第16話 学校のリーダー

《side佐渡太一》


 俺たちが進む先に、新宿のビル群がぼんやりと見え始めている。


 目指すべきは、ナオの父親が働いていた場所。もし父親が無事で、ナオを引き渡すことができたなら……俺はナオを奴隷から解放することになるだろう。


 だが、その前に、俺はやるべきことがある。


 ナオを失った後の計画だ。


「タイチさん、どうしたの? 黙り込んで」


 ナオが小首をかしげて俺を見上げる。まだ表情には余裕があるが、体力は限界に近づいているはずだ。


「いや、大丈夫だ。ナオ、あとどれくらいで新宿に着くかわかるか?」

「うーん……もう少しだと思うけど、正確にはわからないなぁ」


 そんな曖昧な答えが返ってくるのは仕方ない。道は瓦礫や崩壊した建物で塞がれている箇所が多く、迂回を強いられるたびに、距離感がわからなくなる。


 スマホで地図アプリがあればすぐにわかるのに、ナオの持っているスマホも電波が圏外で使えない。


 歩き続ける中、ナオが急に立ち止まった。


「あれ……」


 彼女が指差した先には、大きな校舎が見えた。


「ここ、私の通ってた学校かも……」

「ナオの学校?」


 俺も視線を向ける。校舎は崩壊の危機を免れたようで、外見はまだ原型を保っている。しかし、周囲は瓦礫と雑草が散乱し、異常な静けさが漂っていた。


「学校ってことは備蓄食料があるか? それに人がいるなら情報収集のためにも、少し寄ってみるか」

「えっ……でも、大丈夫かな?」

「何かあるのか?」

「ううん。私ってこの見た目だから、ルリちゃんも拒否されたって」


 ルリが学校に顔を出したと言っていたな。


 さて、どんな人間がいるのか……ナオの不安げな声をよそに、俺は校舎へと足を踏み入れた。


 何か使えそうな物資が残されている可能性もあるし、最悪の場合でも、ナオの代わりになる新たな奴隷候補を見つけられるかもしれない。


 ナオとの契約は父親に会うまでだ。父親が生きていた場合は、そこで別れる。その時のことを考える。


 校舎の中は薄暗く、廊下には埃が舞っていた。


「……誰かいるのかな?」


 ナオが怯えた声で呟く。その時、不意にかすかな話し声が聞こえてきた。


「静かにしろ」


 俺は手を上げてナオを制止し、声のする方向へと慎重に進む。


 音の主は、体育館からだった。そっと覗き込むと、そこには十数人の生徒と数人の教師らしき人物がいた。中央では、リーダー格らしき女子が、皆に指示を出している。


「みんな、落ち着いて。この学校を拠点にするためには、まず周囲の安全を確保しないといけないわ」


 彼女の声は堂々としており、混乱している生徒たちをまとめるために努力しているのが伝わる。教師たちも一部は協力しているようだったが、明らかに意気消沈している者もいる。


「ナオ、あの生徒会長っぽい子……知り合いか?」

「うん……桐谷真奈キリタニマナちゃんだよ。生徒会長で、すごく優秀な子だよ。いつも私とは全然違って、大人っぽくて……」


 ナオがどこか懐かしそうに呟く。


「桐谷真奈か……」


 俺は考える。彼女は明らかにこの集団の中心的存在だ。この状況下で、強いリーダーシップを発揮できる人物は貴重だ。もし彼女を奴隷にできれば、俺の力は格段に上がるだろう。


「ナオ、行くぞ。話をしてみる」

「えっ……でも……」


 ナオが不安げに止めようとするが、俺は構わず体育館に足を踏み入れた。


「……誰だ!」


 俺たちの存在に気づいた数人が驚きの声を上げる。教師の一人が手に持っていたバットを構え、こちらを警戒する。


「落ち着け。俺たちは敵じゃない」


 俺は両手を上げ、警戒心を解こうとする。


「私は佐渡太一です。こいつは曽根奈緒だ。彼女もこの学校に通っていると聞いたんだ」

「ナオ……?」


 生徒会長である、桐谷真奈がこちらに近づき、ナオの顔を見つめた。


「ナオ、本当にあなただったのね……無事でよかった」


 桐谷はナオを抱きしめる。どうやら知り合いではあるようだ。


「マナちゃん……!」


 ナオも戸惑いながら桐谷を受け止める。その様子を見て、周囲の生徒たちの警戒が少しずつ解けていく。


 桐谷は俺に視線を向けると、冷静な口調で尋ねた。


「佐渡さん、でしたよね? ナオと一緒にここまで来たということは、彼女を守ってくれたのですね」

「ああ、そういうことだ」

「感謝します。ですが、ここは私たちが拠点としている場所です。余計な混乱は避けたいので、あまり深入りしないでいただけますか?」


 ナオのことには感謝するが、はっきりとした拒絶の意志を感じさせる言葉だった。だが、俺は退くつもりはない。


「なるほど、立派なリーダーシップだな。だが、俺たちもこの状況で情報が必要だ。新宿周辺の状況について、何か知っていることがあれば教えてほしい。ナオの父親を探すためにここまで来たんだ」


 桐谷は一瞬躊躇ったが、やがて静かに頷いた。


「わかりました。ただし、情報の交換という形でお願いしたいです。私たちも外の情報が必要ですから」


 情報を交換する中で、俺は桐谷の立場や状況をさらに把握していく。

 彼女の力を手に入れる方法を模索しながら、俺は静かに計画を練っていた。


 次の奴隷を見つけるために――。


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