泥棒猫になる

ナツメ

目的のためには手段を選ばない

 顔が右に向いた。左頬がピリピリして、それからじわじわ痛くなる。

 思わず左手でおさえると、ほんのすこし、ぬるっとした。

 そのまま前に向き直る。

 ああ、きれいな顔がぐちゃぐちゃ。怒りに歪んだ顔はそれでもかわいい。

 涙の膜で覆われて、いつも以上にキラキラしてる瞳は、ついにわたしだけを捉えている。

 ふたりの間でおろおろしている間抜けな男のことなんてもう見てやいない。

 なんで、と彼女が言う。もう何度も聞いた。聞くたびにその声はつらく、切なくなってゆく。

 うれしいな。

「ともだちだとおもってたのに」

 その言葉と同時に、ぼたぼたと真珠のような涙がこぼれた。

 さっきまでの怒りではない、絶望とかなしみが彼女の全身からたちのぼって、たまらず手を取った。

 わたしの頬をはたいた右手。人を叩いたことなんてないから引っ掻いてしまったんだろう。爪先にわずかに血がついている。

「ばかね」

 その細い指を口に含んだ。鉄の味がする。

 わたしを映した彼女の目が、大きく見開かれるのを見た。

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泥棒猫になる ナツメ @frogfrogfrosch

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