【21-2】耀都動乱(2)
翌
その朝剋冽から召し出された禁軍都尉
それが両名の命取りとなる。
朝廷の高官たちは太子時代の剋冽が、残忍酷薄である反面、臆病で思慮が浅いことや、身辺に人を得ていないことを熟知していた。
つまり新王となった剋冽を頭から見下し、侮っていたのである。
そのため彼を廃位するための陰謀は著しく綿密さを欠き、機密の保持に疎漏を来していたのである。
そのため
実際屈劉二名を招き寄せて誅殺するという策は、下策と呼んで然るべきものだったのだが、王臣たちの慢心が策の成功を後押しすることになったのである。
このことは王臣たちの中にも人がいなかったことを如実に表しており、耀王朝の衰退を鮮明に映し出していたのだ。
王位を簒奪した日、剋冽が直属兵を率いて外廷に入り、宰相を梟首するという暴挙を行ったことを知る屈回と劉三嗣だったが、彼が王室武官の両巨頭である自分たちに矛先を向けるとは想像もしていなかった。
そして儀礼通りに王座の前まで趨走し、拱手して首を垂れる彼らの頭上に降って来たのは、秋霜のような言葉だったのだ。
「禁軍都尉屈回、執金吾劉三嗣。
汝らを、王室転覆を計った咎により処刑する」
その声に両名がはっとして顔を上げた時には、既に遅かった。
玉座の背後から躍り出て来た
剋冽は唐憲の進言に従って、即座に成可に禁軍都尉の印綬を、衛克に執金吾の印綬を授けた。
そして屈劉両名をそれぞれ禁軍、金吾の軍営に連行すると、整列した兵たちの前に引き出して斬首させたのであった。
この激烈な措置に禁軍、金吾の両軍は震え上がり、唐憲の目論見通り王の私兵と化したのだった。
そして剋冽は名実ともに王権を手にすることになったのである。
剋冽の得たその力の矛先が最初に向いたのは、彼を王座から引きずり降ろそうと画策した王臣たちだったのだ。
剋冽は唐憲からの上書に、陰謀に加担したとして名が連ねられた王臣たちを一網打尽にすると、三族もろとも誅戮して除けたのである。
その上書には、陰謀に加担していなかったにもかかわらず、日頃唐憲の恨みを買っていたがために、名を加えられた者たちもいた。
この一事で唐憲が百官の怨嗟の的となったのは、当然のことと言えるだろう。
しかしこの悪逆極まりない君臣の暴政は、これで終わりではなかった。
次に剋冽が嘆いたのは、王庫の財貨の貧弱さだった。
実際王室の財政は逼迫しており、処断した叛臣たちから奪ったものだけでは、到底賄えるものではなかったのだ。
そして佞臣
元来<紅死行>と呼ばれる巡察を行い、湖陽の民を虐げてきた剋冽にとって、民とは虫けら同然の存在であり、己の意のままに玩弄する対象以外の何者でもなかった。
そのため唐憲の酷薄極まりない上申を、彼は何の躊躇いもなく受け入れたのである。
そしてその日から耀都は地獄と化したのであった。
湖陽
しかし彼には、それをどうしてやることも出来ない。
王となった剋冽の暴威は、太子時代以上にその悪辣さを増し、湖陽の街に吹き荒れていたのだ。
剋冽の威を借りた唐憲による収奪は凄まじく、貧富の分け隔てなく、あらゆる物を奪い去っていた。
「
今日も布商いの連中が根こそぎやられました」
配下の一人が怒りを込めて吐き捨てると、「死人は出たのか?」と蒙赫が訊く。
「はい、童を含めて五人見せしめに…」
その返事を聞いた蒙赫の眼に、激しい怒りの炎が点る。
そして彼は非常の決断を下すのだった。
その日の夜半に配下の主だった者たちを集めた蒙赫の顔は、今まで見せたこともないような厳しいものだった。
その顔を見た配下たちは、彼がこれから自分たちの将来に関わるような、重大なことを伝えようとしているのだと感じ、誰一人口を開く者はなかった。
全員が揃ったことを見極めた蒙赫は、その場の皆の顔を一通り見渡した後、ふと寂し気な笑みを浮かべる。
「左幣も大きくなったものだな。
わしが先代から受け継いだ時は、今の半分にも満たなかった」
そして彼の言葉に戸惑うような顔をする配下たちに向かって、徐に重大な決断を語り始めたのだった。
「わしがこれから話すことを、最後まで遮らずに聞いてくれ。
その後で、お前らが訊きたいことにはちゃんと答えるつもりだ」
首領の言葉に、皆が一斉に頷く。
「先ず言っておくことは、わしは今を持って左幣の頭の座から降りる」
その一言に、場が騒然となった。
しかし蒙赫は狼狽える配下たちを「静まれ」と手で制して、話を続ける。
「先ずは聞いてくれ。
お前たちも感じているとは思うが、この街はもう持たねえ。
あの狂猩が王になって以来、金持ちも貧乏人も見境なく襲われてる。
しかも民を守るべき金吾の兵どもが、それをやってるんだから手に負えねえ。
このままこの街に残れば、野垂れ死にするか、殺されるかしかねえと思うんだ。
だからわしは、逃げ出したいと思うもんたちを連れて、
「昱!」
「でも街中は」
あちこちで配下が騒めき出すのを、蒙赫はまた手で制した。
「お前らの言いたいことは分かる。
街中は金吾の兵どもがうろついているし、昱までは
ある西門を潜らなきゃならねえ。
だから昱に向かう途中で、金吾の連中と揉め事になるのは確実だ。
死人も出るだろうし、俺も多分死ぬだろう。
それでもこの地獄から抜け出したいと思う連中を、連れて行こうと思ってるんだよ。
あの狂猩の
お前みたいな屑野郎が国王面してのさばってる国なんぞ、こっちが願い下げだってな。
だから俺はもうお前らの頭ではいられねえ。
次の頭はお前たちで話し合って決めてくれ。
それに、このまま
俺はやりたいようにやるから、お前らも好きにしてくれたらいい」
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