【21-3】耀都動乱(3)

「親方、ちょっと待ってくれ」

蒙赫の言葉を聞き終えて、先ず口を開いたのは腹心の秦不害しんふがいだった。


「親方の気持ちはよく分かった。

俺も、ここにいる皆も親方と一緒で、あの狂猩のやり様は腹に据えかねてる。


だから逃げたい街のもんたちを連れて、昱に向かうってのもいいと思う。

だが親方が一人で行くっていうのは納得出来ねえ。


俺も一緒に行かせてもらうし、他の連中の中にも行きたいもんはいると思う。

だからあんた一人じゃいかせねえよ」


秦不害の言葉に、集まった全員が無言で頷いた。

まなじりを決して、涙ぐんでいる者までいる。


「ちょっと待て。

これは俺が勝手にやることだ。


お前らまで巻き込む筋合いはねえ。

それに大勢が一遍に抜けたら、左幣が立ち行かなくなるだろうが」


蒙赫はそう言って配下の者たちに思い止まらせようとするが、秦不害は肯んじない。


「俺たちは親方が筋を通す漢だから、これまでついて来たんだ。

その親方が狂猩の糞野郎に、漢としての筋を通そうとしてるのに、俺たちがついて行かなくてどうするんです?


どうせこのままじゃあくみは続けられねえ。

街のもんが死に絶えたら、幣なんぞあっても意味がないじゃねえですか。

違いますか?」


その言葉を聞いた蒙赫は、大きな溜息をついた。

そして分厚い笑みを浮かべながら、配下たちを見渡す。


「揃いも揃って馬鹿揃いだな。

分かった。好きにしろ。


ただし下のもんに無理強いはするな。

お前たちの中でもだ。


これはやりたいもんだけでやるんだ。

いいな」


蒙赫の言葉に配下たちは一斉に頷いた。

そして彼らを代表して、秦不害が口を開く。

「それで段取りはどうするんですか?」


「そうだな。

俺一人なら、明日街中で声を掛けて、ついて来るもんだけ連れて行こうと思ったが、どうせやるなら派手にかましてやる。


お前ら全員で明日一日かけて、街中に声を掛けて回るんだ。

ここから昱に逃げ出したいもんは、ついて来いってな。

但し、死ぬかも知れねえってことだけは言い忘れるな。


決行は明後日の破暁はぎょう(午前六時)。

それまでお前らは街中に散って、俺がここを立ったら、ついて来る連中を誘導しろ」


「分かりました。

でも街中で触れ回ったら、金吾の連中に知らせる奴が出て来るんじゃないですかね?」

秦不害のその言葉に、蒙赫は不敵な笑みを浮かべて応えた。


「知られたって構わねえよ。

街中を練り歩けば、遅かれ早かれ金吾には知れる。


だからこそこそせずに、堂々と大道を征くんだ。

俺たちは逃げるんじゃない。

この国と狂猩に愛想を尽かして、出て行くんだってな」


頭の覚悟を知った配下たちは、もうそれ以上何も言わなかった。

そして互いに頷き合うと、夜の微左街に散って行ったのだった。


そしてその二日後。

耀都を揺るがす大動乱が始まったのである。


その朝蒙赫は久々に手にした朴刀の刃を磨いていた。

彼の近くでは何人かの手下が、各々の得物の具合を確かめている。


「親方の朴刀を見るのは久しぶりですね」

「まったくだ。

これを握るのは五載ぶりだよ」

秦不害が笑いながら声を掛けると、蒙赫も笑い返した。


蒙赫が先代から左幣の頭を受け継いだ時、秦不害はまだ駆け出しの若造だった。

その頃は護衛士上がりの蒙赫がくみの後を襲うことに対して、反感を持っていたのだ。


しかしその後蒙赫が頭として示し続けてきた、<侠>としての生き様に徐々に打たれた彼は、今では最も忠実な腹心の配下になっていたのである。

蒙赫は頭になって以来、常に虐げられる弱者の側に付いてきた。


極貧の家で生まれ育った秦不害から見て、その事実は喜ばしいことであった反面、不思議な思いもしたのだ。

しかし先般曄の公女一行を匿った時に、朱峩という男を知り、蒙赫が侠客の道に踏み込んだ経緯いきさつを聞き知ったことで、長年の疑問は氷解した。


――朱峩ってえ方は、凄いお人だったねえ。

秦不害は思う。


朱峩が左幣の元にいたのは僅か三日に過ぎなかったが、その刹那の時の狭間で、剋冽の<紅死行>を叩き潰し、<紅賊>の半数を打ち殺し、右幣うばんの頭于蝉うぜんを黙らせたのである。


その強さは流石に<武絶>と呼ばれるだけあると感心する一方で、朱峩の<侠>としての生き様が秦不害の心を激しく揺さぶったのだった。

そして蒙赫が彼に憧れ、彼を慕う気持ちが、痛い程分かったのである。


そんなことを思っている秦不害の口から、

「こんな時に、朱峩さんがいて下さったらなあ」

という愚痴が零れ出た。

それを訊き咎めた蒙赫が、彼を窘める。


「馬鹿言っちゃあいけねえよ。

朱峩さんには曄の姫様を、無事国までお届けする役目があるんだ。

耀の揉め事にあの人を撒き込んじゃならねえ」


その言葉に照れ笑いを浮かべて「すみません」と詫びる秦不害を見ながら、蒙赫は漠然と朱峩と伽弥を思い出していた。

――暉と晁を越えて行くと仰ってたが、今頃どこら辺りまで行かれたんだろうな。


その時破暁はぎょう(午前六時)知らせる時鐘の音が鳴り響いた。

その音を聞いて立ち上がった蒙赫が外に出ると、あちこちに散っていた配下たちが、街の者たちを率いて集まって来ていた。


「いいか。

一人でも多く街の衆を昱に逃がすんだ。


途中金吾の兵に出くわしたら、遠慮はいらねえ。

ぶち殺してしまえ。


奴らは狂猩の手先になって、弱いもんを虐げてるような屑どもだ。

情けなんてかける必要はねえからな」


いつになく過激な頭の言葉に、左幣さばんの侠客たちは一斉に雄叫びを上げた。

そして大股で歩き始めた蒙赫に従って、湖陽の大道を堂々と進み始めたのだった。

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