の札を掲げたが、井田の解説を聞いていたのは恐らく常連の四〇人ほどだけだろう。昼に引き続きマナー違反、迷惑行為の嵐である。カメラの液晶、スマートフォンの大きな画面が月さえ消した夜空の下で煌々と灯る。シャッター音が響き渡る。地上の星とは斯くも忌まわしいものなのか。そんなもの砂の下に永遠に埋もれてしまえ。

「私たちは気にしてないわよ。いつも通り、井田さんの解説、よかったわ」

「今日は上手くいけば彗星が見えるのよね。楽しみ」

『宇宙御神御心教団』の夜集会前にプラネタリウムに立ち寄る常連達はそうよそうよ気にないでと慰めてくれたが、解説の井田は荒れていた。

「星見ねぇなら、プラネタリウムに来るんじゃねぇ!」

 だん! 客が全て出た後で思わず井田は台を殴る。そのまま溜息付いて脱力するとブースを降りて投影機横のガラスケースにべったり貼り付く。最終上演の主役、『保丹屋隕石』は今日も美しく断面を見せている。

「この断面ってぇ、割ったんですかぁ」

「割った。正確には研究者に貸したら、割れて帰ってきた。片割れは博物館にあるよ」

 よどみなく答える足立の父がこの隕石の所有者だ。荒れた井田を見てもヒいていない。出来た社会人である。

「酷ぃ。でも綺麗ですよねぇ」

 隕鉄の不可思議な輝きを見せる断面に井田はケース越しに見入る。

 井田は保丹屋の生まれではなかった。大きな街に生まれ、大都会で学生時代を謳歌し、難関試験を突破した公務員である。そしてその本来の職務は、『宇宙御神御心教団』の調査と監視だ。プラネタリウム解説員は世を忍ぶ仮の姿であり、派遣される際に持ち前の優秀さを駆使して天文学を猛勉強した結果であるが、よくある話として勉強過程で天文学に嵌まった。

『保丹屋隕石』を井田は美しいと思う。星空の解説は楽しいし、教団関係者は皆穏やかで『良い人』だ。無理な勧誘をするような事はなく、保丹屋山中腹までのんびり歩き、星空から宇宙のパワーを受け取るという名目で夜の集会を開催し、聖水という名の湧水を飲む。それだけだ。大人しい団体なのだ。導師に言われて検査して病気を早期発見したとかそんな話も聞こえてこないでもないが、真偽の程は定かではない。

 代表の脇坂直孝など、監視対象にする意味があるのかすら疑問だ。やや小柄で丸っこい中肉中背の男性で、年頃は古閑と同じくらい。イケオジ枠の古閑と異なり、ちょこちょこ動いて信者の世話を焼く脇坂は可愛い枠のおじさんだ。地元出身酒屋の次男で婚姻歴なし。経歴に不自然さはない。隕石騒動で負傷したことが唯一普通とは異なるくらいか。

 信者になるのも良いなぁ、などと井田はぼんやり思ったりする。教団の名簿に名前を書くと、隕石の欠片がもらえるらしい。ちょっとだけうらやましいが、失職前提、踏み切れていない。

「最後に出て行った人、言ってたよ。期待してなかったけど結構良かった。また来ようかなって」

 井田は顔を上げる。はい、と足立は布巾を差し出す。

 井田は自身がつけた脂汚れを拭き取りながら、へへっと、笑う。隕石もなんだか嬉しそうだ。

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