【17-1】水火の襲撃(1)
兇賊
彼女に付き添うのは
旅亭には侍女の
此度は伽弥の意向で、
そしてその行列から付かず離れず、偵探の役目を担う
邑の西門を出て<幸舎>の建ち並ぶ一角に入った伽弥は、先日同行した護衛士に命じて、到着を知らせるために杜亜の元に走らせた。
そして荷駄に向けられる窮民たちの好奇の目に晒されながら、彼女の待つ<幸舎>へと進んで行った。
伽弥たちが辿り着いた時、杜亜は二人の信徒に介添えされながら、<幸舎>の前で一同を出迎えてくれた。
彼女の傍には、賈人らしい風体の壮年の男が控えている。
「伽弥様、本日はご足労をお掛けしました」
そう言って深々と腰を折る杜亜は、顔を紗で覆っている。
虞兆や鹿瑛たちは予め聞いてはいたものの、紗を通して垣間見える彼女の顔に刻まれた傷の無残さに、思わず目を伏せてしまうのだった。
「こちらは伽弥様よりの寄進の品を預かって頂く、
杜亜に紹介された男は一歩前に進み出ると、「韓保義です。良しなに」と一同に向かって如才なく頭を下げる。
そして朱峩は互いの挨拶が済んだのを見計らうと、
「それでは早速引き渡そうか」
と、虞兆を促した。
それに頷いた虞兆は配下に指図して、荷駄を前に牽き出させる。
そして荷の覆いを解かせると、「これが引き渡す品だ」と韓保義に告げた。
すると彼は、「では早速検めさせて頂きます」と短く言い、荷の中身を丁寧に調べ始めるのだった。
暫くして荷を検分し終えた韓保義は、溜息を漏らして伽弥たちに顔を向けた。
「いずれも高価な品ですな。
これを全て寄進されるのですか」
「いずれも私たちには無用の品です。
杜亜様が民の救済にお使い下さるなら、これに勝る喜びはありません」
伽弥の言葉に韓保義はまた一つ溜息をついたが、すぐに
「承知いたしました。
この品々は確かにお預かりいたします。
そして折々に食や衣類に替えて、杜亜様にお届けするとお約束致します」
彼の言葉に誠実さを感じた伽弥は、安堵の笑みを浮かべるのだった。
「それでは早速荷駄を積み替えさせて頂きます」
そう言って韓保義が配下に指図しようとすると、朱峩がそれを止めた。
「積み替える必要はない。
その言葉に韓保義が、「よろしいのですか?」と目を丸くすると、朱峩は彼に頷いた。
「構わんよ。
最早我らには用のないものだ」
朱峩たちがその様なやり取りをする傍らで、伽弥と杜亜が笑顔で言葉を交わしていた。
「伽弥様はこれから曄に戻られるのですか?」
「はい、その心積もりでおります」
その声に不安の響きを感じた杜亜は、彼女を励ますように微笑みかける。
「異国での道行はさぞ心細くもありましょう。
されど伽弥様には、朱峩様がついておられるではありませんか。
私は盲しいて以来、人の心の在り
そして私がお見受けするところでは、朱峩様は風のような心を持つお方のようです。
その風は、ある者たちには初夏の薫風のように温かくそよぎ、そしてある者たちには烈風、颶風の如く激しく吹き付けるのでしょう。
ご心配召されますな。
朱峩様という風が、必ずやあなた様を
その言葉にはっとして、伽弥は杜亜の顔を見つめた。
彼女の口から紡ぎ出された言葉が、天の声のように感じられたからだ。
「杜亜様の仰る通りですね。
私は何を狼狽えていたのでしょう」
そう言って伽弥は自嘲の笑みを浮かべる。
その声音を聞いた杜亜は、
「他にも気懸かりがおありのようですが、差し支えなければお聞かせ願えますか?」
と伽弥に優しく問いかける。
すると伽弥は、驚いたように杜亜を見た。
「杜亜様は本当に、私の心が見えておられるようですね」
そしてある決意を込めて、彼女に語り掛けるのだった。
「私はこれまで暉、晁の二国を旅する中で民の暮らしを見聞きして参りました。
お恥ずかしい話ですが、私にとっては初めての見聞なのです。
失礼ながら晁の民は、その多くが苦境の中で苦しんでいるように見えました。
そして恐らく曄の民も、この国の民と同じような苦しみの中にあると思われます。
私は曄に帰った後、国を立て直さねばなりません。
私の祖母がそのことを強く望んでいるからなのです。
私は曄を多くの民が望むような国にしたい。
でありますのに、私には民の望む国がどの様なものなのか、未だに分かっておりません。
この様な者に、果たして国を立て直すことが出来るのか。
甚だ心許ないのです。
杜亜様。
民の望む国とは、どの様なものなのでしょうか?」
「民の望む国ですか…」
そう呟いた杜亜は暫し黙考した後、徐に口を開いた。
「伽弥様。
私如きが申し上げるのも烏滸がましいとは存じますが、百の民がおれば百の望みがあるのではないでしょうか。
それを一つ一つ叶えようとすれば、必ず無理が生じ、不満を呼びましょう。
それよりも伽弥様が望まれる国を作られてはいかがでしょう。
その国が多くの民の望む形に近ければ、皆が平穏に暮らせるのではないでしょうか。
嘗て
その言葉に、伽弥は再び天の声を聞いた思いがして目を見開いた。
そして彼女の目に、自然と涙が溢れてくるのだった。
「これは私如きが、僭越なことを申し上げました。
何卒ご容赦下さいませ」
最後に杜亜はそう言って深々と頭を下げる。
そして伽弥は深い感謝の意味を込めて、杜亜の手を握り締めるのだった。
その様子を苦笑と共に見ていた朱牙の眼が、こちらに向かって来る傍若無人な一団に向けられたのはその時だった。
「来たようだな」
その言葉に虞兆たちが振り向くと、十数人の
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