【09-2】白昼の襲撃(2)

行く手に立ちはだかった暴漢どもを見た虞兆ぐちょうは、すぐに隊列を停止させた。

そして並んで立つ朱峩に向かって、不敵な笑みを浮かべて言う。


「あの程度の連中であれば、貴殿の手を借りるまでもない。

私と顧寮こりょう憮備むびの三人で十分事足りるでしょう」


そう言うと、虞兆は手にした朴刀(長柄の刀)の鞘を掃った。

顧寮と憮備も彼に習って、各々短戟をしごいて身構える。


破落戸ごろつきとは言え、他国の者を殺しては何かと面倒だ。

動けぬ程度に叩きのめしてやれ」


部下に短く命じると、虞兆は朴刀を片手に敵に向かって行く。

顧寮と憮備も口元を引き締めると、彼に続いて走り出した。


「何かあったのでしょうか?」

虞兆たちが駆け去った後、豨車が急に停止したことを不審に思ったのか、鹿瑛ろくえいが扉を開けて顔を覗かせた。


「虞兆たちが、街道を塞いでいる破落戸ごろつきどもを除けに行っただけだから、心配には及ばん」

朱峩のその言葉に鹿瑛は一瞬目を丸くしたが、伽弥に事情を伝えるために慌てて車中に顔を引っ込めた。


その頃前方では、虞兆たちが破落戸どもを相手にその武威を発揮していた。


彼らの心には、湖陽で剋冽こくれつ太子の配下に追われた以来の鬱屈が、まるで溶岩のようにわだかまっていたのだ。

それを晴らすべく、裂帛の気合を込めて敵に立ち向かっていったのだった。


先ず護衛隊長の虞兆が、破落戸どもの前に立つや否や手にした朴刀を一旋させ、正面に立ち塞がる三人を纏めて打ち倒していた。


鉄張りの柄の一撃を喰らった最初の男は真横に吹き飛ぶと、その勢いに朋輩二人を巻き込んで、盛大に地面に転がったのだ。

あばらしたたか打たれた男は、そのまま悶絶してしまった。


そして虞兆は攻撃の手を緩めず、朴刀を振り上げると刃先をくるりと回転させ、転がった二人の頭頂目掛けて、続けざまに峯を叩きつけた。

その一撃で二人の破落戸は、あえなく昏倒する。


続いて虞兆は刃先を回転させながら朴刀を左右に振り、別の二人の眉間を打ち据えた。

その一連の動作で、五人の破落戸が地に転がり、立ち上がることが出来なくなってしまったのだった。


虞兆の配下二人も、日ごろ鍛えた技量を存分に発揮していた。

副官の顧寮こりょうは、短戟を振るって破落戸どもの武器を叩き落とした。

そして戟の柄で一人の蟀谷こめかみを打ち据え、石突で鳩尾みぞおちを突く。


もう一人の隊士憮備むびは短戟を豪快に振るって、二人の破落戸を武器ごと打ち倒してしまった。

そして最後に一人残った男が慌ててその場から逃げようとするところを、顧寮こりょうが戟胡で足を引っかけて、地に転がしたのだった。


こうして十人の破落戸どもは皆、地に転がってある者は呻き声を上げ、ある者は完全に伸びて横たわることになったのだ。

やがて虞兆たち三人が、一人逃げ出そうとした男を囲んで見下ろしているところに、朱峩に率いられた豨車の一行が到着した。


「雑魚相手とは言え、中々の手際だったな」

朱峩はそう言って笑いながら、その場にしゃがみ込むと、顧寮に転がされた男に顔を近づける。


「誰に頼まれた?」

しかしその男は朱峩の凄みのある声に怯えながらも、居直って喚き声を上げるのだった。

「誰が喋るか!

てめえら俺を誰だと、ぎゃっ!」


精一杯強がって見せた男だったが、最後まで言葉を続けることが出来なかった。

朱峩が男の中指を片手で握ると、無造作にへし折ってしまったからだ。


「早く口を割らんと、両手の指を全部いくぞ。

そして次は腕だ」

その迫力に、男の強がりは瞬く間にしおれてしまう。


「曄の訛りのある、ごつい体つきの男だった。

そいつが俺らの溜まり場に来て、あんたらを叩きのめして豨車の中の女を攫って来たら、百金をくれるって言ったんだ。


誰だかは、名前は聞いてねえんだよ。

本当なんだよ。


ちくしょう。

こんな強い奴らだなんて、聞いてなかったよお」


最後は泣き言を吐き始めた男に、朱峩は最早訊くことはないと判断したのか、その首筋を手刀で打って昏倒させてしまった。

そして立ち上がると、虞兆たちを見回す。


「恐らくこいつらをけしかけて、こちらの力量を図ろうとしたんだろうな」

「それは<七耀>という連中だろうか?」


「多分間違いないだろう。

一瞬だが、かなり前方で不快な気配がしたからな」

朱峩の答えに、虞兆は口を引き結ぶ。


その時二人のやり取りを聞いていた顧寮が、言葉を挟んだ。

「この連中はいかがいたしましょう?」


「そうだな。

ここに転がしておくと、道行く者の迷惑になる。

道の端に除けておくとしよう」


朱峩はそう言いながら、座り込んで呻いている一人の破落戸の背を蹴飛ばす。

するとその男は彼の眼に怯え、こけまろびつ街道脇の草叢に逃げ込んで行った。


それを見た護衛士たちは、意識のある連中を怒鳴りつけて街道脇に退かせる。

そして伸びている者どもは、二人掛りで路傍に放り出してしまうのだった。


その様子を遠く離れた街道脇の樹木の陰から見ている、雄大な体躯を持つ男がいた。

その男の名は厳竪げんしゅ、<七耀>の<土>と呼ばれる男だった。


<七耀>の者は胡羅氾こらはん領内の一隅に住む、異能を持つ一族であった。

その中で武技と視覚、そして聴覚が特に優れた者たちが<七耀>として、胡羅氾に使役されているのだった。


即ち<七耀>の者はこの距離からでも、朱峩たちの一挙手一投足をつぶさに見て取ることが出来るのだ。

もう少し近ければ、彼らの声すら聞き取ることが出来ただろう。


それに加えて<土>の厳竪は、<七耀>の中でも特に膂力に優れていた。

彼は二十斤の双鐗そうかん(鐗は鉄の車軸を武器化した物)を自在に揮って、何者も寄せ付けない武威を誇っていたのだった。


「成程、あの程度の雑魚どもでは、朱峩とやらが出て来ることはなかったか。

曄姫の護衛士も、それなりの腕はあるということだな。


<月>が恐れる朱峩の力量を見ようと思ったが、少し当てが外れたな。

しかし奴の力量は測れなかったが、果たしてそれ程恐れねばならん相手かな?


見る限り、<金>を倒した男とはとても思えんが。

仇碑きゅうひは、余程油断して掛かったと見えるな。

まあいずれにせよ、手合わせしてみれば分かることか。


さて、それでは先に進むか。

この先のことは<木>と話し合わんとな」


暫く独語して不敵に笑った厳竪げんしゅは、次の策を朋輩の<木>と練るために、街道を先へと走り去って行くのだった。

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