第15話 第三者視点その一

《sideとある第三者視点、高校教師たち》


 異変が起きた日。


 新宿近郊の高校には、教師と生徒合わせて数十人が集まっていた。


 本来であれば、1000人近くの学生達通う学校には部活動のために早々に学校にやってきた運動系の生徒と教師が集まっていた。


 学校は、かつての「日常」を象徴する場所だったが、今では瓦礫とモンスターに囲まれた孤立した拠点に成り果てていた。


 外の世界は崩壊し、秩序は失われた。この中だけが、辛うじて人間らしさを保てる場所だと信じたい。


 だが、現実は違った。


 職員室に数人の教師が集まり、これからの方針について話し合っていた。

 焦燥と不安が張り詰める中、リーダー格の社会科教師、藤木が口を開く。


「……まず、食料と水の問題だ。学校には緊急時用の備蓄がなされていますが、いつまで持つか」


 藤木は疲れ切った表情で、職員室の机に積み上げられた備蓄品のリストを眺めていた。人数が少ない分、水と食料には余裕がある。


「外の探索はどうするんですか?」


 若い体育教師、柴田が身を乗り出して尋ねる。


「探索は危険すぎる。モンスターの出現が頻繁になっている以上、下手に動けば命取りになる」


 藤木は眉間に皺を寄せた。


「だったらどうしろって言うんですか? このままじっとしていれば、いずれ飢え死にしますよ!」


 柴田が声を荒げると、家庭科教師の松井が静かに口を挟んだ。


「……だからこそ、冷静に考えなければいけません。誰を探索に行かせるのか、どうやって戻ってくるのか。その全てを慎重に決めないといけないんです」


「松井先生の言う通りだ」


 藤木が頷く。


「探索に出るのは、若い教師や運動部の生徒に限定する。護身用の武器を持たせ、目的地と戻る時間を明確に決めて行動させる。それ以外に選択肢はない」


「でも……」


 柴田は不満そうに呟いた。


「生徒たちを危険に晒すことになるんですよ。それは教師としてどうなんですか?」


 その言葉に、場の空気がさらに重くなる。教師たちは皆、同じことを考えていた。


 確かに教師としての責務は生徒を守ることだ。しかし、この異常な世界では、それだけでは生き延びることができない。


「……仕方ないだろう」


 藤木が苦々しく呟く。


「俺たちはもう、生徒と教師という関係を超えた存在にならなきゃならないんだ。全員が、生き延びるための歯車になるしかない」


 その言葉に、全員が黙り込む。


 その時、扉の向こうから足音が聞こえてきた。

 現れたのは、生徒会長の桐谷真奈だった。


「先生方、話し合いの途中失礼します」


 真奈は凛とした声で教師たちに頭を下げる。


「生徒の間で不安が広がっています。次にどうするのか、明確な方針を示していただけませんか?」


「桐谷……」


 藤木が困惑した表情を浮かべる。


「こちらでも話し合いを進めているところだ。だが、まだ結論は出ていない」

「それでは生徒たちは安心できません」


 真奈は鋭い目で藤木を見つめた。


「今のままでは、みんながバラバラになってしまいます。先生方が私たちを導いてくれると信じているから、ここに集まっているんです」


 その言葉に、教師たちは改めて自分たちの役割を考えさせられた。


「……桐谷さんの言う通りだ」


 松井が静かに口を開いた。


「私たちがここにいる以上、生徒たちを導く責任がある。そのためには、まず探索の計画を立てて、食料や水を確保することが必要です」


「探索は俺が行きます」


 柴田がすぐに手を挙げる。


「俺は体力には自信があります。それに、運動部の生徒たちも志願してくれています」

「危険すぎる」


 藤木がきっぱりと答える。


「……だが、他に方法がないのも事実だな」


 教師たちは顔を見合わせ、重い空気が漂う。


「探索に出ることを決めましょう」


 最後に藤木が言った。


「誰が行くのか、どう行動するのか。それを今夜までに決める。それでいいか?」


 全員が静かに頷いた。


 その日の夕方、探索チームが編成され、翌朝には学校を出発することが決まった。


 だが、彼らが帰ってくるのかどうか、その時には誰も確信を持っていなかった。


 学校という「拠点」がどれほどの安全を保てるのか、それすらわからない中、彼らはただ、生き延びるための一歩を踏み出すしかなかった。



 崩壊していく学校の風景と、教師達の葛藤が、迫り来る危機に対して彼らはただ慌てることしかできないでいた。

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