第13話 契約解除

《side佐渡太一》



 突然、降りかかった魔法という攻撃に対して、俺は自分の勘が正しかったことを理解した。


 ルリが満足げに笑みを浮かべる中、俺の意識は深淵の水に使ったような足が重くて、体が動かない。


 その場でじっと立ち尽くして、命令しても、自分の体ではないような感覚だった。目はぼんやりと焦点が定まらず、意識があるのにいうことを効かない。


「ふふ、やっぱり男なんて簡単よね。ねぇタイチ、あたしのことだけ見てればいいのよ。あんたは私の奴隷なんだから」


 奴隷? 俺がお前の奴隷? そんなはずはない。だって、俺は奴隷商人で、俺が支配する側だ。


 ルリが俺の頬にそっと触れる。その瞬間、今まで全く動かなかった体に力が入る。重かった口が低い声で呟いた。


「……それが、お前のやり方か……?」


 俺の発した言葉に、ルリは一瞬動きを止めた。


「……え?」


 頬に当てられたルリの手を振り払う。ルリを睨みつけながら、感覚を取り戻していく。確かに一度は深淵の底に沈められたような感覚を味わった。


 だけど、全ての感覚が次第に戻り始める。


「なるほどな、嫌な予感の正体は、お前がすでに固有ジョブを習得していたということか? タネがわかれば、なんということはない。お前のスキル……面白いな。でも、残念だったな。俺のジョブ『奴隷商人』の効果によって打ち消しさせてもらう」

「何を言ってるの……?」


 ルリは困惑の表情を浮かべる。だが、次の瞬間、俺は奴隷商人のスキルを発動する。


「契約解除!」


 その言葉とともに、ルリの体が一瞬硬直する。彼女が使った「誘惑」、「傀儡」のスキルの効果が、俺のスキルによって解除された。


「な、なんで……!? 私の『誘惑』が効かないなんて……」

「俺のスキルには、奴隷化と同じ効果がある。だが、俺の奴隷契約には契約解除のスキルが存在する。ナオと結んだ奴隷契約を解除するために保険でとっていたスキルだ」


 そう、俺はレベルが2に上がった時に、奴隷解除のスキルを手に入れた。これはナオとの契約を解除するだけでなく、こちらに強制力のあるデバフ効果を無効化することができる


 デメリットは、魔力の消費だけなので、それほど強い効果ではないが、ルリとの相性は悪くない。


「相手からの影響を遮断する効果があるんだよ。つまり、お前の誘惑は俺には無意味だ」

「そ、そんな……」


 ルリの声は震えていた。今まで誰もが簡単に支配下に入っていった彼女のスキルが、俺には通用しない。否、それどころか、彼女のジョブそのものが俺のスキルによって無力化されていることに気付いたのだ。


 早々に固有ジョブの悪用をするやつに出会えたことで、思い知らされる。


 この世界は、弱肉強食、どちらが支配者で、どちらが搾取される側なのか、常に争いだ。


「それに、お前……ナオに手を出そうとしたな?」

「ち、違う……私は……!」


 先ほどまでの会話も全て聞こえていた。だからこそ、俺は遠慮しなくていい。


「ナオ、少しルリをお仕置きする。いいな?」

「……はい」


 奴隷であるナオに拒否権はない。だけど、俺がナオに許可を求めたのは精神的な話だ。今後の信頼関係に影響しないことを考慮したい。

 

「たすっ、助けて!」


 ルリが怯えたようにナオに助けを求める。別に殺そうとは思っていない。いや、殺しても良いと思うが、それは流石にナオの心象を悪くする。


 だから、俺は鞭を握り締め、ルリに一歩ずつ近づいていく。


「ナオは俺の大事な仲間だ。そのナオを裏切ろうとする奴は、俺が許さない」


 これはナオへのパフォーマンスだ。別に本気で思っているわけじゃない。


「これは裏切られたナオの分」


 バシっ!


 鞭が振るわれて、ルリの背中を叩いた。一撃で服が破ける。だけど、俺は気にしない。それにこれでも十分に死なないように手加減はしている。


「次は、俺を誘惑しようとした分!」


 バシっ!!


「想い知れ!」


 バシっ! バシ!! バシっ!!!


「ごめっ、ごめんなさい」


 何度鞭を振るったのかわからない。だけど、ルリが泣きながら、謝罪をするまで降り続けた。


 モンスターに振るうよりも、遥かに高揚している自分がいる。妖艶ヤンキーギャルに鞭を振るう。しかも、遠慮はしなくていいほど。


 それだけで、俺はどこか気持ちを昂らせていた。


「さぁ、仕上げだ。不良少年たち誘惑されていないと思うか?」


 亀甲縛りから解き放ち、こちらに来させた不良たち三人。


「解除してみよう。全て無力化する。『契約解除』」


 不良たちは声を失った。


 次の瞬間に向けられるのは、ルリに対しての怒りだった。


「……タイチさん」


 ナオが震える声で俺に声をかける。


「ナオ、大丈夫か?」

「うん……でも、ルリちゃんは……」


 鞭で打たれて背中にみみず腫れができたルリはそれでも生きている。彼女の目には恐怖と後悔が混じっていた。


「私は……間違ってたの……?」


 その問いかけに、俺は鞭を一度地面に振り下ろし、冷静な声で答えた。


「間違いじゃない。お前のやり方が、俺たちと違うだけだ。ただし――相手が悪かったな。お前のやり方は己の力に溺れて、より強い力に蹂躙される」

「ならどうすればよかったのよ!」

「さぁな。そんなこと自分で考えろ」


 俺はルリのことは不良少年たちに任せることにした。彼らの気持ちもある。何よりも、ルリと彼らは古い付き合いだ。


 俺が口を出すことじゃない。

 

 だけど、ナオだけは、俺と奴隷契約を結んでいるから、問わねばならない。


「ナオ。彼らと進むのも一つの道だ。君はどうする?」

「私はタイチさんといくよ。約束したでしょ?」

「ナオ!」


 ボロボロながらも顔を上げたルリが、ナオに助けを求めるように手を差し伸べる。


「ルリちゃんが、私のことをあんな風に思っているとは知らなかった。だけど、ルリちゃんがいうことが正しいと思う。世界は変わって、誰と歩むのか? それを見極めることが大事なんだって。さようなら、ルリちゃん。世界が平和になってどこかでまた会えたら、その時はちゃんと話をしよう」


 ナオはルリとの間に確執はできた。だけど、ナオはどこまでも優しく。ルリはその優しさを感じ取れるのだろうか? 


 まぁ、俺には関係ないことだ。

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