第9話 ノーブラギャルは、罠の予感

「それで? 親父さんはどこで働いているんだ?」

「お父さんは、新宿で飲み屋をやっているんだ」

「新宿か、結構遠いな」


 公共機関が止まっていて、車に乗ることも難しい環境では、かなりの距離がある。それでも約束した以上は、俺はナオを父親に合わせてやろうと思っている。


 家を飛び出して、二日ほどの時間が経過していた。


 変わった世界で、ナオを守りながらも進むのは、思っていた以上に緊張状態が続いていた。もちろん速さを考えて、進んではいるが、見渡す限りの瓦礫と崩壊した建物、死臭の漂う空気。


 道中で襲い掛かるモンスターとの戦闘を繰り返しながら、俺たちはなんとか前進していた。


「タイチさん、食料はまだ一週間分はあるけど、飲み物がだいぶ減ってきたよ……」

「仕方ない。このペースで行けば途中で補給できる場所を探すしかない」


 ナオが心配そうに言うが、正直、俺も内心焦っていた。現状では持っている分の食料もあと数日が限界だ。それまでに補給を確保しないと、体力的に詰む。


 そんな時、通り沿いのコンビニに目が止まった。


「タイチさん、あれ……コンビニ?」

「……ああ。見たところ瓦礫に埋もれてはいないし、中もまだ荒らされてないかもしれない。入ってみよう」


 俺たちは注意深く周囲を確認しながら、そのコンビニに近づいた。


 扉はひび割れているが、引き戸は開けられるようだ。中に入ると、目につくのは散乱した商品棚。空になった棚も多いが、一部には食料品が残されている。


「よし、ナオ。保存の効く食料を探せ。飲み物は最優先で、缶詰とかカップ麺があれば持っていこう」

「うん!」


 ナオは嬉しそうに笑顔を浮かべ、棚を漁り始める。俺も飲み物や非常用アイテムがないか探しながら、注意深く周囲を観察していた。


 その時だ。


「きゃっ! 誰か、助けてぇ!」


 突然、店の奥から女性の声が響いた。


 ナオが驚いてこちらを振り向く。


「タイチさん、今の……?」

「ああ、誰かいるみたいだな。気をつけろ」


 声のする方に向かうと、レジカウンターの裏に人影があった。


 そこにいたのは、長い黒髪を振り乱し、薄汚れた服をまとった女性だった。肌が露わになった胸元を見ると、どうやらブラジャーをつけていないらしい。まるで雑誌から飛び出したような妖艶な美女だ。


「お願い……助けて……」


 涙目でこちらを見上げる彼女に、俺は一瞬戸惑った。


 状況は異常だ。こんな場所に、こんな格好の女性がいるのも不自然すぎる。だが、怯えた様子は本物に見える。


「……怪我はしてないのか?」

「ええ、大丈夫よ……。だけど、魔物に襲われて必死に逃げてきたの」


 女は俺に近づき、まるで媚びるように上目遣いで見つめてくる。その視線にどこか嫌な予感がした。


「ナオ、こいつの言うことを信じるなよ。警戒を怠るな」

「えっ?」


 ナオも一歩後ろに下がる。その時だった。


「……悪いけど、ここは俺たちの縄張りなんだよな」


 どこからともなく声が響いた。振り向くと、コンビニの裏手から三人の男が現れる。全員不良っぽい雰囲気で、ボロボロの服を着ている。手には鈍器やナイフを持っていた。


「おいおい、こんな女に騙されるなんて、世間知らずのお坊ちゃんだなぁ」

「その食料と水、全部置いていけよ。それと、そっちのギャルもな!」


 男たちはニヤニヤ笑いながら近づいてくる。どうやら、あのノーブラギャルは囮だったらしい。


「……タイチさん、どうするの?」

「決まってるだろ」


 俺は鞭を握りしめ、一歩前に出た。


「へぇ、強気だな。そんな武器で勝てると思ってんのか?」


 不良の一人が嘲笑するが、俺は冷静に距離を詰めた。


「まずはお前からだ!」


 鞭を勢いよく振るう。バチン! 鋭い音が響き、先頭の男の腕を捉える。奴は悲鳴を上げて武器を落とした。


「ぐあっ! こいつ、何だよこの鞭……!」

「次はお前だ!」


 俺はすぐさま鞭を振り上げ、二人目の不良に向かって叩き込んだ。バチン! 奴の足を絡め取るように一撃が決まり、バランスを崩して地面に倒れる。


「くそっ、ふざけやがって!」


 三人目の不良がナイフを振りかざして突っ込んでくる。俺は冷静に体を捻ってかわし、鞭で奴の手首を打った。


「がぁっ! 痛ぇ!」


 ナイフを落とした奴は怯えた表情で後ずさる。その間に俺は鞭を振り続け、全員を無力化した。


 コンビニ内に再び静寂が戻る。


 不良どもは呻き声を上げながら床に転がっている。


「……ナオ、大丈夫か?」

「う、うん……タイチさん、すごい!」


 ナオが駆け寄ってきて俺を見上げる。その瞳には純粋な尊敬の色があった。


「ふぅ……とりあえず片付いたな」


 俺は鞭を仕舞い、ノーブラギャルの方を見た。


「さて、お前はどうする? この状況、ただじゃ済ませないぞ」


 女は怯えた顔を見せたが、すぐに観念したように頭を下げる。


「ごめんなさい……助けてほしいのは本当だったの。でも、この人たちに従わないと殺されると思って……」

「ふん。勝手な言い訳だな」


 妖艶な女が、明る場所へと姿を見せる。


 ボロボロだった服はどうやら制服らしき物で、黒髪に見えていたのは明かりのしたでは茶髪だった。


「えっ? ルイちゃん?」


 全体像が見えたところで、ナオが声を上げた。


「うん?」

「ルイちゃんだよね?」

「えっ? ナオ?」


 どうやらこの不良少女は、ナオの知り合いのようだ。


 これは面倒な予感がするのは俺だけか?

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