第17話 交渉
体育館の片隅にある折り畳み机が簡易の会議スペースとして使われていた。
俺、ナオ、生徒会長の桐谷真奈、そして屈強そうな体育教師らしき男が向き合うように座っている。
桐谷は正面に座り、体育教師が彼女の隣に座る。俺の隣にはナオがちょこんと腰掛け、俯きがちに縮こまっていた。
「佐渡さん、改めて感謝します。ナオをここまで連れてきてくれたこと、恩に感じています。ただ、この状況で無闇に外部の人間を迎え入れることにはリスクが伴います。その点は理解していただけますね?」
桐谷は落ち着いた口調で切り出したが、その瞳には警戒の色が見える。俺がどんな人間か探ろうとしているのがわかる。
「ああ、分かってる。俺だって、無駄なトラブルを起こすつもりはない。ただ、俺たちも必死なんだ。新宿でナオの父親を探す途中で、この学校に立ち寄らせてもらった。情報が欲しい。それが俺の条件だ」
桐谷が隣の体育教師に目配せすると、教師は頷き、俺に向き直った。名札もないため名前はわからないが、その体格から察するに元アスリートだろう。
「俺はこの学校で体育を教えていた、柴田って者だ。外の世界はどうなっている? 俺たちはほとんどここを出ていないから、外の状況がわからないんだ。周辺の警戒をして、モンスターが徘徊していることはわかっている。それ以外に変化はあるのか?」
柴田の低く落ち着いた声が体育館に響く。
「俺たちが知っている範囲でいいなら教えるよ。瓦礫と崩壊した建物ばかりで、治安はほぼ崩壊してる。力のあるやつが支配し、弱いやつは搾取される。ここに来る前にもモンスターだけじゃなく、人からも襲われた。それが現実だ。俺たちも、いくつもの危険をかいくぐってここまで来た」
「やっぱり、そうなのか……」
柴田は小さく息を吐いた。
桐谷は鋭い視線を俺に向けたまま、話を続けた。
「新宿について、どこまで情報を持っていますか?」
「ほとんどない。ただ、瓦礫の中で拾った噂によれば、新宿周辺には比較的まともな組織があるらしい。政府機関が機能しているかはわからないが、物資が流通している可能性が高い」
これは嘘だ。そんな情報は手に入れていない。むしろ、新宿に来てからは人に会っていない。
「……そうですか」
桐谷は少し思案するように視線を落とした。
「君たちの方こそ、この学校でどれくらい生き延びられる算段があるんだ?」
俺は逆に問いかけた。学校という施設は有事に備えて色々と備蓄がなされていると聞いたことがある。彼らは確かにここに通っているものとしてそれらを使う権利があるかもしれないが、学校が公共の施設である以上は、俺たちにもその権利はある。
だが、こんな有事でそれを訴えるつもりはない。
桐谷は表情を引き締め、冷静に答えた。
「備蓄されていた食料と水で、あと1か月は持つ見込みです。ただ、それ以降は外部からの調達が必要になります。そのためにも、安全に探索できる範囲を拡大する必要があります」
「1か月か……意外と短いな」
俺は鼻で笑いながら、ナオの方に目をやった。彼女は不安そうな顔をして俺を見返してくる。
だが、これは桐谷が嘘をついていると俺は思っている。この場で正直に、現状を話す奴はバカだ。交渉の席についたということは、この場行われるのは駆け引きだ。
「佐渡さん」
桐谷が再び俺を見据える。
「あなたの目的は新宿でナオさんの父親を探すことだと言いましたね。それが成功した場合、あなたたちはどうするつもりですか?」
俺は一瞬だけ考えるフリをしながら答えた。
「ナオの父親が無事であれば、俺は彼女を預けて、自分の生きる道を探すつもりだ。だが、父親が死んでいた場合は……その時に考える」
その答えに桐谷は微かに眉をひそめたが、すぐに平静を取り戻した。
「ナオさん、あなたもそれでいいの?」
桐谷が優しく問いかけると、ナオは驚いたように顔を上げた。
「え、あ、うん……タイチさんには、ここまで助けてもらったし……」
桐谷は彼女の答えに納得するでもなく、ただ静かに頷いた。
「情報交換と言った以上、私たちも持っている情報を共有します。ただし、その代わり、こちらにも協力してもらえませんか?」
「協力?」
俺は眉を上げた。
「近隣の探索に手を貸してほしいのです。教員たちや生徒の多くは、この状況に慣れていません。物資調達に行く人員も限られていますし、外の危険に立ち向かえる人材が必要です」
なるほど。自分たちだけでは限界があるから、俺を利用しようというわけだ。まあ、俺としても手を貸すメリットがあるなら悪い話ではない。
「分かった。だが、その代わり、確実に使える情報を出してくれ。そうでなければ、この話は無しだ」
「わかりました。新宿についての情報をお伝えします」
桐谷は柴田に頷きかけ、彼は地図を広げた。
「これは学校にあったものだが、新宿周辺の地形や目印になりそうな建物を確認できる。崩壊が進んでいる場所もあるから、これを参考に進むといい」
地図は確かに有用だ。俺は目を凝らしてそれを記憶に刻み込む。スマホがない以上は、こういうのアナログな情報は確かに重要になる。
「これで十分だ。探索には協力する。ただ、ナオには危険なことをさせない。それだけは約束してくれ」
桐谷は静かに頷いた。
「約束します。それでは、明日の朝、探索チームを編成します。佐渡さんも参加してください」
俺は頷きつつ、彼女の冷静な態度の裏に隠れた計算高さを感じ取った。この子もただの優等生じゃない。どこかで俺を試そうとしている。それが面白くもあり、少しだけ警戒する理由でもある。
「話は決まりだな。ナオ、行くぞ」
俺たちは席を立ち、体育館を後にした。
これで情報を得る足掛かりは掴んだ。あとは、どうやって桐谷真奈を利用するか。
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