第一幕 開かれた扉 3:一冊の本
外のセミが耳を貫くような音を奏で、ぎらぎらと照る太陽とは裏腹に、図書館に入ると、足音だけが音を立てるほど館内は静かで、ひんやりとした涼しい風に包み込まれた。私は足早に、学生証を窓口にあるセンサーにかざし、人の密集していない、まばらなところを目指す。そして、やっとお目当ての勉強机にたどり着く。ここまでの一連の流れに、緊張の糸がほどけると共に、ほっと一息ついた。図書館での席取りは、もはや私の中で最重要項目となっている。人が密集するところでは、集中が続かない。そして、日当たりが良すぎると睡魔を誘い、日陰でクーラーの近くだと、空調が効きすぎて寒くなり体調を崩す。なんともデリケートな問題だ。その中でも、ひときわ私が気に入っている席がある。それは、図書館の入り口から一番遠い、角にある席だ。その席の、窓の外に広がる大学構内の緑が、少し傾き始めた日の光によって、作り出される幻想的な風景。私がその席に着くのは、午後の3時過ぎくらいあたり。ちょうどその頃が、この風景を見られる1番の特等席というわけだ。その瞬間だけは、この目に美しい光と緑が映し出される。なぜだか、わからないけれど、その風景から目が離せないのだ。そして、席の近くの人はまばらで、隣同士が椅子2つ分くらい離れている。この時間帯は、席に直接日は当たらない。クーラーも席から、離れたところにある。だからこそ、私にはうってつけの場所なのである。
さて、勉強を始めるとするか。パソコンを開き、資料を準備する。この集中している間は、自分のカタカタとキーボードのたたく音、周りの人たちが本をペラペラとめくる音、隣にいる人が席を立ち、コツコツと床を鳴らす音が聞こえる。すべてが、どれも小さくかすかで、心地よい。 どれほど時間が経っただろうか。私は、一通り勉強が終わり、伸びをした。そして、私は本でも読んでみるかと思い席を立った。図書館には、とてつもない数の本が整列している。本の森かと思うくらいに。そんな本の背表紙になんとなく、指を這わせそのままゆっくり次へ次へと指を促し、題名を見て歩く。そんな、私の目に一冊の本が目に留まった。それは、「童話集」という本だった。私は本棚から本を取り出し、そっと表紙に触れた。私の小さいころに読んだ絵本。あれは、どんな話だったのだろうか。もう、私は思い出そうとしても話の内容が曖昧で、あまり覚えていない。でもそういえば、最後は必ずハッピーエンドで終わっていた気がする。そんなありもしない理想像をあの頃は目を輝かせながら読んでいたっけ。って何を考えているんだ私は。あの頃に戻れるはずがない。やめよう。私は本を元あった棚に戻そうとした。が、今日見た、夢のせいもあってか、あの頃の無邪気な私がこの本の中で”読んで”と言っているような気がしてならなかった。私は、深く息を吐きだした。その息は、少なからずも、あの頃の残像を追いかけている私の執着心のように思えた。私はもう一度本を手に取り、図書館の窓口へ向った。しょうがない。この本を少しの間、借りて読んでみよう。つまらなかったら、早めに返せばいい。こんな軽い気持ちで、この本を借りることにした。
この後、起こることなんて知る由もなく。
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