第14話 奈緒の思い思い
瓦礫の街を歩きながら、俺たちは言葉を交わさなかった。
ルリたちを置いてから、ナオの表情は曇ったままだ。彼女の足音がどこか重く感じられる。俺は話しかけるタイミングを見計らっていたが、どう切り出せばいいのかがわからない。
「……」
ナオは一度も俺の方を見ず、地面を見つめながら黙々と歩いている。その横顔には、さっきまでの無邪気な笑顔はどこにもなかった。
「ナオ、疲れてるなら少し休むか?」
気まずさを紛らわせるためにそう言ったが、ナオは首を横に振っただけだった。
「大丈夫。まだ歩けるから……」
その声は小さく、どこか塞ぎ込んでいる。俺が何か言うべきなのはわかっていたが、何を言えばいいのかが思いつかない。ナオの中で何かが引っかかっている。それがルリとの再会であることは明らかだ。
しばらく歩いた後、俺たちは崩れた建物の陰で一旦腰を下ろすことにした。周囲を警戒しながら、俺はナオの顔を窺う。彼女は俯いたままで、少しも目を合わせようとしない。
「ナオ、何か言いたいことがあるなら言えよ」
俺が促すと、ナオは少し躊躇ったあとでぽつりと呟いた。
「……タイチさん、私のこと、どう思ってる?」
「どうって……?」
突然の質問に戸惑う。どう思っているか? 俺にとってナオは奴隷であり、共にこの異常な世界を生き抜く協力者だ。それ以上でも以下でもない。だが、その言葉をそのまま伝えるのは違う気がした。
「お前は……俺にとって必要な存在だ。それは間違いない」
そう答えると、ナオはようやく顔を上げた。その瞳には少しだけ涙が浮かんでいた。
「必要……か。ルリちゃんにも、そう言われたかったな……」
その名前が出た瞬間、俺はようやくナオが抱えているものに気付いた。
「ルリとは……どんな関係だったんだ?」
ナオは少し考えたあと、静かに口を開いた。
「ルリちゃんはね、私にとって憧れの人だったの」
ナオは遠い目をしながら、語り始めた。
「中学の頃に初めて会ったんだ。隣のクラスだったんだけど、すごく綺麗で、大人っぽくて、みんなの注目を集めてて……私にはないものを全部持ってる人だって思った」
ナオは自分の髪をいじりながら、少しだけ笑った。
「最初は話すのも怖かったんだけど、ある日、ルリちゃんが私に話しかけてくれて。それがすごく嬉しかったんだ」
「どんなことを話したんだ?」
「『あんた、髪染めないの?』って」
ナオはくすっと笑った。
「それが最初の言葉。今思えば、別に特別なことじゃなかったのに、その時はすごく嬉しかったんだよね。それで、少しでもルリちゃんみたいになりたくて、髪を染めたり、服装を真似したりしたんだ」
「なるほど。それで今の見た目か」
「そう。でも、どれだけ真似しても、ルリちゃんには追いつけなかった。結局、私はルリちゃんから見ればただの使いっ走りでしかなかったんだよね」
ナオの声には苦笑が混じっていたが、その裏には明らかな悲しみが滲んでいた。
「買い物に付き合わされたり、荷物を持たされたり、時には男の子に伝言を頼まれたり……でも、それでも良かった。ルリちゃんが私を必要としてくれるなら、それだけで嬉しかった」
俺はナオの話を黙って聞きながら、彼女の中にある複雑な感情を感じ取った。彼女にとってルリは憧れであり、同時に自分を否定する存在でもあったのだろう。
「でもね、高校に入って、少しずつわかってきたんだ。ルリちゃんは私のことを親友なんて思ってなかったってこと」
ナオは肩を落としながら、そう続けた。
「ルリちゃんは強いから、自分より弱い人を見下すのが癖みたいになってた。それを見抜けなかったのは私の甘さだったんだろうね」
「それで、お前はルリと縁を切ったのか?」
「ううん。縁を切るなんてことはしなかった。だって、それでも私はルリちゃんが好きだったから」
ナオの言葉に俺は少し驚いた。彼女が語るルリへの想いは、単なる憧れや嫉妬を超えたものだった。
「好きだったって……?」
「うん。ルリちゃんは、私が憧れるほどの存在だったから、たとえ使いっ走りでも、そばにいられるだけで良かった。でもね、ルリちゃんが私を裏切るようなことをした時、初めて怒りよりも悲しかった」
ナオとルリの関係は、俺には理解できないもので、女性同士の微妙なバランスがあるのだろうな。
「今日のことか?」
「そう……。でもね、タイチさんが言ってくれたように、ルリちゃんのやり方はただ違うだけなんだと思う。きっと、ルリちゃんも必死だったんだよね」
ナオの話を聞いて、俺は少しだけ彼女を見る目が変わった。ルリに対する想いを清算しながらも、ナオは自分の感情に正直でいつづけている。彼女の心の強さを感じた。
「ナオ、お前はルリとは違う。お前は俺にとって本当に大事な仲間だ。だから、これからも一緒に頑張ろう」
「……うん!」
ナオは涙を拭い、力強く頷いた。その顔には、少しだけ晴れやかな笑顔が戻っていた。
「ありがとう、タイチさん。私、頑張るよ!」
彼女のその言葉を聞いて、俺も少しだけ肩の力を抜くことができた。
瓦礫の街の中、俺たちは再び歩き始めた。どこかぎこちなかった空気も少しずつ和らぎ、次第に互いの距離が縮まっていくのを感じた。
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