【23-4】七耀の日月(4)
皆が言葉を失う中で、鹿瑛が朱峩に問い掛けた。
「私から朱峩殿にお訊きしたいことがあります。
何故私の正体に気づかれたのでしょうか?」
それまで鹿瑛から眼を背けていた朱峩は、改めて彼女に憐憫の目を向ける。
そして
「先ずはお前の身のこなしが、ただの侍女にしては尋常ではなかったことだ。
恐らく匿そうとしていたのだろうが、匿し切れていなかったな。
それだけであれば、それ程不審には思わなかったのだろうが、湖陽でお前が姫を船に乗せることに拘った時、俺の心に疑団が生まれた。
姫の所在が<金>や
姫の従者の中に、敵に通じる者がいるのではないかと考えたのだよ。
そして極めつけはお前が<七耀>たちの遺髪を預かりたいと言ったことだ。
あの時のお前の眼には、単なる同郷の者への憐憫以上の悲哀が見て取れた。
だからお前は<七耀>の
「ああ、左様でありましたか。
つくづく己の未熟さを嘆くばかりです。
朱峩殿に私の正体が見極められていたのであれば、此度の企てが不首尾に終わったのも、理の当然と言えましょう」
「企てというのは、あの愚か者どものことか?」
朱峩が吐き捨てる様に言うと、鹿瑛はその声色に少し顔を綻ばせた。
「はい、あの者どもを呼んだのは、賀燦が朱峩殿を引きつけている間に、私が伽弥様を
しかし小昧に見事に阻まれてしまいましたね。
まさかこれ程腕が立つとは思いもしませんでした」
「わ、私はお師匠様に言われた通りにしただけなのです。
鹿瑛さんを傷つけるつもりは毛頭ありませんでした。
だって、鹿瑛さんは悪い方には見えなかったですから」
慌てて釈明する上官昧に、鹿瑛は慈愛のこもった笑顔を向けた。
「いいのですよ。
もしあのまま伽弥様を胡羅氾の手に渡していたら、私は死ぬほど後悔していましたから。
あなたのお蔭で不首尾に終わってよかったのです」
「俺からもお前に訊きたいことがあるのだがな。
お前はどのように他の<七耀>と繋ぎを取っていたのだ?」
朱峩のその問いに、鹿瑛は微笑を持って答えた。
「先程申しましたように、桔の者は聴く力が優れているのです。
特に私と妹の鹿蘭の間では、ほんの小さな呟きで互いの意図を伝えあうことが出来るのです」
「妹?」
「はい、双子の妹です。
今もそこでこちらの様子を伺っております。
蘭、出て来なさい」
鹿瑛がそう口にすると、それに呼応するように遥か向こうの木の陰から人影が湧き出てきた。
そして伽弥たちに向かって歩み寄って来る。
「今の声があそこまで聞こえたというのか」
それまで無言だった虞兆が賛嘆の声を上げると、鹿瑛は彼に微笑を向ける。
「蘭は湖陽から私たちの周辺に降りました。
私は蘭を通じて他の<七耀>たちと繋ぎを取っていたのです」
その言葉に朱峩は、合点がいったと頷いた。
そして表情を改めると、
「俺はお前を手に掛けるつもりはない。
このまま立ち去るなら、お前もお前の妹もそのまま見逃してやろう」
と言って伽弥を見た。
伽弥は朱峩の言葉に力強く肯いた。
しかし鹿瑛は彼らに寂し気な笑顔を向ける。
「おめおめと私だけ生き延びる訳には参りません。
先に逝った<七耀>たちに顔向け出来ませんので」
そして何かを言いかける伽弥を眼で制すると、血を吐くような末期の言葉を口にしたのだった。
「伽弥様。
どうか良い国を造って下さい。
二度と<七耀>が生まれないような良い国を」
そして最後の<七耀>、<月>の鹿瑛は静かに目を閉じ、その場に倒れ伏した。
「毒を飲んだか」
静かに横たわる鹿瑛の亡骸に向け、朱峩が悲痛な顔で瞑目する。
伽弥や従者たちの目からも、涙が零れ落ちていた。
その時、「恐れ入ります」という声がして、いつの間にか近づいていた鹿蘭が伽弥たちに向かって跪いていた。
その顔は静かに横たわる鹿瑛と見分けがつかず、まるでそこに鹿瑛がいるようだった。
「もしお許しくださるのであれば、姉と賀燦の亡骸をお引渡し願えませんでしょうか」
眼に涙をためて請願する鹿蘭に、伽弥は悲痛な目を向ける。
「勿論それは構いません。
あなたの手で手厚く葬ってあげて下さい」
伽弥の許諾に、朱峩が言葉を重ねる。
「鹿瑛の懐に、死んだ<五耀>たちの遺髪もある筈だ。
それも一緒に葬ってやればよい」
その言葉を聞いた鹿蘭は二人に向かって深々と頭を下げた。
「慈悲深いお言葉に感謝申し上げます」
「これからそなたたちは、どうなるのでしょうか?」
伽弥に問われて顔を上げた鹿蘭は、悲痛な声で答える。
「恐らく<七耀>の質は見せしめのために殺され、晒されるでしょう。
そしてまた次の<七耀>が生まれます。
彼の者たちもまた胡羅氾に逆らえず、伽弥様に敵対することと思われます。
伽弥様。
最後に姉が残した言葉。
二度と<七耀>が生まれないような国を、どうか一日も早く造って下さいませ」
その血を吐くような言葉に打たれた伽弥は、目に涙を浮かべながら、決然とした言葉を投げ掛けた。
「ここに無念の最後を遂げた鹿瑛に誓いましょう。
私は<七耀>が生まれない国ではなく、<七耀>の様に悲しい者たちを産み出した、胡羅氾のような者が二度と生まれない国を造って見せます。
そなたはこれからも辛い思いをするかも知れません。
でも生き延びて下さい。
私がそのような国を造るのを、必ず見届けると約束して下さい」
伽弥の決意を聞いた鹿蘭は、その場に伏して嗚咽するのだった。
そしてその背中に慈愛の目を向ける伽弥を、それまで無言で成り行きを見守っていた季聘が力強く促した。
「さあ、伽弥様。
蓮京に参りましょう。
この方々との約定を果たすために、伽弥様は急がねばなりません」
その言葉に頷いた伽弥は、地に伏せて泣き続ける鹿蘭を一目見た後、皆を促して歩き始めた。
上官昧だけはその場に残って、鹿瑛の亡骸に花を摘んで手向ける。
そして泣き続ける鹿蘭に一礼すると、急いで伽弥たちの後を追うのだった。
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