【10】陰謀
銑翆一帯を支配する
彼は<七耀>の<木>と呼ばれる、長身痩躯の眼付きの鋭い男であった。
魯完はその日、
そして彼の用件はただ一つ、伽弥の捕獲への協力を依頼することだった。
実は胡羅氾と阿宜の間には以前から密約があり、両者が国の実権を握った暁には、暉曄両国の間に挟まれた
魯完を居室に通した阿宜は、開口一番「胡羅氾殿はお元気かな?」と尋ねる。
それに対して魯完は、「息災でいらっしゃいます」と一切の無駄口を省いて応じた。
その素っ気ない態度を阿宜は不快に感じたが、直ぐに気を取り直すと、魯完に来意を尋ねた。
魯完は彼に一度目礼した後、曄姫伽弥が耀都で太子の
そして彼ら<七耀>が胡羅氾の命を受けて、伽弥を捕獲しようとしていること、そのために阿宜の助力を受けたいことなどを、淡々とした口調で告げる。
「胡羅氾殿は、何故曄姫を捕らえようとしているのだ?」
阿宜は口元に下卑た笑いを浮かべながら尋ねる。
それに対して魯完は、顔から一切の表情を消して答えた。
「理由については聞いておりません。
ただ伽弥姫を、無傷で胡羅氾様の元にお届けせよと命じられているだけです」
その答えを聞いた阿宜は身を乗り出した。
「耀の第二王子から新婦を横取りしようとは、胡羅氾殿も隅に置けんな。
くくく」
その言葉を聞きながらも魯完は全くの無表情だったが、心中では「下衆が」と吐き捨てていたのだ。
しかしそんなことは
「それで、何をどの様に助けろと言うのだ?」
阿宜は魯完の無表情に辟易としたのか、顔から笑いを消して問い質した。
「恐らく一両日中に、伽弥姫の一行がこの銑翆に到着します。
その際に兵を出して姫の身柄を押さえ、耀湖畔に停泊している胡羅氾様の船まで連れて来て頂きたいのです」
「それは容易いことだが、どんな名目で姫を捕らえるのだ?
理由もなしに一国の姫を捕らえるのは、いくら何でも無理があろう」
「王からの召喚命令が出ていることにしては、いかがでしょうか。
姫は無断で王都を抜け出しておりますので、十分な拘束の理由になるかと」
「くくく、中々知恵が回るな。
姫を押さえて胡羅氾殿の船に乗せてしまえば、後は何とでもなるか。
しかし姫一人
それとも姫の護衛の者が手強いのか?」
阿宜はまた下卑た笑顔に戻って、興味深げに訊いた。
そしてその問いにも、魯完は鉄面皮を持って答える。
「姫の護衛士は大した者共ではないのですが、非常に厄介な男が一人、姫の警護をしておるのです」
「厄介な男?」
「はい、<烈風>という通り名を持つ、朱峩という男です」
「朱峩とは聞かぬ名だな。
しかし<烈風>とはまた大仰な。
その男は<七耀>が手を焼くほど手強いのか?」
「朱峩は
耀都から姫を逃がす前の僅か二日間で、太子剋冽の
そして」
そこで一旦言葉を切った魯完は、一瞬表情を暗くしたが、すぐに気を取り直して続けた。
「残念ながら、<金>も朱峩に倒されております」
その言葉を聞いた阿宜は、驚きの表情を浮かべる。
「何と、<七耀>を倒す程の腕だと言うのか。
それではわしの兵に、損害が出るやも知れんではないか」
「その点は心配ご無用です。
朱峩は<土>が
その間に閣下は兵を出して、姫を船まで連行して下さい」
「曄姫の護衛士は何人おる。
その者共はどうするのだ?」
「護衛士は七名です。
それは私がお引き受けします」
その言葉を聞いた阿宜は一瞬考え込んだが、すぐに酷薄な笑みを浮かべた。
「よかろう。
では二十程兵を出してやろう」
その返事を聞いた魯完は、
「それでは姫が到着次第、決行の時をお知らせしますので、よしなにお願い致します」
と言って深々と頭を下げるのだった。
「その日はわしも出向くとするか。
<傾国>と言われた曄姫の美貌、是非とも拝んでみたいからな。
くくくく」
――こやつもしかして、姫を横から掻っ攫おうなどと思ってはおるまいな。
阿宜の笑いを聞きながら魯完は心中そう思ったが、その時は兵ごと
阿宜邸を後にした魯完は、その足で商船に偽装した
船に乗り込むと、朱峩の技量を図りに出かけていた<土>の
魯完は船内の一室で厳竪と向かい合うと、伽弥を捕らえるための手筈について、彼に話して聞かせる。
それを聞いた厳竪は、薄ら笑いを浮かべながら疑問を口にした。
「それ程手を掛ける必要があるかな?
お主とわしが二人で掛かれば、朱峩と言えども倒せるのではないかと思うぞ」
しかし魯完は、彼の言葉に頷かない。
「<金>が倒された相手だ。
念には念を入れるべきだろう。
失敗が重なると、里の者に危害が及ぶぞ」
そう
「済まなんだ。
確かにお主の言う通りかも知れん」
彼が納得したのを見て取って、魯完は席を立つ。
「姫の一行が到着したら知らせる。
それまで船で大人しくしていてくれ」
その言葉に頷きながら、厳竪は、
「<月>への繋ぎはどうする?」
と訊いた。
「それは私が出向こう。
お主ではどうしても目立つからな」
そう言われた厳竪は苦笑と共に頷き、立ち去っていく魯完を黙って見送るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます