【25-2】大政変(2)

最早伽弥の独壇場と化した朝廷に、静かな声が響き渡る。


「小昧。下がりなさい。

朝廷を血で汚してはなりません」


伽弥の一言に上官昧は剣を鞘に納めると、何事もなかったかのように伽弥の傍らに戻る。

そしてその場に崩れ落ちて呆然とする摩遷に眼を遣りながら、伽弥は言葉を続けた。


「私は皆を脅すつもりはありませんので、安心なさい。

この者の軽挙を詫びましょう。


しかしどうやら朝廷の綱紀が、著しく乱れているようですね。

先程からの宰相の容喙ようかいは僭越も甚だしいと言えましょう。


朝廷の乱れは国の乱れ。

吃緊に正さねばなりません。


これから名を呼ぶものは、御座の前に罷り出なさい。

摩遷はその場におるとして」


そう宣した伽弥は手にした手控えを見ながら、<九扶>の名を次々と読み上げて行った。

名を呼ばれた者たちは、不得要領で伽弥の前に進み出る。


「そなたたちの行状について、ある者から訴えがあり吟味を致しました。

するとどうしたことでしょう。

その者の訴えがまことであることが、明らかになったではありませんか」


伽弥のその言葉を聞いて摩遷が狼狽えながらも抗弁を試みる。

「その様な不埒な訴えをしたのは、誰なのでしょうか?

臣らが一体、何をしたと仰せになるのですか?」


「誰が訴えたかは申しません。

そなたたちの行状が明らかになった今、名を明かすことは無用の沙汰ですから。

そしてそなたたちの為したことは、国を損なう悪行ばかり。


ためしを挙げるなら、賂を貪って官位を売却し、有為の者たちを朝廷の要職から遠ざけたこと。

あるいは民に酷税を課し、その上国庫に納めるべき多くの財を掠め取ったこと。


私は国の政を預かる高位にあるそなたたちが、まさかそのような恥ずべき行為をするとは信じられませんでした。

真に嘆かわしい所業と言えるでしょう。


よって只今この場でそなたらの罷免し、官位を剝奪せねばなりません。

新公の門出の日に、このような遺憾な命を出さねばならないことは慙愧に堪えません」


伽弥は一気に摩遷たちを断罪すると、眼前に居並ぶ佞臣どもを厳しい眼で見降ろした。

その凄烈な目線に当てられて幾人もが竦み上がる中で、摩遷だけはしぶとく抗弁を諦めない。


「伽弥姫。それは横暴というものですぞ。

国には法があり、それに基づいて吟味が為されねばならない筈。

それを蔑ろにしては、如何にして国を正しく治められましょうか」


その強弁を聞いた伽弥は、思わず失笑してしまった。

厚顔無恥とは、正に摩遷のことだと思ったからだ。


「そなたの口から、遵法や正しい政という言葉を聞くとは思いませんでした。

しかし此度の吟味は、そなたの言う国法に基づいたものです。


新たに司空に任じた蔡興さいこうらによって、法に照らして綿密な吟味が行われました。

尤も、驕り高ぶったそなたたちは悪事を隠そうともしていなかったようですので、吟味するまでもなく罪は明らかだったようですが」


伽弥に冷笑を浴びせられた摩遷は、遂に本性を現し激高する。

「このままで済むと思うなよ。

我らを侮ったことを必ず悔やむことになるぞ」


伽弥に向かって吐き捨てた摩遷は、<九扶>を引き連れて退廷しようとする。

しかし伽弥に容赦はなかった。


「控えよ!

誰が断りなく退廷を許したか!」


その気迫のこもった一喝に、摩遷一党は思わず立ち竦む。

伽弥は狼狽える佞臣どもを見据え、更なる叱責を浴びせた。


「朝廷を蔑ろにするにも程があります。

恥を知りなさい。


そなたたちはこれから、司空による詮議を受けなければなりません。

既に罪は明らかなれど、申し開きがあればその場でするがよい。


されどこれまでつまびらかになっている罪状を見る限り、国法に照らして極刑は免れません。

三族誅殺の罪に値します。


近衛は入廷しなさい。

この者どもを捕らえ、獄に落とすのです」


伽弥のその呼びかけに応えて、武装した近衛の一団が整然と朝廷に入った。

そして慌てふためく摩遷と<九扶>を絡め捕ってしまうのだった。


「例え今ここで我らを捕らえても、我らの一族が黙っておらんぞ。

都には我らの配下が大勢おるのだからな」


摩遷はそう喚いて、悪あがきとも言える醜態を晒したが、その恫喝も今の伽弥の前では用を為さなかった。

「そなたたちの邸宅には既に金吾の兵が向かい、一族悉く絡め捕っております。

それ故、配下とやらの援けを待っても詮無いことと申しておこう」


伽弥の容赦ない処断に一党は震え上がった。

女童こむすめと侮っていた伽弥の激烈さに、抗いようのないことを悟ったからだ。

しかし伽弥は容貌かたちを和らげて、摩遷たちを諭した。


「とは申せ、大公様は仁愛深きお方。

そなたたちの長年の<忠勤>を愛でて、極刑は免ぜよと仰せになりました。


新公様もそれに同意された故、例えそなたたちの罪が重くとも、罪一等を減じるよう司直には申し伝えてあります。

公家の御慈愛に感謝しなさい」


そう言って微笑む伽弥に、摩遷たちは返す言葉を失くしてしまった。

そして己らの敗北を豁然と悟り、近衛の為すがままに引き立てられて行くのだった。


摩遷たちの退廷を見届けた伽弥は、残された廷臣たちに向かっておもむろに口を開く。

「さて、空位となった宰相の席に、誰かを据えなければなりませんね」


そう言って微笑を浮かべた伽弥は、一人の廷臣の名を告げる。

「少府(中級官僚)糜思敬びしけい

御前に進み出なさい」

名指しされた廷臣は雛走して罷り出た。


「そなたを宰相に任じます。

摩遷たちの罷免により空位となった職責については、そなたから有為の者を推挙しなさい」


伽弥の言葉に糜思敬は、跪拝して宰相職を拝命する。

その様態を見て頷いた伽弥は、廷臣一同に向かって語り掛けた。


「そなたたちの中には、摩遷同様の罪を犯し、怯えている者もいるでしょう。

されど私の本意は、そなたたちを罰することにはありません。


これから心を改め、曄の再建のために尽力するならば、旧悪は不問としましょう。

されど再び罪を犯した場合は、容赦なく処分する故、覚悟せよ。

よいな」


伽弥の見せた摩遷たちへの峻烈な振る舞いと、今もその眼に宿る激しい気迫に押されて、廷臣たちは只管恐れ入るしかなかった。

一同の恭順の様態を認めて笑みを浮かべた伽弥は、立ち上がって大公と曄公去暝に跪拝する。


そして廷臣たちに向けて高らかと宣するのだった。

「さあ、皆で力を合わせて、この国を立て直しましょう」

この時から、曄姫伽弥による国の復興が始まったのであった。

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