【23-2】七耀の日月(2)

<七耀>の頭、<日>の賀燦がさんが振るう短槍は、穂先が鋭利な幅広の造りになっており、刺斬両方の機能を兼ね備える、必殺の凶器だった

一方の朱峩が手にするのはけいの名工が鍛えぬいた逸品で、見事な刃紋に彩られたその長刀は、あたかも極寒の冷気を纏っているかのようだった。


賀燦が息つく間もなく繰り出す二連突、三連突は神速を帯びて朱峩に襲いかかる。

その誅敵必殺の槍撃は、<七耀>の頭の名に恥じない超絶の妙技であった。


対する朱牙は名にし負う<武絶>。

神槍の連撃を長刀で受けながら、刹那の間隙を縫って斬撃を繰り出し、賀燦の首を狙う。


しかし賀燦も然したる者。

勁風の如きその一撃を、見事な鎗捌きで弾いて見せる。

そしてまた槍の連撃を、疾風の如く繰り出すのだった。


こうして武を極めた達人同士の手合わせは、いつ果てるともなく続いて行く。

それはあたかも武神たちが繰り広げる、武の競宴の有様であった。


そして伽弥たちが、両雄の絶技に呆然と見惚れていたその時だった。

「きいん」という甲高い音が伽弥の背後で響いたのだ。

驚いた一同がそちらに振り向くと、短剣を逆手に持った鹿瑛ろくえいから伽弥を庇うようにして、上官昧が剣把を握って立っていた。


鹿瑛は日頃の温和さをかなぐり捨て、厳しい表情を浮かべて上官昧を睨んでいる。

「やはりあなたに邪魔されましたか」


そう言って鹿瑛は、短剣を握ったまま後ろに飛びずさった。

その動きは伽弥の侍女として、おっとりと構えていた者とは思えない程の俊敏さだった。


しかし上官昧はその動きを見逃さなかった。

鹿瑛に勝るとも劣らない俊敏さで追い縋ると、剣の鞘で彼女の鳩尾を突いたのだ。

その一撃で鹿瑛は意識を刈り取られ、地に伏してしまった。


「護衛士の皆さま。

鹿瑛さんを押さえておいて下さい」

上官昧はそう言い残すと、驚きの余り言葉を失くしてしまった伽弥に歩み寄る。


「伽弥様、鹿瑛さんに殺気はなかったのです。

恐らく伽弥様をに取って連れ去る算段だったのです」

「鹿瑛は…」


「鹿瑛さんは<七耀>の仲間かも知れないと、お師匠様が仰ってました。

そして私は鹿瑛さんから眼を離さないよう、師匠から言いつけられていたのです。


あっ、伽弥様。

師匠の方は決着がつきそうです」


上官昧が叫んで指さす方に目を向けると、今まさに朱峩と賀燦の対決が終焉を迎えようとしていた。

朱峩の斬撃を躱し損ねて、身に幾つもきずを負っていた賀燦が、最後に相打ち狙いの渾身の突きを繰り出したのだ。


しかしそれは朱峩の思惑の内だった。

賀燦の身命を賭した究極の一撃を寸前で身を捻って躱すと、首筋に致命の斬撃を加えたのだ。


夥しい血を流して地に伏した賀燦は、消えゆく意識の中で朱峩を見上げた。

「何故首を落とさなかった」


「お前はよく戦った。

首を失くした、無残な亡骸を晒すこともあるまい」

それが<七耀>の頭、<日>の賀燦が耳にした、最後の言葉だった。


地に滅んで声を失くしたその亡骸を見下ろしながら、朱峩は憮然とした表情で呟く。

「<七耀>とは哀れな者たちだな」


好敵手の傍らで一人佇む朱峩の姿は、吹き抜ける秋風に晒されて何故か寂しげだった。

伽弥たちはその孤影を、離れた場所から見つめているしかなかった。


そして漸く朱峩が長刀を鞘に納め、伽弥たちの元に歩み出そうとしたその時。

彼方から多数の蹄の音が響いて来たのだった。


朱峩がその方向に厳しい眼を向けると、那駝なだを駆った騎兵の一団が見る間に近づいて来る。

やがて彼の傍らまで到達したのは、胡羅氾こらはんの腹心白捗はくちょく率いる五十騎の兵だった。


部隊の先頭で一際大きな那駝に跨った白捗は、地に伏した賀燦に侮蔑の目を向ける。

「無様なものだな。

<七耀>などと言っても、結局は何の役にも立たずに死におったか。

まあ貴様らの手など借りんでも、これから俺らが伽弥を攫って、胡羅氾様にお届けするまでよ」


そう言って白捗は背後を振り向き哄笑すると、手にした方天戟の穂先を、賀燦の亡骸に突き立てたのだった。

そして白捗は抜き取った穂先を、今度は朱峩に突き付ける。


「貴様が朱峩とかいう下郎か。

<武絶>などと呼ばれて図に乗っているようだが、今日は俺が格の違いを見せてやろう。


<七耀>などと違って、俺は中原一の英雄。

貴様がこれまで相手にしてきた弱敵どもとは、訳が違うぞ」


そう言いながら白捗は背後の部下に目配せする。

するとそれに応じて三騎が隊を離れ、伽弥たちの方に向かって行った。


それを見定めた白捗が再び朱峩に目を向けると、彼の天目が紅蓮の色に変化していた。

その異様な変化に気づいて、<中原一の英雄>は思わず辟易たじろぐのだった。


朱峩のその変容に気づいたのは白捗だけではなかった。

伽弥一行の前に立って朱峩の様子を見守っていた上官昧は、師の躰から凄まじい殺気が立ち昇るのを感じて背筋を凍らせたのだ。


「朱峩殿を援けんでよいのか?

幾ら朱峩殿でも、あの数の騎兵が相手では」

そこまで言いかけた虞兆を上官昧が慌てて遮る。


「とんでもありません。

お師匠様が激怒しています。


あんなところに出て行ったら、巻き込まれて悲惨なことになります。

命が幾つあっても足りません。


それよりも近づいて来る三人は私が倒しますので、皆様は伽弥様から離れないで下さい」


そう言い置いて上官昧は背に負った剣を鞘走らせると、躊躇いもなく三騎に向かって進み出て行くのだった。


そして先頭を走って来た一騎が繰り出す槍を軽やかに跳躍して躱すと、その頭上を飛び越えて背後に降り立つ。

その時既に騎上の兵は、上官昧の剣で首を撥ねられていたのだ。


童顔の女剣士は、そのまま動きを止めずに前に進み出る。

そして並んで駆けてくる二騎が繰り出した槍を苦も無く躱して、必殺の間合いに入った。


その俊敏な動きに二騎が慌てて那駝の手綱を引くと、上官昧はその場で跳躍して、左の騎兵を鞍上から蹴り落した。

そしてその勢いを借りて空中で躰を回転させると、右の騎兵の首を横薙ぎに刈り取ってしまった。


無様に那駝から落ちた兵は、慌てて槍を取って構えようとしたが、既に遅かった。

軽やかに身を躍らせた上官昧の利剣が、その首を貫き通していたからだ。


この激烈な武威こそが後に<武冽女>と称され、<飛鷰ひえん>と綽名される朱峩無二の弟子、上官昧の真骨頂であった。


兵の首から剣を引き抜いて鞘に納めた上官昧は、彼方で戦う師に目を向けた。

そこでは<武絶>朱峩による、暴風が吹き荒れていたのだった。


胡羅氾こらはんの腹心白捗はくちょくは方天戟を突き付けた朱峩の天目が紅蓮の色に変わったことに戸惑ったが、すぐに己を取り戻すと傲慢に言い放った。

「今すぐ跪いて詫びを入れるなら、命だけは助けてやろう」


その言葉の終わらぬうちに、朱峩は戟の柄を掴んで騎上の白捗を静かな眼で見据えた。

そして次の瞬間、掴んだ戟を無造作に振って白捗の巨躯を鞍上から引き抜くと、そのまま地に叩きつけてしまったのだ。


その凄まじい膂力に、それまで嘲笑を浮かべながら二人を眺めていた騎兵たちが言葉を失くして瞠目する。


そして朱峩は方天戟の柄を持ち替えると、何が起こったのか分からぬまま呆然とする白捗に向けて横薙ぎの一閃を繰り出した。

哀れ<中原一の英雄>白捗は自身の獲物の月牙(方天戟の柄に付いた三日月状の横刃)でその首を刈り取られ、曄の枯野に骸を晒すことになったのである。


そのあり得ない情景を眼にした白捗の麾下たちに、激しい動揺が走った。

彼らは白捗の武威こそが、彼の言葉通り<中原一>と信じて疑わなかったからだ。


その<英雄>が朱峩の前に為す術もなく倒されたことは、彼らにとって<悪夢>以外の何者でもなかったのだ。

そしてその<悪夢>朱峩が、気付けば白捗の那駝に乗り、方天戟を片手に彼らを睥睨していたのだった。

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