【17-3】水火の襲撃(3)
朱峩は<水火>と打ち合いながら、二人の連携に付け込む機会を狙っていた。
そして<火>の趙煉の攻撃に、僅かながら粗さがあるのを見極めたのだった。
彼らが繰り出す超絶の連携技を捌きながらそのような目配りを行うのは、<武絶>たる朱峩ならではのことであった。
朱峩が作った隙に、誘い込まれるように突き出された趙煉の剣を、振り下ろされた長刀が両断する。
その驚愕の出来事に<火>の趙煉は慌てて後ろに飛びずさり、<水>の趙寧は
そして朱峩は剣を失った趙煉に長刀を向け、双刀を交差させて身構える趙寧を見た。
「最早決着はついた。
このまま引くなら見逃してやるぞ」
その言葉に趙寧は
「世迷言を言うでないわ。
勝負はこれからだ」
そしてまさに双刀を振りかざして襲い掛かろうとする彼女を、朱峩は鋭い眼光で制して言った。
「お前たち<七耀>は、何故死に急ぐ。
何故そうまでして、
その言葉を聞いた<水火>の顔から、一瞬で表情が消えた。
しかし彼らの目の奥に、先の<三耀>と同じ絶望の灯が点るのを朱峩は見逃さなかった。
その時趙煉が、
「まだ終わりではないぞ」
と叫びながら、朱峩に向かって踊り掛かった。
そして突き出された長刀に自らの軀を突き刺すと、
「姉上、今だ」
と趙寧に必死の目を向けたのだった。
弟の行為に一瞬虚を突かれた趙寧は、その声に弾かれるように跳躍し、朱峩目掛けて双刀を振り下ろそうとした。
しかし趙煉の捨て身の反撃も、朱峩の前では徒労に終わってしまう。
朱峩は強力を持って趙煉の体を突き刺したまま、長刀を跳び上がった趙寧に向けた。
そして裂帛の気合と共に趙煉の躰をそのまま貫き通し、趙寧の胸に長刀を突き刺したのだった。
朱峩が姉弟を重ねて刺し通した長刀を下ろした時、二人は既に絶命していた。
二人の躰から刀を引き抜いた朱峩は、地に崩れ落ちた<水火>の亡骸を憐憫と怒りのこもった眼で見降ろすのだった。
「大きな気が二つ消えました。
朱峩様と争っておられた方々が、亡くなられたのですね」
その時伽弥に付き添われて近づいて来た杜亜の口から、悲嘆の呟きが漏れる。
「無残なことです。
お二人の心には朱峩様への憎しみなど微塵もなく、ただ大きな悲しみが感じられるだけでした。
そして朱峩様の心にも憎しみなどなく、怒りと悲しみの風が吹いておりました。
何故その様な方々が、相争わなければならなかったのでしょう」
「それは俺にも分からんな」
杜亜の呟きに、やり切れぬ思いで応えた朱峩は、その場にしゃがみ込んだ。
彼は小刀を取り出して<水火>の遺体から髪を一房ずつ切り取ると、立ち上がってそれを鹿瑛に手渡した。
「これもお前が持っていてやってくれ」
二人の遺髪を受け取った鹿瑛は彼に無言で頷くと、紙で丁寧に包み込む。
その目にはうっすらと涙が滲んでいた。
その様子を見てとった朱峩は、次に杜亜に声を掛ける。
「杜亜殿。
手数を掛けるが、この二人を葬ってやってくれぬか?」
「承知致しました。
お二人はこちらで丁重に弔わせて頂きます」
杜亜のその言葉に笑みを浮かべると、朱峩は伽弥たちに振り返った。
「さて、騒ぎは片付いたことだし、旅亭に戻るか」
その言葉に頷いた伽弥は、杜亜と
「杜亜様、色々とご教授いただき感謝に堪えません。
そして韓保義殿も、杜亜様たちのことをくれぐれもお願い致します」
貴人に頭を下げられた韓保義は慌てて礼を返す。
そして杜亜は慈愛の笑みを浮かべて、伽弥に語り掛けた。
「私の申したことなど、お気になさらずに。
姫様の思う通りのことを成し遂げて下さいませ。
そしてこの先の旅のご無事をお祈り申し上げます」
その言葉に再び礼を述べた後、伽弥は朱峩に頷きかける。
そして一同は名残惜しい思いのまま、璃倮教の<幸舎>を後にするのだった。
同じ日の
墨塞邑内にある道観
それは
「何事だ?騒々しい」
観主の
「璃倮教の荷を狙った者どもが、悉く打ち払われてしまったのです」
「何?打ち払われたとはどういうことだ?」
実はこの日<幸舎>を襲った者どもは、咋から盗品について耳打ちされた銭匿が、日頃貨を持って飼いならしている
「それが、護衛の連中がまだ残っているうちに襲って、やられてしまったんですよお」
「馬鹿どもが。
あれ程様子を見て掛かれと行っておいたのに」
銭匿が舌打ちした時、「それは残念だったな」といって観庭に入って来た者がいた。
それは手に黒棒を携えた朱峩だった。
彼は羅先から咋の動向を知らされ、ここまで出向いてきたのだ。
「お、お前は何者だ」
朱峩の迫力に早くも狼狽える銭匿を他所に、怯えて声も出ない咋に近づいた朱峩は、その鼻先に棒を突き立てる。
「俺たちのことは忘れろと言った筈だな」
「ひ、ひいいい。お許しを」
「あの後
屋敷の裏の木に
今頃は禽獣の餌になっているかも知れんな。
お前もそうなりたいか?」
「もう二度と関わりません。
どうかお許しを。
お願いします」
地面にひれ伏して泣き叫ぶ咋を傲然と見下ろした朱峩は、今度は銭匿に目を向ける。
「お前も道士の端くれなら、武林観の名は知っているな?」
「ぶ、武林観?まさか」
「俺は武林観の朱峩という者だ。
今は破門の身だが、嘗ては<武絶>と呼ばれていた」
「ぶ、武絶」
その名を聞いて蒼白になる銭匿に、朱峩は冷厳と告げる。
「これから俺の言うことは命令だ。
決して違えるな。
違えると命はないぞ。
よいか。
今後一切璃倮教の者には関わるな。
近づくことも、破落戸どもを
分かったな?」
その言葉に篭められた迫力に、銭匿は只こくこくと頷くしかなかった。
それを見届けた朱峩は、二人の屑に背を向ける。
そして観庭を出て行きかけて、思い出したように銭匿に振り向いた。
「お前、役人にも
その問いに銭匿は蒼白な顔で頷いた。
「では今後、役人が<幸舎>に手を出すようなことがあれば、必ずお前が止めろ。
それで今回の件はなかったことにしてやる」
そう言って凄みのある笑みを向けると、今度こそ朱峩は墨庭観を後にしたのだった。
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