【17-2】水火の襲撃(2)
「あれは何者でしょうか?」
伽弥のその問いに、朱峩が凄みのある笑みを浮かべる。
「この財貨を掠め取りに来た偸盗どもだろう。
そういう不埒者がいることは、羅先から聞いている」
その言葉を聞いた虞兆が、配下の四人を見て頷いた。
そして朱峩に向かって、
「あの者共の始末は、我らに任せて欲しい」
と、目に怒りを込めて懇請する。
「よかろう。
ただし、死体が出てはここの者たちの迷惑になる。
二度とここに近寄ろうとする気が起きない程度に痛めつけてやれ」
朱峩のその言葉に不敵な笑みを返すと、虞兆は配下の四人を促して前に進み出た。
そして悪態を吐きながらぞろぞろとやって来た一団の中に、有無を言わさず踊り込んで行ったのだった。
虞兆は伽弥の守りを朱峩に頼り切っていることを不甲斐なく思い、護衛隊長として恥じていた。
その恥辱を怒りに変えて、不埒な破落戸どもに叩きつけようとしていたのだ。
荒ぶる虞兆が揮う朴刀の威力は凄まじく、突然の乱入に慌てふためく偸盗どもを次から次へと薙ぎ払っていく。
そして彼の怒りに鼓舞されるように、配下の四人も手にした短戟を存分に揮って、破落戸どもを打ち倒していくのだった。
護衛士たちの奮闘を、口元に笑みを浮かべて見守っていた朱峩は、騒ぎが収まったのを見て取って前に進み出た。
そして地に転がって呻いている頭株らしき男に近づくと、無造作に鉄棒を振り下ろし、男の鼻先に突き立てる。
その場にしゃがんだ朱峩は、恐怖の余り声を引き攣らせるその男に向かって、低く凄みのある声で命じた。
「今すぐこの屑どもを連れて、ここから立ち去れ。
すぐにだ。
そして二度とここには近づくな。
ここの住人に手を出すことも許さん。
分かったな?」
その迫力に震え上がった男は慌てて立ち上がると、周囲に転がる手下ども急き立て、転がるように逃げ去って行った。
その無様な逃げっぷりを、嘲笑を持って見送った朱牙の目が、その時突然殺気を帯びる。
彼の視線の先には、こちらに向かって歩いて来る二つの影があった。
「今日は客が多いようだな」
朱峩のその言葉に只ならぬ気配を感じた虞兆が、「あの二人は?」と彼に眼を向ける。
「おそらく<七耀>だろう」
その言葉を聞いた伽弥たちは、一瞬のうちに緊張に包まれるのだった。
やがて朱峩たちの前に立ったのは、寸分違わぬ端正な顔立ちをした若い男女だった。
「朱峩殿とお見受けしましたが、間違いありませんか?」
背に日月の双刀を負った女が、落ち着いた声音で朱峩に問い掛ける。
「間違いないが、そちらは<七耀>の者か?」
朱峩に問われた女は、
「いかにも。私は<七耀>の<水>、
と名乗って、端正な顔に微笑を浮かべた。
一方長剣を背負った男の方は、
「<火>の
と、無表情のまま朱峩に応じる。
「念のために尋ねるが、このまま引き返す気はないか?」
朱峩のその言葉に<水火>の二耀は同時に失笑した。
「
そちらこそ曄姫を大人しくこちらに渡して、この場から立ち去りなされ。
さすれば無用な手出しは控えて進ぜよう」
「成程、<七耀>とは揃いも揃って死に急ぐ連中だ」
朱峩は趙寧の言葉に、凄みのある笑みで応えた。
「<烈風>の朱峩とは、身の程知らずの御仁のようですね。
<金木土>の三耀に勝ったぐらいで、自惚れが過ぎますよ」
<水>の趙寧はそう言い放つと、背にした双刀を鞘走らせる。
それに合わせて<火>の趙煉も、長剣を抜いて構えを取った。
二人が臨戦態勢に入ったのを見た朱峩は、「中」と小さく呟くと、長刀をすらりと抜き放つ。
見事な刃紋に彩られたその刀は、極寒の冷気を纏っているかのようだった。
「二人掛とは言え、俺に刀を抜かせるとは中々のものだ。
しかし
「貴様、大言壮語が過ぎるぞ」
朱峩の言葉に激高した趙煉が、彼との間合いを一気に詰め、身の毛のよだつような速さの突きを繰り出した。
それを軽やかに躱した朱峩の背中に、今度は趙寧の双刀が襲い掛かる。
朱峩は振り向きざまにその斬撃を刀で弾き返すと、その勢いのまま刀を返し、振り下ろされる趙寧の剣を撥ね退けたのだった。
初撃を跳ね返された<水火>は一旦引いて間合いを取る。
しかし二人に焦りの色は見られなかった。
それはこれまで二人の挟撃を躱し得た者など、一人もいないという自信に裏打ちされていたからだ。
双子として生を受けた<水火>の姉弟は互いの意図を、眼を合わせることもなく察することが出来た。
そのため一瞬の間も置かずに、互いが繰り出す攻撃を補完し合うことが出来たのだ。
個としての技量も高い二人が、一分の隙もなく繰り出す波状攻撃を凌げる者など、この世にいないと言っても過言ではないだろう。
一瞬の間の後、再び<水火>の猛烈な連撃が朱峩を襲った。
趙寧は双刀を舞わせ、自らも舞うような軽やかな動きで斬撃を加えてくる。
一方の趙煉はその通り名の如く、火を噴くような剣撃を息つく間もなく繰り出す。
見事なまでのその連携は、最早神域に達していると思われた。
しかしその攻撃を受けて立つのは、この世の武の頂点に君臨する<武絶>朱峩。
神速で襲い来る斬撃と刺突を、或いは長刀で受け、或いは体術を駆使して躱しながら、<水火>の攻撃に対して一歩も引かない。
そして伽弥たちが目の前で繰り広げられる激闘を呆然と見守る中、ついに決着の時が訪れたのだった。
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